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Holly Night  あなたに手が届くまで

 ぎゅ、と踏みしめる雪の感触が馴染めなくて。つい、助けを求めるかのように伸ばした手の先にあった高見の、もこもこのコートを掴んでいた。ぐい、と引っ張ってから望ははっとして手を離した。

 大学に入ったばかりの望を、北海道旅行へと誘ったのは高見のほうで。自分はといえばきっと就職活動に忙しいだろうに。


『こっちじゃ、雪なんてめったに降らないだろ? だからさ。せっかくのクリスマスなんだし、ホワイト・クリスマスってやつ、見てみようぜ。』


 なんて軽く言っていたけど、実際はかなり前から予約とかしていたんじゃないだろうかと、望は思っていた。じゃなかったら、クリスマスなんて一大イベントに飛行機になんて乗れないだろうし、ましてやホテルなんてそうそう取れるはずがない。




 ちょうど望たちが北海道の千歳空港に着いたのは夕方も近く、うっすらとオレンジ色の光を吸って空が染まっていた。空港の窓から見た大地は、どこかしーんと張り詰めた空気を漂わせていて、どれほど寒いのかを想像させるには容易かった。景色は一面真っ白で。白が余計に広大な大地をさらに広く見せているように思えた。

 空港から一歩外に出ると、高見は一台のバスを指差して「あれで札幌へ向かうんだ。」と嬉しそうに、にっと笑う。その顔も頬は真っ赤、話す息さえも白い。望はといえば、少しでも暖を取ろうと小さく縮こまり、高見に小さく頷いてみせるだけで。

 むき出しの頬が一気に凍りつき、顔の感覚がなくなりそうな気さえしてくるこの外で。高見は嬉しそうに笑っていた。

 ひとまず、バスに乗り込んだ望は車内の暖かさにほっと気が緩む。隣り合って座った高見のぬくもりも温かい。そっとつないでくる高見の指は冷たかったけど、望はなぜか高見の指からも温かみをもらっているような気がして、思わず薄く微笑んだ。これからしばらくはバスに揺られるのだ。うとうとと眠気が差して、望は走り出すバスの中で眠りに落ちた。

 目が覚めるとすでに札幌に到着しており。

 バスから降りた瞬間に踏みしめた雪で、思わず高見のコートを掴んでいた。


 辺りはすでに暗くなっていて、この時期ならいつでも降っているのだろう雪が闇の空からちらりちらりと降り注いでいる。昼間、幾分溶けたのだろう雪の上に真新しい雪が積もり、街は白いパウダーの雪に薄化粧をしているようだった。


「寒いねー。」


「でもさ、今日はわりとあったかくない?」


 通りすがりに女の子たちが交わす会話に、望は驚いて目を見開いた。

 吐く息は真っ白、むき出しの肌は空気の冷たさにピリピリしていて。身体の芯から冷えてしまいそうな寒さだと感じていたのに。気温はきっとマイナスだろうと思わせるほどの寒さのわりに、周りにいる人たちは意外にも軽装なのにも驚いた。

 いまにも滑りそうな雪道をなんなく通り過ぎる人たちを、望は滑り歩きながら振り返る。足元をじっと見下ろしながら一歩一歩を確実に踏み出そうとする望に、高見が話しかける。


「望、下ばっか見てないで、周り、見てみろよ。」


 札幌駅前のその通り、キラキラと光る小さな電球が色鮮やかに街並みを飾っていた。真っ白な街に金色のその光。まばゆいばかりのその電球は、アスファルトがむき出しの見慣れた自分たちの街よりもずっと綺麗で。望は放心したように足を止めて周りを見回した。

 ぴりりと張り詰めたような冷たい空気と、温かみを感じさせるその街の明かりに望は言葉を失っていた。


「綺麗、だな。」


 ぽつりと漏れた、素直な感想。

 雪なんてただ冷たいものだとばかり思っていた。いいところなんてないと思っていた。だけど、こうしてみると、雪と上手に付き合っているその街並みが綺麗に見えた。

 雪も、悪くない……。

 望は、小さく思った。


「だろ? 一度でいいから、俺、来たかったんだ、北海道。夏もいいけど、絶対冬もいいって思った。」


 得意げな高見の顔。いつもだったらその得意げな顔になにか一言言ってやるところだったけれど、望はこのときばかりは黙っていた。心底素直に、高見のその気持ちが分かったからだ。


「けどさ、寒いよ。」


 くすり、笑いが漏れた。雪は綺麗だけど。取り囲む空気は。いつも以上に冷たく刺さる。

 見上げた望の頬に降り落ちてきた雪が当たり、すう……っと溶けて水になる。見上げれば幾多の雪が空から落ちてきていた。先ほどまでは数えられそうなくらいだったのに。

 望の髪へ頬へ肩へ、雪は降る。

 望を見つめる高見の顔にも髪にも肩にも、雪は降る。


 キラキラと金色に彩られた街並みが、白に埋め尽くされていく。


 まるで、幻想を見ているような気持ちになった。


「望、急ごうか。風邪、引いたら大変だろう?」


 つい、と取られた手がどきりとさせる。周りを気にして見渡す望に、高見は薄く微笑んだ。


「大丈夫だから。見えないよ、望。」


 さく、さく。

 歩くたびに降り積もったばかりの雪が鳴る。音が鳴るたびに、望は笑みがこぼれてしまうのを止められない。いままでに味わったことのない感覚が望を襲う。足元が柔らかくて、それでいて、ひんやりと硬くて。覚束ない足で、望は高見に連れられてホテルまで歩く。

 ホテルの中はうそのように温かくて。ぽかぽかの暖房につられて、望の頬も自然と緩んでいく。


 最初はいやだったけど、やっぱり来てよかった。


 そう思うのだ。

 ホテルの部屋から見下ろす札幌の街は白く小さな雪とともに。真下に見える大通り公園のイルミネーションがすごく綺麗に見えていた。

 窓に張り付いて外の景色を眺める望の背後。そっと高見が近づいた。

 ぎゅ、と抱き締められて、ほんの一瞬望の身体は驚きに満ちる。高見の大きな手のひらが望の身体を抱き締めた。どきりと高鳴った鼓動はけして嫌なものではなくて。どちらかといえば、くすぐったいようなそんな気持ちにさせられた。


「高見さん……。」


 抱き締める高見の腕にそっと触れ、望が小さく高見の名を呼んだ。

 想いが通じてからいったい何度その名前を口にしたのだろう、分からないほどの数口にした。だけど。


 だけど。


 このときは。望にも高見にも特別に感じていた。

 クリスマス・イヴというこの日に。

 想いを込めて名前を呼べるのだ。


 素直に。


 好きだと言えるのだ。


「望、愛しているよ……。」


 ゆっくりと囁きながら、高見の口唇がそっと望のそれに重なった。


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