表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

第10話

「誰?」


 再度、言われた。


 竜帝さえも簡単に殺しちまうらしい<監視者>の塔のそばで。

 俺はちんまい雌竜に殺されかけていた。


「誰って……っぐ!!」


 その破壊力は凄まじく。

 無駄に頑丈な俺の心臓が、数秒止まったような気がした。

 こいつなら、言葉だけで俺を殺せるんじゃないか!?


「おおおおお前! ふっ、ふざけてんのかっ!? そのでかい目玉は飾りもんかよ!? 良く見ろっ!」

「今、ご本読んでるの。私はご本を見るの」


 ミルミラは膝に置いた本の表紙を、小さな手でぽんぽんと叩いた。


「開いてねぇえんだから、読んでねぇだろうがっ!」


 ミルミラの蜂蜜色の目は、古びた絵本から離れない。

 顔を上げようともしない。


「いっぱい読んだから、覚えてるの。だから頭の中で読んでるの」


 このクソチビめ。

 ちゃんと俺を見ろってんだ!

 俺はお前の好きな王子様っぽくなったはずなんだ。


「ミルミラ」


 見ろ。

 見てくれ。


 俺を、見てくれよ。


「……ミルミラ。俺を見てくれ」


 俺はデカリボンの正面に膝をついた。


「頼むから、俺を見てくれよ」


 両手を地面につき、屈んで視線をあわせた。

 ミルミラの柔らかな髪が風に揺れ、下から覗き込むようにした俺の頬を撫でた。


「頼むっ……!」


 言いながら、ふと気づいた。


 おい。

 俺よ。

 かなり土下座っぽくねえか、この姿勢は?


「あ……きれい」


 小さな手が、俺にのばされた。

 肩の上でばっさり切られた髪に、その指先が触れた。

 俺の髪が気に入ったのか、ミルミラは両手を使って撫で始めた。

 小さな手はふわりとして、あったかい。

 それはとんでもなく気持ちが良くて。

 俺は目を閉じ、その感触を味わった。


「あなた、きれいな髪の毛ね。きらきらの銀色で……うわぁ~、さらさらでつるつる!」


  風がミルミラの髪に飾られた花をやんわりと揺らす。

 馬の蹄に似た形のユニの葉の透き間から注ぐ陽が、俺より白いミルミラの肌を彩って……。

 ずっと、こうして見ていたい気分だ。

 ずっと、こうしていたい気分だ。


「……ミルミラ」


 ああ、俺。

 間違ってなんかない。


 こいつが、好きだ。


 好きだ。

 好きだ。


 眼を開け、ミルミラを見た。

 今は目の前にこいつがいるんだ。

 もったいなくて、閉じてらんねぇな。


「あ、空色のお目々。ん~? あれぇ?」


 デカリボンの手が、俺の顔に触れた。

 顔を寄せ、くんくんと俺の匂いを嗅いで……ほんと、小動物みたいな生き物だ。


「あら、この匂い……」


 ミルミラはにこっと微笑み、立ち上がった。

 絵本を右腕で胸に抱き、左手でワンピースの裾をはらいながら言った。


「びちゃもじゃぼろさんだったのね! こんにちは」


 びちゃ……って、おい!

 びちゃってねぇし、髪は整えたばっかだし、服は新しいんだぞ!?


「だ~か~ら! 俺はセレスティスだって言っただろうがっ!」


 言いながら。

 俺は顔が緩んでいるという自覚があった。


「むむ~ん、セセレレレテ……難しいし、言いにくいよ」


 匂いって、こいつは言った。

 俺の匂いを、こいつは覚えていた。


「……じゃあ、セレでいい」

「せれ? セレなら簡単ね!」


 それはつまり。


「え~っと、じゃあご挨拶をやり直すことにするわ! こんにちは、セレ」

「おう」


 俺をちゃんと認識してるってことだ。

 雄として。


「おう? ダメよ、それじゃ。ご挨拶したらご挨拶しなきゃダメなのよ?」


 ぷくっと膨らんだ頬を思わず人差し指でつつきそうになり、左手の人差し指を自分の右手でぎゅっと握った。


「? うふふっ、変なかっこう! さあ、ちゃんとこんにちはって言ってね」


 確かに変だな。

 両膝を地面に着いたままミルミラを見上げ、片手はその顔面へと真っ直ぐに伸び……もう片方の手で頬を狙っている人差し指を握りこんでるなんてな。


 そんな俺を見て、ミルミラが笑った。

 蜂蜜色の瞳にうつる間抜けな姿の俺。


「ミ、ミルミラ……こ、ここ・こんにちはっ」


 間抜けなのは格好だけじゃなく、声まで間抜けだった。

 そんな俺にミルミラは変わらぬ笑顔のまま答えてくれた。


「うん、こんにちは!」


 挨拶か。

 なんか照れくさいな。

 でも、悪くない。

 こんにちは……か。

 今度は言われる前に言おう。


 ん?

