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告げたかった気持ち

 好きだという想いを飲み込んだまま、いったいいつになったら吐き出すことができるのだろう。

 そばにいることが辛いと思い始めたのはいつのことだったのか。

 それすらも遠い過去の記憶に思えて仕方がない。




「好きなら好きって言えばよかったんだ。」


 吐き捨てるような言葉が、耳に届いた。その声に吊られるようにふと見上げれば、視線の先にはゆらゆらと空へ立ち上る黒煙が、一人の人間の人生の終末を伝えている。あの煙は、親友だった菅原のものだ。つい先日、「じゃあ、またな」と明るい笑顔を残したきり、そのまま彼は天国へと旅立った。残したものは数知れず、心残りもあったに違いないだろうと思うほどの急死だった。


「そうやって、無言で泣くくらいだったら、あいつが生きてるときに言っちまえば良かったんだよ!」


 苛立たしげに足元にある石ころを蹴り付けて。友人である坂下が、ぼんやりと空へと昇る煙を見上げていた秋島に叩き付けた。秋島は、は、とわれに返ったように頬に触れると、坂下の言うようにいつの間にか涙が頬を流れ伝っていた。ぎゅ、ときつく瞳を瞑るとじわりと熱い涙があふれて落ちる。


「好きだったんだろ、あいつのこと。」


 ぽたり、頬を流れる雫に言葉の勢いを無くしたかのような、静かな声が秋島の耳に流れた。好きだったんだろ、その言葉だけが理解できたように、小さく頷いてみせる。言葉も出せないほどに好きだった。親友である関係を崩したくなくて、ずっと胸の中に押し込めていた。あふれ出してしまいそうなときは、少しだけ菅原から距離を置いてたりもした。それを、坂下はいつも見ていたから。

 好きだったんだろ、この言葉が出たんだろう。吐き捨てるように言ったのはきっと、女々しく泣いてしまっている自分がいるからなんだ、と秋島は思う。坂下のように考えるよりも先に行動できていたのなら、もしかすると違った形で「いま」があるのかもしれない。けれど、そんなあり得ないことを考えて。ふと、俯いた。


『もしも、なんて考えるよりも、行動したほうがいいと思わねえ?』


 口癖のように言っていた菅原を思い出す。


『行動あるのみだろ! 卓論よりも実践じゃねえのか?』


 あはは、と豪快な笑い声を立てて、いつも愛飲していたタバコの灰をとん、と軽く指で落とす。そうして、にっと笑って秋島を見るのだ。「そうだろう?」というように。

 それらを思い出して、じわりとゆがむ視界に秋島は震える指先でそっと目頭を覆った。ぐ、と咽喉に塊が駆け上がってきて、秋島はそれをしゃくり上げる。ひく、と咽喉が情けない音を立ててぼたぼたと涙がこぼれて止まらない。

 そんな菅原の姿はもう二度と、見ることはできないのだ。

 もしも、だけど。

 そうやって悪いほうへと考えをめぐらせるのが得意な秋島を、そうやって菅原はいつも励ました。そうして、元気をくれていたのだ。

 しかし、その菅原はもう、どこにもいない。

 思い切り、手のひらの跡が残るほどに力いっぱいに背中を叩くようにして押してくれていた、あの手のひらはもう、ないのだ。

 自分にはない、菅原の行動力に憧れていた。

 そして、だれよりも、好きだった。


「お前、最後まで後悔する気かよ……?」


 ため息交じりの坂下の声に引かれるように、ふと顔を上げて彼を見やればそこには苦虫を噛み潰したような、それでいて、とてつもないほどの悲しみを湛えている瞳とぶつかった。

