第5話
*2011年1月29日・下部にやえ様が描いてくださったイラストを追加掲載いたしました。らぶいです♪
隣に座ったデカリボンは、俺から無断でとった唐揚げを食い始めた。
フォークを握り締める拳よりでかい唐揚げを無理やり口に入れ、咀嚼する姿は小動物そのものだ。
丸く膨らんだ頬は、まるで木の実を詰め込んだリスみたいだった。
もごもごと口を動かすと小さな顔が上下に動き、頭部のデカリボンとねじりパンみたいな縦ロールの髪がそれに合わせて揺れていた。
ゆらゆら、もごもご、ゆさゆさ。
ゆさゆさ、もごもご、ゆらゆら。
「……っ」
いまだかつて目にしたことの無い珍妙極まりない生き物から、俺は目が離せなくなってしまった。
これって、あれか?
怖いもの見たさっていうのは、こうゆうことなのかっ!?
一個の唐揚げを食うのに数分かかっていたデカリボンは、俺のトレーからグラスをとって飲み干した。
「ぷはは~! 美味しかったぁ。母様の唐揚げの百倍美味しい!」
両手でグラスを持ち、俺を見上げてにこにこと笑って言った。
おい。
お前、俺の水を全部飲みやがったな!?
「びちょぼろもさもじゃさん。はい、交換ね!」
びちょぼろもさもじゃ。
セレスティスだって言ったの、もしかしてもう忘れたのか?
びちょぼろもさもじゃ……難解な呪文みてぇだな。
変なとこで感心してしまった俺の前で。
デカリボンは意外に機敏な動作で自分のトレーと、俺のそれを入れ替えた。
「?」
「はい。びちょぼろもじゃさんは、こっち」
つまり。
一個じゃなくて、トレーごと……全取り替えってことか!?
「……てめぇ」
なんだ?
なんなんだよ、このちんまい雌竜は。
「びちょぼろもじゃさんは、お城で働いてるんでしょ? 私は1週間しか帝都にいないから、この唐揚げ定食は私優先ね!」
優先。
優先?
「…な……なんだとぉっ」
ふざけんな、この珍妙生物!
何時だって、お前等は優先されてんじゃねぇかっ。
俺はお前等の為に……‘普通の竜族の未来‘の為に、触りたくも無い女の相手をさせられてんだ。
成竜になって三年間、えげつない人体実験に強制参加させられてんだぜ!?
本当だったら、ここにいる普通の竜族はこの場で全員俺に土下座して感謝すべきなんだ。
俺は、お前等が未来に進むための踏み台。
陛下の言う竜族の未来に、俺は入れない。
俺は暢気に暮らしている貴様等の、【普通の竜族】の生贄なんだ。
飯くらい、好きに食わせろ。
この唐揚げ、俺の大好物なんだよ。
いいじゃないか。
それくらい、許されたっていいじゃないか。
「この唐揚げ定食は俺のだ。絶対に、取り替えない。てめぇはその鯰定食を食ってろっ!」
竜騎士に、しかも先祖返りの特殊個体に生まれた俺には‘自由‘なんてないんだからよ。
飯くらい、自由に食わせてくれよ。
あ。
俺、変だ。
なんか、変じゃねえか?
なんだってこんなくだらねぇことでむきになって、こんな嫌な気分になんなきゃなんねぇんだ?
この雌を相手にすると、俺はいつもの俺でいられなくなる。
いつもみたいに、諦められなくなる。
唐揚げすら、諦められない。
とっくに無くなってたはずの執着心がどこからか湧き上がり、溢れ出す。
溢れ出す。
「え~、取り替えてくれないの!? ドけちっ! じゃあ、もう一個だけちょうだいっ」
デカリボンが、俺に向かって口を開けた。
「はい、あ~ん!」
白い歯と、淡い色をした舌が見えた。
「……っ!」
頭の中で。
何かが弾けて、光が満ちた。
焼け付く様な。
痛みと共に。
何かが。
俺に触れた。
触れたそれは。
柔らかで。
温かかった。
「あ……お……れ?」
気づいた時には、食堂中の視線が俺に注がれていた。
静まり返った空間にあるのは、俺の声だけ。
「お……俺」
俺、何したんだ?
