アルミの幸福論
今回はアルミの視点です!
カーラの両親はまだ殺されておらず、みんなが穏やかに暮らしていたころのお話です。
いつもとは違う、アルミから見たカーラをご覧あれ~!
私の主人は完璧だ。
どこから見ても美しいたたずまいに、周囲を明るくする笑顔。
なにより、懐も深く優しさもある。
……時々おかしなことを言いだしたり、私に変な服を着せようとたくらんだりしなければ、たぶん。
初めて会ったときは、真面目に尽くすつもりはなかった。
スラム街で生まれた私はただお金が欲しくて。お給金がいいから働こうと思っただけだ。
たまたま張り紙を見て、たまたま採用されて。ただ目的もなく生きるだけの毎日だった。
でも、いつからだろうか。このお方の役に立ちたいと思うようになったのは。
そう思うようになった決定的な出来事は、きっと———
♦♦♦♦♦♦
「今日から、この人がカーラのお世話をしてくれるよ。」
雇い主の旦那様が、優しく後ろにいる女の子に話しかける。
女の子が、旦那様の後ろからおずおずと顔を出した。
「アルミ。この子はカーラ。まだ五歳になったばかりなんだ。」
私を見上げるうるんだ大きな瞳に、柔らかそうな白い肌。
この子……小さいな。握りつぶせそうで恐ろしい……。
「初めまして。お嬢様のお世話をさせていただきます。アルミと申します。」
一礼をして、子どもの前に跪く。
「は、はじめまして……。」
もじもじとして、さらに旦那様の後ろに隠れてしまった。
「あらまぁ。この子ったら照れているのね。」
ころころと奥様が朗らかに笑って、子どもの頭をなでる。
いかにも幸せそうな家族の図だった。
うらやましい気持ちが、胸を一瞬よぎった。
……初対面としては、まずまずだろうか。
大丈夫。別に仲良くなる必要などない。ただ仕事をこなしていればそれでいい。
そう思っていたのが間違いだった。
一つ予想外だったことがある。
お嬢様は、お転婆だったのだ。だいぶ。結構。
「お嬢様!危ないから降りてきてください!」
お嬢様は、屋敷の半分ほどの高さの木に上っていた。
この屋敷に仕えてから約一か月。
仕事も慣れてきた矢先に……このお嬢様は……!
「だって……あのリボン、取ってあげなきゃ!レナの大切なもの!」
レナ……厨房の使用人か。おそらく、ごみ捨てなどで歩いているうちに、気づかぬ間に飛んで行った、といったところだろう。
お嬢様に聞こえないように舌打ちをして、木に登った。
お嬢様を下ろしてから、もう一度登る。
奥の方に引っかかっていて、なかなか取れない。
「くっ……」
あとちょっと……取れた!よかった……!
「アルミー!大丈夫ー?」
「大丈夫です!危険だからさがって……っ……?」
安心したとたん、ずるっと足が滑った。
しくじった……!
強く地面にたたきつけられた。
「アルミ!!」
泣きそうな顔でお嬢様が近づいてくる。
幸い、とっさに受け身をとったおかげで、大したけがはしていない。
「大丈夫!?……痛いの痛いの飛んでけ~!」
「……何をしているんですか?」
「これをやったら、みんな痛いの治るんだって!」
「はぁ。そうですか。」
子どもとは不可解な生き物だ。
でも、なんだか心がむずむずするような———
「どう?もう大丈夫?」
「……はい。もう大丈夫です。」
「よかった~!」
まっすぐに向けられた、無垢な笑顔。
やはり心がむずがゆくて、ごまかすようにリボンを差し出した。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう!これでレナも悲しくない、だね!」
「そうですね。お嬢様が渡したら、きっと喜びますよ。」
その笑顔を向けられて、喜ばない人はきっといないだろう。
「お嬢様ヤダ。カーラがいい。」
「……?……!」
あぁ、呼び名か。規律的に、『カーラ』と呼び捨てにはできない。
「では、カーラお嬢様、と呼ばせていただきますね。」
「うん!アルミも特別ね!ぷれみあむ?の、特典なの!」
「何の特典なんですか……。」
「よくわからないけど、レナたちが言ってたの!使用人のためなら、私なんだってやるのよ!だって、家族だもん!アルミももう、家族でしょ?」
「家族……。」
生まれた時から家族もいなかった私に、この人はこうもあっさり家族と言ってくれるのか。
私が一番欲しかった言葉を。
……ずっと一人だったのに。
なんで今さらうれしいのだろう。
「……普通は、使用人のことを家族と言って扱わないんですけどね。」
「……アルミ、泣いてる!大丈夫!?」
おろおろとしているカーラお嬢様を見て、ますます涙が止まらなかった。
屋敷へ戻ると、ボロボロの私たちを見て、旦那様と奥様はぎょっとしていた。
だけど———二人とも大きなけががなくてよかった、と言ってくれた。
やっぱり。むずがゆくなるこれは———喜びだ。
この家族を守りたいな。久しぶりに喜びを感じさせてくれた、カーラお嬢様が幸せになれるように。
そこから、私は変わったのだった。
後々知ったことだが、使用人の中でカーラお嬢様のファンクラブというものがあったらしい。
それから、カーラお嬢様の信者になる人が増えたとか。完璧なお方だと崇める人が多いらしい。
私?……もちろん入りましたが、なにか?
♦♦♦♦♦♦
いつか———カーラお嬢様が人生で迷ってしまったら言って差し上げたい。
私にとってはいつまでも小さい主人は、もう覚えていないかもしれないけれど。
『家族のためならなんだってする』、と。
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