あーあーあー
なぜこうなったのか。
俺は今、家の中にいる。
本当に気まぐれで子どもの相手をしたがために、家に招かれたのだ。
こんなどこの馬の骨かもわからん顔も見えない太った鎧野郎を、よく家に招こうと思ったものだ。俺なら絶対関わらない。
家は質素極まりなく、木のイス、木のテーブル、木の棚以外に何もない。
台所もない。インテリアみたいなものもない。
子どもたちが遊ぶのだろうボールが3つと、四角く切られた木の積み木のような物がバラバラある程度だ。
「あの、時間もないのでそろそろ……」
「今来たばかりじゃないですか。私達は今からご飯になるので、どうぞ一緒に食べていってください」
あからさまに帰りたい理由を使ったが、全く意味をなさない。メンタルは俺よりはるかに強いらしい。これは勝てない。
まあ、人の家を見る機会ができてよかったと思おう。
「お母さんお母さん! ご飯! ご飯!」
「はいはい」
それに普通のご家庭がどういうものを食べているかも知れるなんて機会はなかなかない。
イスに座って待っていると、草がテーブルの上に置かれた。
これは……見たことある。まさか……。
小さな声でアナライズを唱える。
○草
レア度 ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
名称 メ草
期限 常温3日、冷暗所保管7日
重量 27g
備考 全世界に分布している草。雑草の一つ。葉の縁である葉縁部が細かく尖っているため、皮膚の弱い者は掴んで引っ張ると手を切る。毒はない。酷い苦味成分と臭みを持ち、食用には向かない。
雑草やないかい!
しかも生の! 苦味と臭みのあるやつ!
いやいや、と思いながら顔をあげると、みんな食っている。
何も言わず、黙々と食っておられる。
「はぁ……ごちそうさま」
俺が何が起きたかわからずに動けないでいると、子どもたちは顔をくしゃくしゃにしながら食べ終えたようだ。
ええー……。何かの嫌がらせではなくこれがご飯だと?
「あの……お嫌いですか。メ草」
「この――あ、いや。いただきます……」
この草を好きな人、いるんですか? と素で聞き返しそうになってしまった。
この親は顔をくしゃくしゃにせずに食べている。
意外に大人は食べれるのかもしれない。
兜を、少し上にずらして口に含む。
まず最初に思ったのは草に小さな毛があって湯通しすらしてないので食感が悪い。
口に入れたまでは良かったが、噛むと苦い汁が舌全体に広がり、その後直ぐに鼻を草の香りが突き抜けた。
あまりの臭さにむせそうになるのを顔の筋肉全部を使って抑え込む。
……子どもたちのくしゃくしゃの顔の理由がわかった。
この草を平然と食べているこの人が信じられない。
出された分は片付ける。メ草を全てを胃におさめる一大イベントを成功させることができた。
腹がこの程度で満たされることはないが。
「ごちそうさま。……いつもこのご飯を?」
言葉を選びながら慎重に話す。
間違えて失礼な事を言うのも気が引ける。
「ええ。そんなにまともな仕事もないですから。家賃だけで手一杯。食費は抑える! 口に入ればなんでもいい! ですからね」
「では俺をもてなしている場合ではないだろう」
「でもせっかく子どもたちが懐いて――」
「ボール鎧男! 遊ぼうぜー!」
鎧を掴んでガシガシ揺らし始めた。
子どもたちの間で俺のあだ名が酷い事になっている。早々にどうにかしなくては!
「わかったから揺らすんじゃない。そしてボール鎧男はやめるんだ。俺はアカだ。アカと呼ぶんだ。さあ、呼べ」
「これ、お母さんが作ってくれてね!」
おい呼び方について無視するな!
木の積み木を持ってきて遊び始めた。
「じゃあどれだけ高く積めるか競争……」
ネズミ君が小さな声で呟いている。
居たのかネズミ君。ここの子どもなのか、いやでも犬の親に名前を呼ばれてはいなかったから違うか。
食うものが無いのかみんな痩せている。俺だけ太っている。
いたたまれない気持ちになってきた。
今日集めてきた食材はたくさんある。
施しみたいで、ただあげるのは気持ちが悪いな。そんなに良い人間と思われるのも嫌だ。
「よし、じゃあ一番高く積めたやつに景品をやろう」
「ケイヒン? ケイヒンってなに? なんかくれるの?」
「そうだ。なんかやろう。一番になったやつだけだぞ」
子どもたちの戦いが始まった。
積み木はそこそこあるから奪い合いにはならないと思ったが、奪い合いになってしまった。
手作りだからキレイに平行になっていないのだ。
キレイに平行になった積み木を奪い合う。高く積んだ人のを蹴り倒す。投げられた積み木が飛び交う。なんでもありだ。
「あーあーあー」
そして俺があーあー言っている間に子どもたちは泣き始める。大泣きだ。大泣きが伝染して何もやられてないネズミ君も泣き始める。
あーあーあー。
「静かにしなさい! アカさんが困ってるでしょうが!」
「だって! だって! こいつが蹴った! せっかく積んだのに!」
「お前が俺が持ってきたやつ使ったからだろ!」
「わかった。全部俺が悪い。俺がルールを決めなかったから、俺が悪いんだ。俺のせいにしなさい」
一人でシクシク静かに泣いているネズミ君の頭を撫でながら、俺が悪くなれば丸く収まると思って必死になる。
……結局何をやってんだ俺は。
パンパンと手を叩いて注目を集める。
「じゃあ全員一番だ。景品も全員にやる。いいか。これでケンカも終わりだ。わかったか?」
「うん……」
よし納得したようだ。積み木を投げ始めた時にはどうなるかと思った
。
景品と言ってもあげれるものは食い物しかないんだが。
「ほい!」
「わ!」
インベントリから手のひらに物を出す。これだけで機嫌がなおるのだからありがたい。
全員にケテの実を渡す。ついでに親にも一つ渡す。
「やったー! わー!」
全然美味しくないし甘くもない酸っぱい種だらけの実だが、喜んでくれたようだ。
今度こそ逃げよう。これ以上ここにいて迷惑をかけるわけにもいかん。
「ではこれで――」
「ええー!! ねぇもう少し遊ぼうよ! ねぇねぇ!」
「いや、宿を探さなくてはいけないからな」
「ああ、宿を探してたんですか。……お前たち、案内してあげなさい」
「はーい」
遠回りしたが、宿にたどり着ける雰囲気になってきた。