第11話
俺はカッツェの菓子に負けた。
王子様<菓子。
いや、正しくは。
王子様っぽいかも?な俺<カッコンツェルの菓子。
「…………」
考え込む俺にミルミラが右手を差し出してきた。
意味が分からず、訊いてみた。
「なんだ、この手は?」
栗色の長い睫毛に縁取られた蜂蜜色の瞳に映る俺の顔は、眉が少々下がっていた。
絵本の王子様とは程遠い面だと感じた。
そんな俺の左手をミルミラは、差し出してきた手でぎゅっと握った。
「っ!?」
握られたのは手なのに、反応したのは心臓だった。
俺の手を握ってる小さな手の体温が一気に脳まで到達してしまったのか、耳の先まで……全身が熱くなってしまった。
「お、おい! えっと、これはっ」
自分の身体の反応に焦る俺に、きょとんとした顔でミルミラは答えた。
「お出かけするときは手を繋ぐのよ? だって、迷子になったら困るでしょう?」
「ま、迷子!?」
「だって……私、帝都初めてだから。それに……ちょっと怖いんだもの」
怖い……くそばばあ陛下の所為だな。
ばばあが悪い魔法使いがいるなんて言ったからだ。
「ミルミラ。悪い魔法使いが来たって、大丈夫だ。俺は強いから」
「悪い魔法使いよりも?」
大きな瞳が、不安げに揺らいでいた。
「あぁ、強い」
嫌になるくらいに、強い。
「俺、帝都で2番目に強いんだ。1番はくそば……竜帝陛下。俺はその次」
「陛下の次? それって、セレはすんご~っく強いってこと!?」
「ああ、そうだ。悪い魔法使いが現れたらやっつけてやるから安心しろ」
でも。
今は強い俺で良かったと。
「お前はこの俺が、全力で……命をかけて守るから」
身をかがめ、俺の手を握っていた小さな手を額に押し抱くようにして。
「俺が。セレスティスがミルミラを守る」
目を閉じ。
その温もりに誓った。
「セレ……」
俺がこう生まれたのは必然だったと。
そう、思える。
もしお前が俺ではなく他の雄を選んでも。
俺には、お前だけだ。
他はいらない。
「カッツェの……四花亭の菓子、本当にすっげぇうまいんだぜ? 奢ってやるから好きなだけ腹いっぱい食え」
「うん!」
ミルミラが元気良くうなずくと、栗色の髪に飾られたピンク色の花が揺れ。
菫色のワンピースの裾が、春の訪れを感じさせる強い風をうけてふわりと舞った。
風はまだ冷たいけれど、芽吹きの香りをその中にはらんでいた。
春は、すぐそこにきている。
俺はあたたかくて小さな手を、しっかりと握り返して言った。
「行こう、ミルミラ」
蔓に覆われた監視者の塔の影が……大蛇のように長く伸びた影が俺達を覆いつくす前に、街へ向かった。
ゆっくりと、歩いた。
竜族にしては小さなミルミラの歩調にあわせ、ゆっくりと。
城がある小島と街を繋ぐ橋を歩いていると、数人の城勤めの竜族とすれ違った。
やつらは俺とミルミラの繋いだ手を見ると、皆がにこやかな笑みを浮かべた。
微笑ましいものを見るような……そんな視線だった。
変な感じだ。
なんというか……むずがゆい。
あいつ等、室長同様俺だと分かってないのかもしれない。
もじゃ毛のガルデウッド。
てめぇの腕はすげぇよ、さすがあのカッコンツェルが選んだ職人だ。
ま、肝心のミルミラには通用しなかったけどな。
「ねぇ、セレはなんで強いの?」
もう数歩で橋を渡り切るという時。
ミルミラが俺に訊いてきた。
「なんでって……俺は竜騎士なんだ。だから俺は強い。ミルミラを守ってやれる」
そうだった。
こいつは俺が何者か知らないんだ。
俺は城での暮らしが長い分、ある意味有名人だ……もちろん悪い意味で。
幼生の頃は親元で暮らしていた。
でも、幼竜になると普通の竜族だった両親の手に余るようになった。
毎日同じような説教ばかりの母親がうざったくて、俺の腕を掴む母親の手を軽く振り払った時だった。
「竜騎士~? うそぉ、だって刀持ってないし……食堂でも持ってなかったでしょ!? お洋服も違う……私が見た竜騎士のおじ様は、青いお洋服におっきな刀を持ってたもの」
耳障りな鈍い音がして、母さんが床に転がっていた。
声をかけても返事をしてくれなかった。
俺は母さんが返事をしてくれるのを、側で突っ立って待っていた。
説教の途中で逃げると、後で何倍にもなってかえって面倒臭いと知ってたからだ。
だから、母さんが起きて説教の続きをするのを待っていた。
しばらくすると親父が仕事から帰って来た。
俺にはよく分からないことを喚きながら、母さんを抱きかかえてどこかへ連れて行った。
俺は突っ立ってそれを見ていた。
「青いのは制服だ。おっきい刀? ……あぁ、団長のことか」
突っ立っててもしょうがないので、俺は母親が汚した床を……赤く染まったそこだけじゃなく、家の中全部を掃除しすることにした。
