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女騎士団長様の仕立て直し ~その心、私が優しく縫い合わせます~  作者: 団田図


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第34話 陽だまりの二人

 私邸「氷の鳥籠」に戻ると、午後の日差しがサンルームいっぱいに降り注いでいた。

 歩き疲れたクラリスは、ソファに座るなり船を漕ぎ始めた。


「少し、お昼寝なさいますか?」

「……うむ。……だが、ベラもここにいろ」

「はい。逃げませんよ」


 ベラはソファにクラリスを寝かせ、その上からパッチワークのひざ掛けをかけた。

 これは、ベラが騎士たちの服を直した時に出た端切れを集めて作ったものだ。

 色とりどりの布が繋ぎ合わされたその布は、かつてバラバラだったクラリスの心を象徴しているようで、しかし今は一枚の温かい布として彼女を守っている。


 クラリスはすぐに寝息を立て始めた。

 ベラはその傍らの椅子に座り、裁縫箱を開いた。

 手にしたのは、かつてクラリスが「支給品」だと言って強引にプレゼントしてくれた、持ち手が猫の肉球の形をしたリッパーだ。


 ベラは柔らかい布で、その肉球部分を丁寧に磨いた。

 窓の外では小鳥がさえずり、部屋の中にはクラリスの穏やかな寝息と、二人で選んだ時計の音だけが響く。

 かつて、この屋敷は冷たい「鳥籠」だった。

 主は孤独に震え、心はほつれ、傷だらけだった。


(……でも、もう大丈夫)


 ベラは眠るクラリスの横顔を見つめた。

 無防備で、幸せそうで、あどけない寝顔。

 その胸の鼓動は、もう寂しさで凍りつくことはない。


(女騎士団長様の仕立て直し、完了です。……その心、私が優しく縫い合わせましたから)


 ベラは満足げに微笑み、リッパーを裁縫箱にしまった。

 これからは、解くためではなく、二人の未来を紡ぐために、この道具を使っていくのだ。


+++


 それから一時間ほどして。

 紅茶の良い香りが、クラリスの鼻をくすぐった。


「……ん……」


 ゆっくりと瞼を開ける。

 夕暮れ時の黄金色の光の中で、ベラが本を読んでいた。

 その静謐で美しい横顔に見とれ、クラリスは体を起こすと、音もなくベラに近づき――その膝の上に、ころんと頭を乗せた。


「……あら。おはようございます、お姫様」

「……ん」


 ベラは本を置き、自然な動作でクラリスの髪を撫でた。

 指先が頭皮を優しく刺激する。

 クラリスはベラの太ももの感触と、体温に包まれ、至福の吐息を漏らした。


「……ベラ」

「はい」

「……大好きだ」


 まっすぐな、飾らない言葉。


「世界で一番、愛してる」


 クラリスはベラの手を取り、自分の頬に押し当てた。

 薬指の銀の指ぬきが、ベラの手のひらに当たる。

 ベラは胸がいっぱいになり、言葉が詰まった。

 ただ、溢れんばかりの愛しさを込めて、クラリスの額に口づけを落とした。


「……はい。私もお慕いしております、私の団長様」


+++


 夜の帳が下りる頃。

 寝室は、間接照明だけの薄暗い明かりに包まれていた。

 入浴を済ませ、シルクのネグリジェに着替えたクラリスは、ベッドの中でそわそわしていた。


 ガチャリ。

 扉が開き、同じくナイトウェアに着替えたベラが入ってくる。

 ベラはベッドサイドのランプを少し絞り、クラリスの隣に入り込んだ。


「……ベラ」

「はい」


 ベラはクラリスの方を向き、その体を優しく抱き寄せた。

 石鹸と、日向の匂いがふわりと香る。

 クラリスの心臓が、ドクンドクンと早鐘を打つ。


「……今日は、どうだった?」


 クラリスが期待に潤んだ瞳で見上げてくる。

 ベラはくすりと笑い、クラリスの頬にかかった銀髪を耳にかけた。


「ええ。とっても……とっても『いい子』でしたよ」

「……ほんとか?」

「はい。ワガママも言わず、私の手を離さず……最高に可愛らしい『いい子』でした」


 ベラは上から覆いかぶさるようにして、顔を近づけた。

 互いの吐息がかかる距離。

 クラリスがギュッと目を閉じ、唇を震わせる。


「……ご褒美を、差し上げないといけませんね」


 ベラの指が、クラリスの唇をなぞる。

 そして、慈愛と熱情を込めて、一番大切なその名を呼んだ。


「愛しています……クラリス」


 その瞬間、クラリスの目から涙が一粒こぼれ落ちた。

 ずっと欲しかった言葉。ずっと呼んでほしかった名前。

 それが今、一番好きな人の声で、鼓膜を震わせている。


「……ベラ……ッ!」


 クラリスが腕を伸ばし、ベラの首に抱きついた。

 それに応えるように、ベラは深く、甘く、口づけを落とした。

 おでこではない。今度は、唇に。


 触れ合う唇。混じり合う吐息。

 銀の指ぬきが嵌った左手が、ベラの背中を強く掴む。ベラの手が、クラリスの熱い肌を愛おしむように撫でる。

 言葉はいらなかった。

 ただ、互いの体温と鼓動だけが、二人の愛を確かめ合う言葉だった。


 ふわりと、シーツが二人を覆い隠す。

 窓の外では、春の月が優しく二人を見守っていた。

 氷の鳥籠はもうない。

 そこにあるのは、永遠に解けることのない、温かな春の陽だまりだけだった。


第1章 完




ここまでお読みいただきありがとうございました。

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