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竜帝国と光彩の乙女  作者: 天瀬 澪
最終章:竜帝国と光彩の乙女

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19.新たな光


 ―――ルーシャが《光彩の乙女》として闇の竜王を倒してから、三年が経った頃。

 光の大陸の竜騎士団では、いつもと変わらない日常が始まっていた。



「みんな、おはよう!今日も良い天気ね!」



 宿舎の扉をガラリと開け、ルーシャは朗らかな声を出す。

 光の竜たちはそれぞれ眠たそうな目をして首を持ち上げ、口々に不満気な声を漏らした。



『早すぎだよ〜ルーシャ』

『本当にね。まだ外は薄暗いじゃない』

『ほら見て、グランヴィルなんか起きたくなくて寝たフリしてる』

『……おい、そこは黙っていてくれ』



 グランヴィルの唸り声に、皆がケラケラと笑う。それからようやくルーシャに向かって『おはよう』と挨拶をしてくれた。

 それぞれに食事を配りながら、ルーシャは竜たちの体調を確認していく。竜の言葉が分かるルーシャは、確実に竜たちの体調や傷の具合を把握できるため、竜医にはとても感謝されていた。


 それぞれの食事量や体調を細かくチェックし、ルーシャは手元の用紙に記入する。それから別の用紙に記載されている今日の予定を確認し、名前を呼びながら次の行動を割り振った。

 けれど、まだ行動開始までは時間がある。皆に文句を言われるくらいに早く宿舎を訪れているのは、ルーシャにとって欠かせない日課があるからだ。



「……と、今日の予定は以上よ。それで、このあと私を乗せてくれるのは誰かしら?」


『……今日は誰だったか?イーニッド?』


『あたしはこの前乗せたもの。もう一周したんじゃない?』


『……なら、オレか』



 グランヴィルがとても嫌そうにため息を吐く。ズンズンとルーシャの元へ歩く足取りはとても重そうだ。

 ルーシャは口を尖らせながら、グランヴィルの背中によじ登る。



「もう、そんなに嫌そうな声出さなくてもいいじゃない。みんなに負担をかけてるって分かってるけど……」


『負担だとは思ってない。ただ、みんなお前がそこまで強くなろうとしなくてもいいと思ってるだけだ』



 フン、と鼻を鳴らしたグランヴィルが大きく翼を広げ、宿舎の天井にある出入り口へと舞い上がる。その扉を身を乗り出して開きながら、ルーシャはグランヴィルに言われた言葉について考えていた。



「……ねぇグラン、やっぱり私は少しでも強くなりたいわ。強さがあれば、それだけみんなを護れる可能性が高くなるもの」


『……ふん、分かってる』



 スピードをぐんと上げ、グランヴィルは上へ上へと昇っていく。耳元で風を切る音が響き、その音を聞くたびに(キアラ)として飛んでいた頃を思い出す。

 竜に乗ることができ、速さにも高度にも恐怖を感じないルーシャは、剣を振るう実力さえあれば竜騎士の資格を取ることができるだろう。けれど、その実力にはまだ遠く及ばない。


 腰に下がっていた長剣をするりと抜けば、まだ何の命も奪っていない綺麗な刃が光を反射する。

 この先ずっと平和が続けば、それが一番だ。ただ、悲しくも邪竜となってしまう竜は絶えず現れ、闇の竜もまだ存在している。たとえ竜騎士になることができなくても、誰かを護る強さを手に入れたいとルーシャは願っていた。



「それじゃあグランヴィル、できるだけ木の間を通って適当に飛んでね」



 ルーシャの指示に『はいはい』と気怠げに返事をしつつも、そのあとのグランヴィルはルーシャの望み通りに飛んでくれた。

 木の近くを通るたび、落ちてくる枯れ葉を狙って剣を振るう。まだまだ当たる回数は少ないが、それでも最初に比べたら大分上達していた。


 自主練習を終え竜騎士団へ戻れば、いつものようにアベルが出迎えてくれた。

 この三年で益々大人の色気を身に付けたアベルは、駆け寄るルーシャのために両腕を大きく広げ、柔らかく微笑んでいる。



「……アベル!ただいま!」


「おかえり。今日はどうだった?」


「昨日より一枚多く枯れ葉を切れたわ!」



 アベルの胸に飛び込みながら、ルーシャは笑顔でそう答える。優しく頭を撫でてもらっていると、アベルの後ろから呆れ顔のノクトがやって来た。



「はいはい、朝から糖分過多ですのでさっさと訓練場行きましょうねお二人さん」


「あら、ノクトこそ昨夜はエドナとのデートでデレデレしてたじゃない」


「……は!?見てたのか!?」


「見てたんじゃない、見えたんだ。たまたま同じ店で食事してたからな」



 アベルがそう答えれば、ノクトは顔を真っ赤にして口をパクパクと動かしていた。

 何がどう転んでそうなったのかはルーシャには分からないが、現在ノクトとエドナは恋人同士なのだ。モテたい、と嘆いていたノクトにようやく恋人ができ、さらには相手がエドナということでルーシャとしては嬉しい気持ちでいっぱいだった。

