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第9話

 城に着くと早足で中央の回廊を抜け、目的の場所へ向かった。

 とりあえず、食堂だ。

 親の仕事の都合で城に滞在してるみたいだったから、今日も食堂で飯を食ってる可能性大だ。

 昼飯の時間はとうに過ぎたが、ミルミラは食う速度が遅かった。

 まだ食ってるかもしんねぇし……よし、近道しちまおう。


「……あっちの道、通るか」


 俺は資料室の扉を開け、天井まで届くほど大きな棚に脚立を使い、忙しそうに書類を出し入れしている管理官達の脇を通り抜けた。

 そいつらは皆動きを止め俺を見たが、誰一人何も言ってこない。

 この城で俺に直接文句を言える奴は少ないからな。

 城勤めの竜族は、俺のコトを知ってる。

 俺、城じゃ有名人だってステイラが言ってた。

 悪い意味で有名らしいが、知ったこっちゃねぇし。

 口だけじゃなく手足のお行儀も性格も悪いとか……けっ、俺の性格が悪かろうとてめえらに文句言う権利なんかねぇんだよ。

 お前等こそ、俺様に這いつくばって礼を言うべきなんだ。

 

 資料室の一番奥にある窓から外に出て中庭を突っ切る。

 東門から入った場合は、それが食堂への最短ルートだ。

 このことは城で働いてるやつなら、誰だって知っている。

 知ってても、分かっていても普通(・・)の奴等は使わない。

 近道は<道>じゃねぇからな。

 使うのは俺だけだ。

 どれくらい前か忘れちまったけど。

 この近道は便利なんだから皆も使えばいいのに、皆は阿呆なんじゃないのかって団長に言ったら……頭に拳骨・腹に蹴りがきた。

 抗議した俺に「これは正当な教育的指導だ! 二度とするんじゃない」って、言いやがった。

 けっ。

 俺に命令できんのは、クソババアだけだっつーの!

 

「ちょ、ちょっとあなた! 待ちなさい、ここは関係者以外立ち入り禁止なのよ!?」

「あ? いまさらなに言ってんの? 俺、あんたが室長になる前からこの近道を使ってるんだぜ……黙認だったじゃねか」


 草色のレカサを着た室長が、俺の前に両手を広げて立ちふさがった。

 初めての事だ。 

 ユニの実みたいな艶のある茶色の髪は短くそろえられ、目鼻立ちのはっきりした顔立ちの……室長は俺の母さんとは歳が近い。


 雌が肩より髪を短くするのは、つがいに先立たれた証。

 室長のつがいは竜騎士だった。

 俺が殺した。

 陛下の命令で、俺が殺したんだ。


「!? その声、あなたまさかセレスティス……」


 あんたのつがいは、任務中に死んだんじゃない。

 俺が。

 俺が頭を落として、トラン火山に捨てたんだ。


「は? どう見たって俺だろうが! 」


 不思議だな。

 今まで特に何も思わなかったのに。

 感じなかったのに。

 

「その横柄な態度とお行儀の悪い口! あなた、確かにセレスティスだわ!」


 これ、なんだろう?

 俺、なぜだろう?

 この俺が。

 俺をまっすぐに睨みつける室長の目を、見続けることができねぇなんて。

 前髪の透き間から『世界』を見ていた俺だけど。

 今、俺の顔を覆い視線を遮っていた前髪は切られて横へと流された。


 を隠すものは。

 隠せるものは、無くなった。


「そうだ、俺だよ。……どけよ、室長」

「セレスティス。あなた、髪を切ったのね。随分、変わったわ」


 そらした視線の先……窓硝子に映る姿は、確かに朝とは少し違ってる。

 ガルデウッドは俺の髪を肩につかない長さで切り揃えた。

 前髪は想像していたより長い。


 俺の外見は少し変わった。

 だから中身も……ちょっと変わっちまったのかもしれない。

 

 ミルミラと会ってから、俺は変わって……変わっていく。

 

「そうかよ。じゃあな、室長。俺、急いでんだ」

「え? あ、あのっ……似合ってるわ、髪も服も!」


 室長が、両手をせわしなく左右に動かしながら言った。

 ……似合う?

 資料室に来る途中、すれ違う奴等からはなんかこう……いつもと違う視線を感じた。 

 変な、妙な視線だった。

 俺……もしかして、どっか変なんじゃねぇ?

 それでも似合ってるって、あんたは言うのか?

 

「‘似合う‘じゃ意味無ぇんだよ」


 カッコンツェルは大丈夫だって言ってたけど……ミルミラの絵本の王子様と、ぜんぜん違うぞ?

 本の表紙の王子様は全体的にもっとこう短くて、しかも金髪でかっぽで巻き毛だった。

 俺は本当に、王子様っぽくなれたんだろうか?


 

 




 最も混みあう時間帯が過ぎ去った食堂は、飯を食う奴等より厨房で仕込みや片付けをする職員の数の方が多かった。


「……いねぇな」


 入り口で室内を見回すが、あの珍妙生物の姿は無い。

 よく考えりゃ、当然か。

 俺は城でずっと暮らしてきたから飯食うっていえば此処だけど、ミルミラは違う。

 城の外に食いに行くことだって……。


「あんた、まさかセレスティス!?」


 食堂に背を向けた俺を、何かが摘んだ。

 服を摘んでいるそれをはらって振り向くと、柄の長いトングを右手に持ったステイラが立っていた。


「なにすんだ、おばさん! てか、まさかってなんだよ?」

「うわっ……まぁ、不細工だとは思ってなかったけど。髪型と服でここまで変わるなんて……これは詐欺ね」


 ステイラはトングで俺の腹をつついた。

 その顔には、何故か苦笑が浮かんでいた。

 俺にはその表情の理由も、言葉の意味も解らない。

 どこが詐欺だってんだ?


