発見と対立と 第八十二話
「美味でしたわ~♪」
「ソ、ソウデスネ~」
いくら商品の中で比較的安めなものを選んだとはいえ、出費に出費を重ねて薄くなっていた私の懐には結構痛手だった。なんでかな、手の中の重さを感じるたびに涙が……。
「助かりましたわココさん! おかげで私、スイーツのすばらしさに目覚めることができましたの!」
「あ、ははは。初めてのスイーツを楽しんでいただけたようで何よりですよ」
あの後、アップルパイの美味しさに目覚めたエリさんは同じものを追加で一皿。さらにいくつかのチョコスイーツや卵スイーツ等々を注文しすべて綺麗に平らげた。どれか一つでも私の財布に大打撃を与えるレベルのものを複数皿を、である。
代わりに注文を引き受けたのは自分だが、頼んだ合計金額は記憶から消し去りたい。あれはあまりにも別次元の桁数だ。
「さて、約束の一時間にはまだ少しありますわね。次はあちらに行きましょう!!」
「まだどこかに行くんですか~!?」
「当然ですわ!!」
「もう高いものは勘弁してください~!!」
私の必死の訴えも彼女の耳には届かず、私の右腕を引っ張り強引に連れていくエリさん。
約束の一時間まであと二十分とちょっと。残り少ない時間を楽しもうとエリさんは急いでくれているのかもしれない。こよみのことは心配だが、レンさんと連絡を取れる人間がエリさんしかいない以上仕方ない。
ここは逆に積極的にエリさんの用事に付き合って、時間きっかりに満足してもらおう。
「――――ん?」
今何か、屋根の上を走り去ったような……?
――――――――
――――――
――――
――
……
「とっっっっても、楽しかったですわ!!」
「 」
約束の一時間を過ぎてエリさんが満足したその頃、私は放心し燃え尽きていた。真っ白に。
あの後、私はエリさんに連れられていろんなお店を回った。幸いお金を使うことはなく見て回っただけで済んだものの、一つ一つのお店にいた時間は五分もなくパパパっと見て次! 次! 次! お金を守る代償に精神的疲労を負ったのだった。
ちゃんと満足してくれただろうかエリさんは。
「それじゃあ、次に行きますわよココさん」
「ま、待ってください! もう一時間経ちましたし、そろそろレンさんの所に」
「もう一か所だけですわ! もう一か所だけ行きましょう!? ね?」
「えぇぇぇ!?」
嫌な予感がする。これ、下手をしたら今日中にレンに会えなくなるかもしれない。
作戦変更。エリさんが満足する以外の方法を大至急考えなければ――
「!? なにっ、この風!?」
「ッ、もう接触してきましたか」
現れる突然の突風。かと思いきやすぐに風は止み、どころか周囲の物音すら聞こえなくなってしまう。
この現象……いや、この力はまさか!
