第85話 そして……
鐘の音に導かれるように朝陽がのぼった。その眩い光に、桜夜は目を開いた。そこにはまだ少女たちがいた。
「桜夜……」
ホムラはもう殴る力もないと言わんばかりに、手を震わせながら立っていた。
「桜夜様……」
泣いていたリオは、いつの間にか桜夜の胸に顔をうずめていた。
「おーや……」
子どもの頃のような甘えた声で、あずさがつぶやく。
サイカだけはただ桜夜の瞳を見ていた。その選択を尊重すると言わんばかりに。桜夜は痛む喉で、言葉を押し出した。
「ねえ、少しだけわがまま言っていい……?」
――もう少し、生きたいな……。
◆◆◆
天界では、イエスが静かに目を閉じた。
ガブリエルが恐る恐るその顔を伺った。
「行きなさい。行って息子を抱きしめてきなさい」
ガブリエルはお礼も言わずに、下界へ向かっていった。
それを見送ってから、イエスは父に語りかけた。
「これで、よろしかったのですか」
父なる神は、沈黙を守った。
◆◆◆
「……あれ?」
異変に気付いたのは桜夜だった。息が苦しくない。身体も軽くなっている。
「僕、死んだ……?」
その間抜けな言葉に我慢できなくなったのか、ホムラとあずさとサイカまで桜夜に突進するように抱き着いてきた。桜夜はあずさの頭突きを腹に受けて「痛いよ……!」と叫ぶ。
そこにガブリエルが降臨した。
「あっ、ガブリエル……いたあ!」
ガブリエルまで突進してきたことで、桜夜はあずさの墓に頭をぶつけてしまった。あずさに拳骨された気分だった。
「生きてる……?」
少女たちと天使のぬくもりを感じながら、桜夜はまぬけにつぶやいた。
◆◆◆
ようやくガブリエルが抱擁を解くと、桜夜は少女たちを宥めながら、尋ねてみた。
「ガブリエル。いったいなにがどうなって……」
ガブリエルはそっぽを向いた。
「あなたみたいな親不孝者に教えることはありません」
ガブリエルはべーっと舌を出して飛び去っていった。もしかするとまたオメガやルシフェルが介入してくるかもしれない。油断はできなかった。
(次は起こさせない)
ガブリエルは決意を新たにした。
◆◆◆
少女たちを引き連れて桜夜が丘を降りると、待機していた運転手が恭しくお辞儀をした。
「お待ちしておりました。水希相談役」
桜夜は目をパチクリさせる。
「……僕がわかるの」
「はい……。水希桜夜特別相談役ですよね? 青森にも同行させていただきました」
「そっか、そうだったね」
理由はよくわからないが、この運転手は忘れていないようだ。桜夜がそう結論づけるのを否定するため、リオが耳打ちする。
「桜夜様。この方は先ほどまでわたくしたちが誰かすらわからなくなっておりました」
「ふむ」
そんなに人の記憶をコロコロ操作できる存在は限られている。しかもオメガの記憶干渉に対抗できる存在と考えると、かなり絞れる。
「とりあえず玄武様に聞いてみよう」
桜夜は少女たちを促して車に乗り込んだ。
◆◆◆
玄武の屋敷に行くと、人払いされた寝室で玄武は横になっていた。
「何があった」
玄武は低い声で桜夜に尋ねる。少女たちは先に自分の屋敷に返したので、その圧力は桜夜ひとりで受けるハメになった。
「いやあ、オメガが介入してきたとしか……」
「それで、お前は諦めたのか」
「え、いや、それは」
「なぜわしを頼らない」
「え……?」
「わしは頼りないか?」
玄武は寝返りをうち、桜夜に背中を向ける。その背中はさみしそうだった。
「ごめんなさい」
「……たわけが」
しばらく2人は、無言の時間を過ごした。
◆◆◆
数日後。少女たちの監視のもと、桜夜は伊豆に来ていた。“友達”に会うためだ。
「ミケぇ!」
「んにゃあ!」
桜夜が両膝をつき、両腕を広げると、ミケはその胸に飛び込んだ。そして桜夜はミケを抱きしめる。その感動の再会を少女たちはしらけた目で見ていた。
「その子ったら、お客さんが帰ってから親でも呼ぶみたいに鳴いて大変だったのよ」
「そうかあ、ミケ、ごめんよう」
桜夜がミケに頬ずりをする。ミケも全身を擦り付けて喜びを表現する。
「なにこの茶番」
「もういいからメシにしようぜ」
あずさは呆れ、ホムラは椅子に座って注文を始めた。それでも桜夜とミケは抱き合っていた。
ホムラたちが食事を終えても抱き合っていた。
「あの、そろそろ閉店だから……」
店主が申し訳なさそうにミケを引き離す。
「んにゃあ!!」
「ミケぇぇ」
「おら、帰るぞ」
ホムラとあずさに引きずられ、桜夜も回収された。
◆◆◆
桜夜と鳳凰の契約が無効化されたためか、それから一年と待たずに、サイカのおなかは大きくなった。魔女たちには現代医療を遥かに上回る無痛分娩の知識があり、サイカはあまり苦しまずに子どもを産んだ。子どもを抱くサイカに、桜夜が声をかける。
「お疲れ様。サイカ」
「うん」
愛おしそうに子どもを抱くサイカを、桜夜は子どもごと抱きしめた。
「桜夜さん。女の子だよ。名前は決まってる?」
「もちろん。これから先も、無事に成長するよう祈りを込めて……」
ーーイノリ
◆◆◆
愛の源なる天主、主は限りなく愛すべき御者にましますが故に、われ、心を尽し力を尽して、深く主を愛し奉る。
また主を愛するがために、人をもわが身の如く愛せんことを努め奉る。
神殺しの黒騎士と三原色の少女たち――失われた願いを救う物語―― 了




