その戦闘は戦闘ですらなかった
「いたな……」
傷だらけでガタイの良い男の目の前には不気味に佇む黒い巨体があった。
心なしか顔色が悪い。
黒く光沢のある皮膚、散らばるぷちぷちの死体。
以前グレムが訪れたときよりぷちぷちの死体は数倍増えていた。
「こんなの……見たことあるか」
「いや……ないっすね」
ガタイの良い男の仲間が触れるほど近くに寄るが黒い巨体は何も反応しない。
黒い巨体は呼吸らしいものをしているらしく、ゆっくり上下して生物であることは間違いない。
自らの目で見るまで半信半疑どころか一切信じていなかったが、目の当たりにして絶句するよりないといったところだろう。
しばらく男達は観察を続けるが、巨体は動かない。
「どうします? セインさん」
セインと呼ばれたガタイの良い男は少し目を閉じると口を開く。
「よし、遠距離攻撃で様子を見るぞ。わかってると思うが危険と判断したら各自退避しろ」
「了解!」
長弓を持った細身の男が矢を番える。
「やめろ!!」
後方から追いついたグレムの叫ぶような声が響いたが、矢は放たれた。
矢じりは石。手作りの矢じりは鋭く尖らせてあり、突き刺すことを目的としたものであることが見てわかる。
巨体の皮膚に矢じりが触れるか触れないかといった瞬間にそれは起きた。
ッパァン!!
何かが弾けた。鋭く響き渡る破裂したような音。
経験の無いものは身をすくめてしまうだろう。
長弓を放った男は脛から上の体を失い、両足だけその場に残っている。
まだ誰も何が起きたのか理解できていない。
「なんだこれは」
後方から近づいていたグレムとポロネは真っ赤に染まる。
自らに付いた液体が何かわからない。
目の前の木や土が一瞬で赤色に染まったのだ。
長く冒険者をやってきたグレムも認識できない速度で物事が発生したことはない。
目が追いつかないほど早い攻撃やトラップなどは見てきたが、何が起きたかもわからない事は初めてだった。
しばらく全員が突っ立ったままだったが、鼻を刺激する酷い鉄の臭いで覚醒する。
「ポロネェェ!!」
「ハッ……引きます!」
呼吸も忘れていたようなポロネはグレムの声を聞いて驚くほどの速さで煙幕を広げるとグレムとポロネは後ろへ跳躍した。
セイン達は後ろで聞こえるグレム声を聞き、その煙幕をぼーっと見ている。
視線の先には先程まで茶色や緑だった景色。今は赤色に染まっている。
さらに視線が下に向くと、長弓を持っていた男の足がある。
ここでセインがやっと覚醒した。
「っ!!! 退避!!!」
セインの大きな声で他の仲間も体をビクつかせると動き出す。
煙幕を出して後ろへ走る。
もしかしたら油断もあったかもしれないが反応がグレム達より遅れたのは経験の差だろう。
しばらく森を疾走する。
セイン達は夢中で走り気づいた時には森から出ていた。
這いつくばり肩で息をしながら仲間を確認しているが、やはり一人欠けている。
「近くで何が見えた……」
いつの間にかセインの隣にグレムの鱗で覆われた顔がある。
その目には怒りが滲んでいた。
「わ、わからねぇ……」
「お前……仲間が死んだんだぞ! 1番近かったのはお前だろう! 何が、何が見えた!! 無駄にするなぁ! 思い出せ!」
「ま、待ってくれ! 俺も何が起きたのか……」
セインの胸ぐらを掴み血まみれで真っ赤に染まったグレムが怒号をぶつける。
「グレム、やめましょう」
白かったローブを真っ赤にしたポロネが諦めたように声をかける。
「私が、少しだけ見えました。皮膚が伸びた……ように見えました。遠かったので正確にはわかりませんでしたが、あれは魔法やトラップの類ではありません。あれはただの……物理攻撃とみて間違いないでしょう」
グレムが胸ぐらから手を離すとセインが地面に崩れる。
立ち上がる力も残ってないのだろう。
「ポロネでそれだけしか見えなかったならこの役立たずどもでは話にならないな」
ポロネは視覚に特化した冒険者で魔物の行動分析や研究、記録等が専門のこの世界でも極めて特殊な職に就いていた。
その彼女がほとんど見えなかったのだ。グレムは反吐を吐きそうな顔をしつつも納得したように街へ戻る道を歩き始めた。




