第七章 塔の底の死闘と、灰の過去(前編)
舞台は再び中枢塔の下層。
無限の防衛システム、底を突く弾薬、そして青い炎と共に現れた異端審問官。
過去の因縁を断ち切るため、レクターは封印していた「剣」を抜く!
中枢塔の下層、巨大な搬入用広間。
シオンとルミナを上層へと送り出した直後から、その場所は終わりの見えない激戦の渦と化していた。
「シィィィッ!」
老剣士バルガスの振るう二振りの長剣が、嵐のような剣気を巻き起こす。かつて王宮守護職に名を連ねたその刃は、老いてなお衰えるどころか凄みを増し、群がる自律機動型騎士の重装甲を紙のように切り裂いていく。
そのバルガスが作り出したほんのわずかな陣形の隙を、メリルが決して逃さない。
「遅い遅い遅いっ!」
彼女は蝶のように宙を舞い、死角から騎士たちの駆動部や関節の隙間に双剣を的確に突き立てる。動きの鈍った個体の頭部を蹴り台にして跳躍し、さらなる敵陣の奥深くへと斬り込んでいった。
そして、二人の死闘を後方から完璧に支配しているのが、レクターの機械式狙撃銃だった。
ズドォォンッ!
鼓膜を震わせる銃声と共に放たれた徹甲弾が、前衛を突破しようとした大型騎士の胸部コアを正確に撃ち抜く。
「……メリル、右から三体来るぞ! バルガス殿、左翼の押し込みが強くなっています、少し下がって!」
「ふん、年寄りを労る余裕があるなら、あの厄介な盾持ちを先に抜いてくれ!」
「了解した」
三人の連携は、即席の部隊とは思えないほどに見事に噛み合っていた。
だが、どれだけ破壊の山を築こうとも、彼らを包む絶望の気配は微塵も薄れなかった。
ガシャァァン……ガシャァン……!
壁面に張り巡らされたパイプから青白いメモリアが供給されるたび、奥の床がせり上がり、新たな騎士人形が無尽蔵に排出され、倒したはずの騎士人形すら時間の経過と共に立ち上がってくる。倒しても倒しても、文字通り無限に湧き出してくる狂気の防衛システム。
「はぁっ……はぁっ……! なにこれ、キリがないじゃない!」
メリルの息が上がり、双剣の刃が少しずつ欠け始めている。バルガスの額にも濃い疲労の汗が浮かび、剣を振るう速度が目に見えて落ちていた。
そして、ついにその時が来た。
カチッ……。
レクターの持つ機械式狙撃銃から、鈍い空撃ちの音が鳴る。
「……弾切れか」
レクターは焼け焦げるように熱を持った銃身を静かに下ろし、忌々しげに舌打ちをした。予備の弾倉も、徹甲弾も、すべて底を突いている。
後方支援の要である狙撃が止んだ瞬間、騎士人形たちの波が一気に三人を飲み込もうと押し寄せてきた。
「レクター、下がれ! ここはアタシたちが…」
メリルが叫んだ、その直後だった。
ゴォォォォォォッ!!
突如、広間の奥から異常な熱量を伴った青い炎が吹き荒れ、群がっていた数体の騎士人形を背後から一瞬にして溶かし去った。
目の前の全てを焼き尽くす、味方をも巻き込む無慈悲な業火。
炎の向こう側から、教会の豪奢な法衣を纏った一人の男が、ゆっくりと拍手をしながら姿を現した。
「素晴らしい。無限の防衛システムを相手に、たった三人でここまで持ち堪えるとは。相変わらず、泥臭くも優秀な男ですね……レクター」
その男の顔を見た瞬間、レクターの表情が夜叉のように歪んだ。
男の右手には、メモリアを燃料にして青い炎を生み出す、白金の魔杖が握られている。
「……ザイン」
レクターは低く、地を這うような声で男の名を呼んだ。
同時に、彼の右目を覆う生々しい火傷の痕が、過去の幻痛を思い出したかのようにピクリと痙攣する。
「おや、昔の上司に向かって呼び捨てですか。かつて『教会の猟犬』とまで呼ばれたあなたが、今や反逆者の野良犬に成り下がるとは。……その右目の傷だけでは、まだ教えが足りなかったようですね」
異端審問官ザインが、嗜虐的な笑みを浮かべる。
かつてレクターは、教会の暗部で働く冷徹な執行官だった。しかし、彼らが罪なき人々から記憶を奪い、心を壊していく狂気の実態に耐えきれず、反旗を翻した。その逃亡の際、裏切りの代償として彼の右目を焼き、すべてを奪った男こそが、目の前に立つザインだった。
「知り合いなの、レクター!?」
「……メリル、バルガス殿。あいつは俺に任せてください」
レクターは弾の切れた狙撃銃を床に置くと、これまで避けていた己の過去に触れるように、腰に帯びていた一本の剣へと手を伸ばした。
それは、教会の執行官にのみ与えられる、十字の意匠が施された長剣。
レクターが教会を抜け、レジスタンスのリーダーとなってからも、決して抜くことのなかった戒めの刃だった。
「ほう。遠距離から隠れて撃つことしかできなくなった負け犬が、再び私に剣を向ける気ですか?」
「……逃げるために抜かなかったんじゃない。この剣は、いつかお前を……教会の狂気を断ち切るために取っておいたんだ」
チャキッ、と冷たい音を立てて、レクターが長剣を抜き放つ。
無限の騎士人形が包囲する絶望の空間で。かつて己の焼いた因縁の炎を前に、レクターは片目だけの鋭い視線を真っ直ぐにザインへと向けた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
終わりの見えない防衛システムとの絶望的な死闘と、レクターの因縁の相手、ザインの登場でした。
銃を置き、自らへの戒めだった剣を抜いたレクターは、圧倒的な力を持つザイン相手にどう立ち回るのか。
次回も引き続き、塔の底での激闘をお送りします!




