プロローグ2
冷たい地面の感触と若い草の匂いを覚え、アリッタは目を開いた。
身体は動かない。視界もぼやけてはっきりとは見えていなかったが、目の前に弱々しく息を吐く黒い塊がいるのは感じ取れた。
その塊に左腕を伸ばそうとしたが、うまく伸ばせない。水中にいるような視界で左腕を見ると、肘から先が無くなっているのが分かった。
ジーザ、ごめんね。私、もうだめみたい。
小さく呟き、諦観に身と心をゆだねた。
頭痛がひどく記憶も曖昧になっているが、邪神を倒すべく精霊王を召喚し、精神の限界まで使役していたところまでは微かに覚えている。しかしそれも限界に近づき、それでもなお精霊王の力を奮おうと、残り僅かな気力で意識の中の精霊王に抗った。その際に精霊王の力が瞬間的に暴走し左腕を切り刻んだのだと思い出したとき、アリッタは左腕の力を抜いた。
――ああ、そうか。もう休むね。
そのとき、目の前の黒い塊が息を吐いた。
「エルフの女よ」
熱い息がアリッタの顔にかかる。
あら、バルちゃん。あたなも落ちちゃったの?
その黒い物体が、最強の老竜王バルザダスだと認識したアリッタは、先が無くなった左腕を再び伸ばそうと力を籠める。
「力及ばずにすまぬ。我らがもう少し強ければ」
いいえ、いいの。あなたたちは精一杯この世界を守ろうとしてくれた。あの人みたいに。
「先の戦いでお主のその胆力、しかと目に焼き付けた。小さきエルフよ。そなたは誠に強き者だった」
ジーザのおかげだよ。それに色んな意味であの人には到底追いつけないもの。
「我は滅びる。しかしあの若者がいる限りこの世界は滅びぬだろう。その男の横に並び立つお主に、最大級の賛美を送ろう」
ありがとう、バルザダスさん。ジーザのこと大好きだけど、あなたのことも好きよ。
「先日、奴らに蹂躙された我が眷属たちの惨状を前に涙を流してくれたのはお主だった。お主は消えてはならん」
そう言うバルザダスは大きな咆哮をあげた。
まるで末期の一息に、己が強さを示さんとしているようだった。
もう……大丈夫だよ。だって、ジーザもたぶん、この後、いなくなっちゃうから。
「大丈夫だ。いつの日か、あ奴は必ずまたお主の前に現れる」
ふふふ、バルちゃんありがとう。優しいね。
「ハイエルフの女帝よ。もう我と話すことはできまいが……案ずることはない」
そして一頻り大きな咆哮をあげた。そしてまだ健在であった右脚の鉤爪を自らの胸元に立て、奥深くまでめり込ませた。