 空へとゆらゆら昇っていく煙は、徐々に細くなっていき、すでに消えかけていて。

 坂下の言葉にどきりと心が揺れた。


 行かないで。


 俺を一人にしないで。


 あふれそうになる言葉を咽喉の奥で、ぐ、と飲み込んだ秋島を、坂下は苛立ったように見つめた。この男はどこまでも自分の想いを菅原に告げない気でいるのか。思えば思うほど、苛立ちが増す。坂下から見ていた二人は、お互いの存在が唯一無二の存在として感じていたように見えていたというのに。言葉にはしないだけで、ちゃんとお互いを想い合っていた。伝えられない言葉は、周りの空気に伝染したかのように穏やかで、それでいて、一緒にいた坂下にまで伝わってきていた。切ないほどに、震えるほどに、純粋な想いが。ただ、二人と時間を共にしていた坂下にまで伝わった。

 最後くらい、好きだって言えよ。

 あれじゃ、菅原が可哀想だ。

 どれほどの想いで秋島を視ていたのか、秋島は知らないから。

 言葉を飲み込んで、自分の想いをなかったもののようにしようとしていて。

 でも、それじゃ菅原は。菅原の想いは。


「頼むから、菅原の最期くらい、素直になってやれよ……。」


 坂下自身すら思いもしないほど、弱弱しい声が漏れた。煙となって空を舞い、空気に溶けていく菅原の気持ちが痛いほど身に染みて。堪えていた涙が頬を流れ落ちる。最期まで隠し続けた菅原の気持ちが、いまなお堪え続けている秋島の想いが。坂下にはつらかった。


『秋島を愛している。』


 その想いはいまもなお、空気に溶けて坂下に伝わっている。

 弱く首を振り、頑なに自分の想いを口にすることを拒む秋島に、苛立ちにも似た感情が沸き上がった。

 最期なのに。

 もう、菅原には会えないのに。

 頑なに拒み続けるその理由が、坂下には分からなかった。


「……言えないんだ……、俺には……言えないんだ……。」


 詰まる涙でかすれた声が、秋島からぽろりと落ちた。悲しみに打たれ、立っていられないというようにしゃがみ込んでしまった秋島を、ただ坂下はぼんやりと見下ろした。


「菅原を……一度だけ拒んだことが……あって、だから……っ!」


 膝に顔を埋めて、まるで駄々を捏ねる子供のように、秋島はただ泣いた。


 だから。

 好きだと言っても、菅原は信じてはくれない。


 秋島の、聞き取るのが困難なほどの小さな声が、嗚咽とともに吐き出され。坂下は、思わず両手をぐ、と握り締めた。


「だからって……! だから、菅原には伝えないってのか? 俺には言えるんだろ、菅原のこと、好きだったんだろ?! だったら、俺に言えよ! 菅原が好きだって、俺に言え!!」


 坂下には痛いほど二人の気持ちが伝わっていた。伝えられない想いを抱えたままの秋島を置いていくことを、菅原が納得できるとでも思っているのか。怒りとも取れるほどの激情が、坂下の身体を駆け巡った。きつく握り締めた手のひらにさらに力を込める。


「俺が、お前のこと信じてやるから……、菅原が好きだって言ってくれよ……。」


 菅原、ちゃんと聞いていてくれよ?


 坂下が、すでに一筋の煙となり始めていたそれを見上げた。


「俺にだったら言えるだろ?」


 坂下も一緒にしゃがみ込んで、秋島の肩に手を置いて。これ以上は言わないつもりで、秋島に小さく話し掛けた。

 肩に手を置かれ、それに吊られたかのように坂下を見た秋島は、驚いたような表情を浮かべていた。お前に言ってもいいのか? そう問いかけているような視線でじっと見つめ、坂下はそれに頷いてやる。


 もう、我慢しなくていいだろ?

 一人で堪えなくていいだろ?


 坂下のそんな瞳に促されるように、秋島の重たかった口が開く。


「俺……菅原が……ずっと、好きだったんだ……。」


 まるで秋島の言葉を待っていたかのように、空へと昇り続けていた煙がすう、と掻き消えるように無くなっていく。それを聞きたかった、という菅原の気持ちを代弁しているかのように、煙は、秋島の言葉を聞き終えると共に、姿を消した。


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