GAME OVER
「なあ、いっつも同じことしてんの、詰まんなくね?」
テレビ画面をじっと見つめ、ひたすらゲームをしていた青人に、それを背後から観察していた勇がぼそりと声を掛けた。
「……別に。」
素っ気無く返すその返答はもちろんテレビ画面から一度も離されることはなく、いま勇がどんな表情をしているのかはまるで分からないままだった。しかし、その質問に青人はなにか思うことでもあったのか、迷いを含んだ沈黙の後、「お前は?」と訊き返す。
勇はそんなことなど返ってくるとは思いもしなかったのか、青人の言葉に何度か瞬きを繰り返してから小さく息を吸い込んだ。
「俺は……詰まんねえと思ってるけど……。」
躊躇うように、ため息と一緒に吐き出された言葉にぴくりと青人の手が止まる。その直後。
「あー……ちっくしょう……。」
悔しげにつぶやかれた小さな声とテレビ画面にでかでかと映る「GAME OVER」の文字。コントローラを投げ出すと青人はいかにも腹立たしいというように、勇の顔を覗き込み。そして、今度はありありと分かるようにため息をついてみせる。
「じゃあ、お前、毎日俺の部屋に来なきゃいいんだよ。」
それは至極当たり前のことだった。いつも遊びに来ているのは青人ではなく、勇なのだ。幼馴染のご近所で、暇さえあれば勇は青人の家に来ていたし、それを面白くないと言われれば来なければいい。青人の言葉は当然のようであり、勇はそれ以上なにかを言うことはしなかった。
「またダンマリかよ。でかい図体してんのに、気だけは昔から小せえのな。だったら、最初から言うんじゃねえよ。」
青人は無言のままに俯いてしまった勇を一瞥すると、気まずい雰囲気が漂う部屋の中で居心地が悪くなったのか。
「……飲み物、取ってくる……。」
部屋を出て行った。とんとんとん、と静かに階段を降りる音が聞こえるのは、言葉よりも青人が怒っていない証拠だ。勇がなにかを言う前に、気の短い青人はいつも苛立たしそうにする。今回もまた、例外ではなかった。
ゲームをしている青人の背中をひたすらに見詰めていること、数時間。ここ最近はほぼ毎日のように同じ質問を繰り返しては、勇は言葉を失ったように黙り込む。重々しい空気が嫌だと言うように青人が出て行くのもいつものことで、部屋に一人残された勇もまた、小さなため息をついていた。
別に、気が小さいんじゃねえんだけど……。
呟きは当然聞こえるはずがない。気が小さいわけではない。だけど、なかなか言えないこともある。勇は数年間に渡る積もり積もった自分の想いがいつ、暴走してしまうのかすら分からないところにまで来ていたのだ。つまり、青人に対して抱く自分の想いがいつ、暴走してしまうのか。
気が付いたのはほんの数日前だ。
今日みたいに青人がゲームオーバーを迎え、苛立たしげにコントローラを投げ捨て。仰け反るように伸びをしたその身体が安定を保てなくなり、ごろりと転がった先にいたのが勇で。ベッドを背にあぐらをかいて座っていた勇の胸元に、青人の身体がごろりと転がり。抱きかかえるかのような形で受け止めたその瞬間に、は、と気が付いたのだ。下から見上げてくる青人の瞳と、受け止めたその身体の重みと熱と。
「こんなん、詰まんねえよな。」
ぶすっとしたまま青人が勇に向けて吐き出して、そのままなにもなかったかのようにひょい、と身体を起こしてしまうまで。気が付かなかったのだ、勇は。手をすり抜けていってしまうかのような青人の身体を、名残惜しげに伸ばしてしまいそうなその指を、かろうじて止めた。思わず高鳴った胸はさておき、下半身にずくりときた瞬間にこれはまずい、完全に気が付いた。体温を感じただけで反応してしまう自分は、もしかする。青人に向ける想いがもしかして。
気が付いた次の日から。勇は青人に「詰まんなくないか」と質問攻めをしていたのだ。ゲームをやめて欲しいのか、それとも声を掛けることでゲームオーバーを迎えて欲しいのか、それは分からない。ただ、あのときのような感覚が欲しくて、勇は話しかけていただけに過ぎないのだ。
『詰まんねえよな』
青人の発した言葉が、頭にこびり付いているのかもしれなくて。ゲームなんてもう飽きた……そう言うのを待っていたのかも知れない。
飲み物を取ってくる、と言って青人が部屋を出て行って数分が経った。いつもならすぐに戻ってくるのだが、今日に限っては戻ってはこない。さすがに気まずくて戻ってこれないか、と思い、勇はその『でかい図体』をゆらりと起こした。それならさっさと帰ってしまったほうが無難なのかも知れない。自嘲気味に口端に笑みを浮かべると、勇は床に置いてあった自分の鞄を手にとって。青人の部屋を少々名残惜しげに見回してから、ドアノブに手をかける。
「うわっ!」
ドアを開けた途端に青人の驚いた声がして。目の前に視線を合わせると、そこには飲み物が入ったガラスのコップを手にした青人が、中身をぶちまけそうに目の前に立っていた。
「あ、……ごめん。」
咄嗟にその言葉が口をついで出てきてしまう。青人を目の前にするとどうしてか、いつも一歩下がった態度をしてしまうのだ。自分の気持ちがやましいからつい、遠慮とかしてんのかも、とは思うもののいつからこうだったかなんてもう、すでに忘れていた。もうずっと。子供のころから続いているのかもしれないし、最近になって始まったのかもしれない。いや、そんなことはこの際どうでもいいのだけれど……。
「………帰んのかよ。」
思いのほか、青人の声はブスくれていて、勇は帰って欲しくないのかと誤解してしまいそうだ。あまりにも唐突過ぎて、勇は思わず赤面していた。慌てて鞄を持っていないほうの手で顔を隠すものの、誤解してはまずいと思うのに、青人がそう言ってくれただけでも嬉しくて。うん、ともううんとも、答えることができなかった。
「あ……、」
「だからっ、帰るのかって訊いてんだろ?」
相変わらず、青人は頭に血が上りやすくて、子供のときからなにも変わったところなんて無いように見えるのに。勇は自分がこういう風に変わった分、青人もどこかが変わっているのだろう、そう思う。勝気な瞳も少し固そうな黒い髪も、なにも変わっているようになんて見えやしないのに。
「あ……うん、そのほうがいいと思ったから……。」
二度目、つっけんどんな声がびりびりと響いて、勇は慌ててそう答えていた。答えを返さないと、さらに声は高くなるばかりだったから。頭の中で顔が赤くなってしまったことを理由付けていたら、勇は青人の問いに答えることを忘れてしまっていた。二度目、ぼんやりと返した勇だったが、帰ろうと思う矢先、青人の手がずいと伸びてくる。
「飲んでけよ。」
相変わらず、ぶっきらぼうに飲み物を差し出してきた青人だった。ああ、なんだ。やっぱり帰って欲しいとは思っていなかったんだ──安心した勇はにこりと笑みをこぼしていた。今度は自嘲気味ではなく、嬉しそうに。
「うん。」
嬉しそうに青人の手からコップを受け取ると、勇はまた青人の部屋へと戻る。小柄でつんつん頭の青人は、いつも傍若無人でわがままで勝手気ままで、それでも、どこかつっけんどんに優しいときもある。例えばこんなときとか。勇はまだまだ自分は理性がきくだろうと踏んで、青人と笑い合った。もう少し、あと少し。思いながら、また勇は青人の部屋へと入り浸る。
勇と青人がくっ付くまでにはまだまだ、時間が掛かりそうなのだけれど……。