 おい、俺よ!

 なに和んでるんだ!?

 言わなきゃいけないのは、挨拶だけじゃないだろうがっ!


 言え。

 言うんだ、俺よ!

 ミルミラを探してたのは、この為だろうがっ!!


「おい、ミルミラ。好きなだけ菓子を食わせてやるから、デデデー……いいいっい……一緒に街に行こうぜ!」

「ほえ? 街?」


 言えた。

 俺はちゃんと言えたぜ、カッコンツェル!

 ま、ちょっと省いた単語もあるけどよ。

 それはまた日を改めてってことで勘弁してくれ。


「やっ……お菓子、いらないもの。だから街には行かない」


 心の中でカッツェに一方通行な報告をしていた俺から顔をそむけ、ミルミラはつぶやくように言った。

 らしくない、小さな声だった。

 ミルミラからはさっきまでの笑顔が消え、蜂蜜色の目はぎゅっと合わさったまぶたに隠されてしまう。。

 力が入りすぎて、目元と鼻筋にしわが現れた。


「は?」


 これは、拒絶?

 断られたのか、俺は。


「私、行かない。街には行きたくない」

「行かないって、お前……」


 おい。

 それは俺の想定外の返事だぞ!?

 断られることを考えてなかった俺は、おめでたいを通り越して……う、考えるはのやめよう。

 

「なんでだ? 帝都の街は店もいっぱいあって、賑やかで面白いぜ?」


 街が……人混みとかが嫌いなんだろうか。


「……お姫様はお城にいなきゃなのよ? セレは知らないの?」


 両腕でぎゅっと絵本を抱き、前かがみになりながらミルミラは言った。


「お姫様をさらう悪い魔法使いがいるから、私はお城にいたほうがいいの」

「は? なんだそりゃ!?」


 悪い魔法使いだって?

 魔法使いなんてそんなもん、空想の……御伽噺に出るような存在だ。

 実際にはいねぇし。

 まぁ、魔女はいるけどよ。


「この絵本にも悪い魔法使いが出てくるの。悪い魔法使いはとっても怖くて、強いの」


 また絵本かよっ。


「陛下も言ってたもん。外には悪い魔法使いがいて危ないから、ずっとお城に住んでいいって言ったもん!」

「陛下が? そんなのばばあの作り……っ」


 作り話。

 そう言いかけて、言葉をのんだ。

 ミルミラは、この古い絵本を俺から見てもとても大事にしている。

 だから作り話なんてことは、こいつに言うべきじゃない。

 それに。

 あのクソババアまでが『悪い魔法使い』だって!?


「ばば……陛下がそう言ったんだな? 外には悪い魔法使いがいるから、城に住めって言ったんだな?」

「うん」


 落ち着け、俺。

 考えろ、俺。

 クソババア陛下はなんでこいつに……?


「……そうか。わかった」


 立ち上がりかけた腰を地面に戻し、俺はその場に胡坐をかいて座った。

 街に行きたくないこいつを、無理に連れて行くことはしたくない。

 そばに居られれば。

 城だってどこだっていいんだしな。


「カッツェの……四花亭の菓子、食い放題だったんだけどな。街はやめ……」

「四花亭!? うそうそっ、きゃぁあああ~!!」


 ミルミラの弾んだ声が、俺の口を強制的に封じ込めた。


「行く!」


 俺を見る飴玉みたいな目は眩しいほどに、きらきらしていた。


「…………行くって、おい」


 てめぇ……今、行かないって言ったばっかじゃね?

 悪い魔法使いがいるから行かないって言ってたじゃねぇかっ!


「四花亭のお菓子って大人気でなかなか食べれないって、食堂のお姉様が言ってたの! 帝都で一番人気のお店だって、食堂にある雑誌にも書いてあったもん! わぁい、四花亭だぁ~!」

「そ、そっか……じゃあ、俺と菓子食いに行くか」


 のろのろと立ち上がった俺を見上げるミルミラの頬が、興奮したためかほんのり染まっていて。

 とんでもなく可愛くて。

 なんかもう、いろいろどうでもよくなってしまった。

 こいつがこうやって笑ってくれるなら、それだけで……。


「うん! 四花亭のお菓子、食べに行く!」

「菓子っつーか、え~っとだな、俺的にはデー……ま、いっか」


 なぁ、カッコンツェル。

 王子様っぽくなったはずなのに。

 カッツェの菓子に、俺は負けたちまったぜ?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