 エドナは現在もルーシャの専属侍女を続けてくれていて、竜騎士団の部屋を借り人手が足りない部署を手伝っている。


 それからルーシャはアベルと二人でノクトをいじりながら、訓練場へと足を進める。

 いつものようにアベル主体で訓練が始まり、ルーシャはその中から先日新たに決まった数組のパートナーの戦いの様子を観察した。


(うん、あっちはいい感じに意思疎通ができてるわね。向こうは……少し遠慮し合ってるかも)


 気付いたことを手元のノートにさらさらと書き留める。訓練が終盤に近付くにつれてだんだんと気分が悪くなっていくことに気付き、ルーシャは額の汗を拭った。

 原因不明だった病は、もうルーシャの体を蝕んではいない。それでも最近不調が続くのは暑さのせいか、それとも動き続けているせいなのか。

 訓練が終わりイーニッドと共に舞い降りてきたアベルは、すぐにルーシャの顔色が悪いことに気付いて駆け寄って来る。



「ルーシャ、また体調が悪いのか?木陰で休んでてくれ」


「……うん、そうしようかな」



 アベルに支えられ立ち上がったそのとき、ルーシャの前に一体の竜が空から降りてきた。他の竜より一回り小さな体の光の竜王リュミエールは、黄金色の瞳をじっとルーシャに向けてくる。



「リュミエール、おかえり。パートナー候補は見つかった?」



 ルーシャはあっという間に成長したリュミエールを見上げながら微笑んだ。最近はずっとパートナー候補を探しに空を飛び回っており、一日の間で顔を合わせる回数は減っていて少し寂しく思っていたところだ。

 リュミエールはルーシャとアベルを交互に見ると、甘えるように喉を鳴らす。



『……ルーシャ、アベル。僕、ようやく見つけたよ』


「えっ!?」



 突然の報告にルーシャは大きな声を上げてしまい、近くの木からバサバサと小鳥たちが飛び立った。竜騎士や竜たちからも好奇の視線が向けられる。



「アベル、リュミエールがパートナーを見つけたって……!」



 ルーシャが隣で不思議そうな顔をしていたアベルを見てそう言うと、その銀色の瞳が驚きで見開かれてリュミエールへと向く。



「本当か?……分かった、一旦木陰に行こう。そこで誰を選んだか聞いてくれるか?」


「うん!ごめんなさいリュミエール、私少し体調が悪くて……向こうで教えてくれる?」


『うん、いいよ。他のみんなにも聞いてほしいんだけど、いいかな?』



 リュミエールの言葉に頷きながら、ルーシャは大きく手を振りながら大声を出す。



「みんなー!リュミエールがパートナーを見つけたの!教えてくれるから集まってー!」



 ざわざわと驚きの声が広まり、皆が好奇に満ちた顔で駆け寄って来る。一目散に辿り着いたノクトは、きらきらと目を輝かせてリュミエールに抱きついた。



「良かったなぁリュミエール!ついに見つけたのか!」



 次々と仲間たちが木陰に集まり、ルーシャとアベル、そしてリュミエールを囲むようにしてその瞬間を待ち望んでいた。

 リュミエールは首を伸ばして皆の顔をぐるりと見渡すと、黄金色の瞳を細めてルーシャに向き直る。

 新たな歴史を刻む瞬間が訪れたのだと、ルーシャは緊張しながら背筋を正し、リュミエールに向かってこくりと頷いた。



『……ルーシャ、僕はずっと空を飛んで探していたけど……間違いだって気付けなかった。だって、僕のパートナーがこんなに近くに現れるなんて思わなかったから』


「……え?」



 リュミエールがルーシャに向かって静かに頭を下げる。それは竜王がパートナーか《光彩の乙女》にしか見せない行動だ。

 まさかルーシャがパートナーに選ばれたのかと、皆が「ええ!?」と声を上げる。ところが、そのあとすぐにリュミエールがルーシャの腹部に顔を擦り付けて笑った。



『ふふっ。僕のパートナーはまだルーシャのお腹の中にいるよ。キラキラ光って、宝石みたい』


「私の―――……お腹の中?」



 ポツリと呟いたあと、ルーシャはパッと視線をアベルへ向ける。次の瞬間、ルーシャの体はふわりと浮き上がっていた。

 ルーシャを抱き上げたアベルの満面の笑顔が、じわりと滲んだ涙で揺れる。



「アベル……アベル、私……とっても幸せよ」


「ああ……俺もだよ、ルーシャ」



 重なり合う二つの影と、芽吹いた新たな命を祝福するように、温かい拍手と竜たちの咆哮が明るい空にいつまても響き渡っていた。







 ―――竜帝国と光彩の乙女【完】



ルーシャたちの物語はここで完結となります。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!


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