綺麗好きな母親が、帰って来たら喜んでくれるように。
きっと、褒めてくれると思った。
怒られるのは、もう嫌だった。
「あのおじ様、団長さんなの?」
「そうだ。あのおっさんは俺より弱いが、一応俺の上司だ」
両親は夜になっても帰って来なかった。
代わりにばばあ陛下が家に来た。
ばばあは何も言わず、俺を肩に担いだ。
俺は初めて見た真っ青な髪と宝石みたいな爪に見蕩れた。
担がれたままぼけっとそれを見ていた俺は、そのまま城へ連れていかれた。
俺は城で暮らすことになった。
癇癪をおこすと手当たり次第城内のモノを壊し、いさめようとする大人達をぶちのめした。
そのたび、陛下にぼこられた。
成竜になった今も俺は城の規則を無視しまくってるし、皆と仲良しこよしする気なんて頭の中にミジンコ程も存在しない。
「セレ、ほんとに竜騎士なのね! あのね、食堂でご飯食べてた綺麗なお姉さん達が、結婚するなら竜騎士の人が良いってお喋りしてたのよ!? あのお姉さん達、セレのお嫁さんになりたいんじゃない?」
「それ、俺のことじゃねぇよ」
協調性の欠落した、戦う事しか能がない自分勝手な乱暴者。
竜騎士団の面汚しでお荷物。
それが城にいる連中の、俺への評価だ。
「だって、俺は……」
今まで全く気にしてなかったけど。
ミルミラとの事を考えると……このままじゃまずいかもな。
俺は何言われたってかまわない。
でも、ミルミラがつがいになってくれるんだったら……俺のことでミルミラが嫌な思いをするなんて駄目だ。
俺はミルミラのつがいになりたい、こいつの夫になりたい。
今のままの俺じゃ……このままじゃ駄目だってことくらい、俺にも分かる。
「ふ~ん……セレは足速い?」
「あ?」
会話の繋がりを無視したミルミラの言葉に、俺は思考を中断した。
「ねぇ。足、速い!?」
足を止め、俺を見上げる顔は真剣そのものだった。
「……食堂で私に求婚したでしょう?」
「した。俺はお前に求婚したぞ! ……ん? 足?」
数秒考えても、足の速さと求婚。
これがどう繋がるのか見出せず、訊いてみた。
「まさか……お前にとって王子様ってだけじゃなく、足が速いってのがつがい選びの重要ポイントなのか!?」
求婚したのをちゃんと覚えていたんだってことも、驚きだ。
あの後、こいつなりに俺とのことを考えてくれてたんだろうか?
足の速さなら、俺は王子の白馬に勝てる!
王子様には王子度で負けても、俺は馬には勝ってるぞっ!!
「ううん、違うの。だって、悪い魔法使いをやっつけるなんて言うから……だから……だから……」
なんだ。
違うのか。
「竜騎士でとっても強くても、悪い魔法使いと喧嘩したら怪我しちゃうかもでしょう?」
怪我。
俺が?
怪我なんて竜騎士やってりゃ日常茶飯事だ。
それに我は特殊個体で再生能力値が異常に高い。
そんな俺に怪我がどうこうなんて、無意味なこと……。
「私、やだ」
「何が?」
「セレが怪我したら、嫌なの。だから、悪い魔法使いがいたら走って逃げよう? もしセレが走るの遅いなら、私がこうやってひっぱってあげるわ!」
「ミルミラ……」
俺の手を両手でしっかりと握り、前へとひく力は小柄な身体のわりに意外と強かった。
「そうだな。それもありだよな」
空を見上げながら答えた。
澄んだ青に浮かぶ白い雲が、ゆっくりと流れていた。
最近、無意識に空を見るのがクセになっちまってた俺だけど。
今はちゃんと意識して顔を上げ、空へと目玉を動かした。
目玉の裏が、熱くて痛くて。
どうしていいか分からなかったから。
「どうしたの? お目々ぱちぱちして……ごみが入っちゃったの? 大丈夫?」
俺を気遣う声が、その焼けるような痛みを増す。
その痛みは、心地よく俺の心を満たして……癒す。
「ああ、大丈夫だ……」
繋いだ手が。
このまま溶けて、混じり合ってしまえばいいと願いながら。
「よし。悪い魔法使いが現れたら、2人で逃げよう。安心しろ、俺は馬より速く走る自信がある」
「うん! 2人で逃げようね!」
ミルミラがいてくれたら。
俺は変われる。
<先祖返りの化け物>の俺だけど。
生きてるのが面倒で、死んじまいたかった俺は生きたいと考えるようになり。
ミルミラとの未来を願うようになった俺だから。
「ミルミラ。俺、決めた」
「なぁに?」
言いながらゆっくりと歩いた。
さっきより、さらに。
ミルミラの歩調にあわせたからじゃなく。
俺がそうしたかったから。
手を繋ぎ、2人で歩くこの<時>が。
もっと長いものであって欲しかったから。
「これから毎日お前に会いに行って、毎日求婚する」
「ええ~!?」
他の雄が入り込む余地などないように。
そのでっかい目玉を、俺でいっぱいに。
「覚悟しとけよ? 俺のお姫様」
この瞬間を。
永遠にしてみせる。