「はぁ? 詐欺ってどういう意味だよ!?」

「一応、ほめたんだけどね」


 ステイラは此処が職場だ。

 あいつを見てるかもしれない。


「どこがだ! なぁ、ミルミラ……こないだ俺の唐揚げ食ったちびの雌竜、今日もここに飯食いに来てたか?」


 ミルミラは初めて城に来たって言ってた。

 それは、はっきり言って異常(・・)なことだった。

 竜族は個体数が減少する一方だ。

 だからババア陛下は青の大陸に住む竜族の個体全てを把握し、気にかけている。

 特に幼竜は帝都で一定の教育を受けなければ、帝都から……『外の世界』へ出されることは無い。

 帝都で大切に護られ、保護されて育つ。

 だが、あいつは幼竜の時も城内にある学習院に通わず……親と一緒に帝都外で生活してたってことだ。

 学習院で教育を受けていない……つまり、義務教育を受けさせなかったってことだ。

 あの教育熱心な鬼ババア陛下が、それを許してたった訳だ。


 成竜なのに『求婚』への反応が妙だったミルミラ。

 あいつは、一体……。


 ま、いいけどな。

 あいつがなんだろうと、俺はかまわない。

 

「ミルミラ? あんたをふった女の子のこと?」

「なっ!?」


 ふった。

 ふったぁあああ~!?


「おい、おばさん。てめぇ、あの時のコトは今すぐ忘れろっ! 忘れねぇなら、この頭潰すぞっ!?」


 ステイラの頭を鷲掴みにして言った俺に。

 

「ふ~ん。おばさんねぇ……あ、そう。お姉さんはあの子の居場所を知ってるけど、おばさん(・・・・)は知らないんだけどなぁ~」


 余裕ぶっこいた声で、ステイラは言った。


「……わかくてきれいなステイラおねえさん。教えてくれ」

「あんたねぇ~前半棒読み! ま、求婚する相手が見つかったってのはとってもめでたいことだしね……1回ふられてるにしろ」

「ふられてねぇっ! あれは……ちょっと失敗しちまっただけだ!」


 ステイラはトングで、自分の頭を掴んでる俺の手をガンガンと叩いた。


「ほら、いい加減離しなさい。からかって悪かったよ……そんな顔するんじゃないの、私がいじめたみたいじゃないか」


 頭から手を離した俺の顔を見て、ステイラは眉を寄せた。


「ふられたなんて言って、ごめん。お姫様みたいなあの子なら、<監視者>の塔の近くに居たよ? 塔の下に生えてるハーブを摘みに行ったら、ユニの木陰で本を読んで……って、まだ話の途中……ちょっと、セレスティス!?」


 俺はステイラの言葉を最後まで聞かず、来た道を駆け出した。

 

 




 城の隅っこにある<監視者>の塔は、この城で最も古い建物だ。

 城は数回の改修工事や施設の増設が行われて、中身は見た目以上に近代的で快適だ。

 それに比べてここは……。

 見上げると上から下まで全体が蔓に覆われていて、なにかの遺跡のようだった。


「<監視者>の、帝都での居場所か」


 まるで。

 隔離でもするかのような……。

 

「……土下座の練習は、もういいや。やめだ、やめ」


 ここは今はまだ(・・)使われていない。

 老いた<青の竜帝>が死に、白い竜がここへとやってくるその時まで……。

 そういや、<ヴェルヴァイド>に殺してもらおうって考えは今の俺には無いな。

 綺麗さっぱり消え去った。

 あの世になんて行きたくない、この世で生きたい。


 あいつの、側で。

 生きたい。


「ミルミラ……」


 いた。

 ステイラが言ってた場所に、ミルミラはまだいた。

 ミルミラがここに、俺の近くにいる。

 そう認識した途端。

 心臓の音が、脳天を激しく連打した。


 指先が震えて。

 咽喉の渇きを感じた。


「ミルミラ」


 今日はあの場違い極まりないドレスではなく、袖が提灯みたいに膨らんでいる菫色のワンピースを着ていた。

 真っ白なレースがこれでもかというほど袖口を飾って、頭にはあの異様なデカリボン……じゃなくて、俺の拳程のピンク色の花が4つ並んでいた。 

 ロールパンみたいだった髪は、ふわふわと背に流れている。

 素直に、心の底から。

 こいつは可愛いと思う、思える俺がいる。


「なあに?」


 蜂蜜色の瞳が俺を見上げた。

 でっかい目玉に、俺の姿。

 吸い寄せられるように、ミルミラへと体が傾いた。


 ミルミラはユニの大木に寄りかかるようにしてちょこんと座り、その膝の上にはあの絵本がのっていた。 

 あの絵本を読んでたのか……いや、読んでないな。

 見ていたんだ。

 本は開かれていなかった。


「ミルミラッ……俺はっ」 

「なんで私の名前知ってるの?」


 は?


「あなた、誰?」

「っ!?」


 ミルミラの言葉は、腹へ穴が開いた時以上のダメージを俺に喰らわせた。

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