有り得ない、嘘だ。
こんな……嘘だ。
この珍妙生物に。
俺の好物の唐揚げを食わせてしまった。
絶対に取り替えないと言った、この口で。
口移しで。
唐揚げを。
「むごご……いきなりなんて事するのよっ! 唐揚げが咽喉に詰まっちゃいそうだったわよ!? それにお口のキスは<つがい>としかしちゃいけないのよっ!?」
=唇って、やわらかいんだな。初めての感触だ……ふわふわしてた。
何を考えてるんだ、俺?
「問題無い。俺が、お前の<つがい>になる」
な……何言ってんだよ、俺!?
黙れ俺の口!
「……へ?」
=眼、琥珀色だな。スキッテルの持ってた宝石みたいだ……こんな綺麗な目玉が、この世にあるんなんて知らなかった。
綺麗?
この飴玉みたいな眼がか!?
俺は薬のやり過ぎで、とうとう脳が溶けちまったのか?
戻って来い、俺の脳みそ!
こんな時こそ役に立て、俺の再生能力~っ!!
=見つけた……俺の……。
俺の頭よ、これ以上はやめてくれ!
んなの、あり得ないっ!!
俺の意に反して、手が動き。
テーブルの上にあった唐揚げてんこ盛の皿を、両手で差し出していた。
やめろ、やめろって!
俺の大事な唐揚げをどうする気だ、俺よ!?
「これ、全部やるから」
なんだってぇえええ!?
もうやめてくれよ、止まってくれ。
言うな、言ったら駄目だっ俺の口っ!
「俺の子を、産んでくれ」
ひぃっ!?
ぎゃぁああああああああ!
最悪だぁあああ!!
「なっ……!? 唐揚げで求婚!? ……馬鹿にしてるの? 最低っ、あんたの赤ちゃんなんか産まない! お断りよっ!」
デカリボンは右手を握って、精一杯背伸びをして俺の頬をぽこんと押した。
多分、本人としては殴ったつもりなのだろう。
ん?
おい、俺よ!
なんでわざわざ、デカリボンの手が俺の顔に届くように屈んでやってまで押され……じゃなく、殴られてんだよ!?
「なんで断るんだっ!? さっきはあんなに、唐揚げを欲しがってたじゃねぇか!」
=顔に触れてもらって……触れられて、嬉しい。
とか、思ってんじゃねぇ!
しっかりしろ俺の脳~!!
「あのね、私は王子様と結婚してお姫様になる予定なの! あんたなんか、旦那様にしてあげないもんっ!!」
「……お、王子様!?」
なんだそりゃ。
何を言ってるんだ、このデカリボンは!
「あ! もしかしてびちょぼろもじゃさんは、王子様を見たことがないんでしょう!?」
デカリボンは足元に置いてあった鞄……もこもこした生地にカラフルなビーズが縫いつけられて、兎の形をしているこれまた珍妙なデザインの鞄をごそごそと漁り出した。
兎の背部分から取り出した本を両手で掲げるように持ち、俺に突き出した。
俺を見上げるデカリボンの琥珀の眼が、窓からの日差しの所為かさっきより輝いているように見えた。
「はい、これよ?」
「こ……これ?」
本は、ぺらぺらの絵本だった。
表紙には少女趣味な絵。
長く所有しているのか、かなりくたびれた感のある絵本だった。
「良~く見てっ! これが私の理想の‘王子様‘よ!」
見た。
俺は見てしまった。
白い馬に乗ったおかっぱ頭の王子が、薔薇を背負って微笑んでいるのを。
「……うっ!?」
「うふふっ、素敵でしょ?」
俺は見てしまったのだ。
デカリボン……ミルミラの理想の王子様とやらは。
白いタイツに、かぼちゃのパンツをはいていた。
~唐揚げから始まる愛(^^)~
*イラストの著作権はイラストの作者様であるやえ様にあります。