「エリ様、あまり勝手をなされては困ります」
「レン!!」
目の前に突然現れた人影。その正体は私が探し求めていたレンその人だった。
よかった、これで私がここに来た目的を達成できる。そう思い彼女のもとへ駆け寄ろうとしたところ――
「……いかがなさいましたか、エリ様」
「――エリ、さん?」
レンの所へ走り寄ろうとする私を片手で抑え、エリさんは私とレンとの間に立つ。
その顔はとても自身のメイドに向ける顔ではなく、明らかに敵対心をむき出しにした戦闘態勢を取っている。スイーツを楽しみ、店回りを楽しみ、明るく笑っていたエリさんはどこにもいない。
「そのようにされてはココ様が動けません。お手をお下ろしください」
「エリさんどうしたんですか? 私レンに用事があってきたので――」
「 レン。貴女は今、誰の命令で動いているのかしら? 」
「ッ」
「え? え?」
レンは至って冷静に会話をしていたものの、エリが彼女にそう問いかけた瞬間苦虫を潰したような顔をする。
一触即発の雰囲気。事情はよく分からないが、彼女たち二人の仲がいつの間にか悪くなってしまっていたなんて。
――エリは、腰のレイピアを抜き構える――
「ちょ、エリさん!? 流石にそれは」
「黙りなさいココ、今は冗談に付き合っている余裕はないのです」
「ッ!!!!」
彼女、本気だ。本気で殺しあうことを考えて武器を構えてレンと対峙しているんだ。
「貴女、堕ちましたわね。まさか私の指示ではなく、あの女の指示に従うなどと」
「ッッ……いくら感情を抑制しようと、感覚で捉えられては意味がありませんね。その通りです。私は今、女王様の命令で動いております」
「一体、なぜなのです。なぜ私を裏切り、母様に付いたのですか!!」
「お答えできません。しかし、私が賜ったご命令はココ様を女王様のもとへご案内すること。とだけ申しておきましょう」
「私、を……」
レンさんの目的は、私をエリの母の元へ連れていくことだという。一体全体何がどうしたらこの国のトップが私みたいな一市民に興味を持ちあまつさえ会おうとするのか理解できないが、ひょっとしたらこの二人の対立は、私が女王の元を訪れれば簡単に解決できることなのかもしれない。
「女王様は、ココ様にどうしてもお会いになりたいと私目にお申し付けくださったのです。道中及びお帰りの際の安全は、私が必ず確保いたします」
「そう、なの? それなら私、別に女王に会うくらい大じょう――」
「考えが甘すぎます!! いいですか? 一国の王が市民の一人に目をつけるときは、ほぼ間違いなく市民側にとってよくないことなのです。それが私の母ともなれば目的はただ一つ、貴女を国の兵力とすること以外にないのですわ!」
「私を、兵力に?」
ないない! ……と、簡単に切り捨てられない問題なのだこれは。今まで友達から聞いてきた女王の性格や行いから、実際に本物と長い間暮らしているエリの考察が間違っていないことは少し考えれば容易に想像できることだった。
「レン、私はあなたを信じていました。しかしこうして私の前に立った以上、その意味は貴女もよく理解していますわよね」
「…………」
「(ココ、数秒後に左へ全速力。いいですわね?)」
「(え、、、)」
「貴女とは良い関係を気づいていたつもりでしたが……それは、こちらの思い上がりだったようですわね。――――!」
「ッ!! えぇい!!」
彼女の意図もレンへの目的も果たせぬまま、私は言われた通りレンから距離を取るためにひたすら左の道を突き進む。前を走るエリさんの姿を確認しつつ、後方のレンの様子を伺うため首を後ろに――
――あれ、レンの姿が消え
「はぁっ!!」
「ッ!!」
「うわっ!?」
一瞬の隙に私の左全面に瞬間移動していたレンの伸ばす腕をエリは華麗に迎撃する。私はレンの行動に対応するすべを持たないが、エリは能力により鋭敏化した感覚を用いて、相手の次の行動を先読みすることで対応したのだろう。
「行動の先読み。私の苦手とする能力ですね」
「そうでしょうね。かつて城の中で能力の優劣を競い合った際、あなたに対応することができたのはこの私だけですもの。気にせず走り続けなさい! ココ」
「ッ、了解!」
私に伸ばされていたレンの手。あれには私を導こうとする意志ははなく、罪人をとらえるような強い意志を感じた。エリさんのいうように、本当にレンは女王の側についてしまったのだろう。
……本当に、そうなのか? 私に似て自分よりも他人を優先してしまう、優しくも不器用な私の妹が。唯一の主人を裏切って敵に寝返るようなことを本当にするだろうか。
考えろ、考えろ私。レンがエリを裏切ったとして、一体その理由は何だ。レンが行動を起こすのはすべてエリのためで、裏切ったことが結果的にエリにとって良い方向に向かうとしたら?
なにか女王とエリとの間に、よくないことが起きたのは確かなはずだ。女王が私を呼んでいたということは、その問題には私も絡んでいて――
「うわっ!?」
――考え事をしていた私の足元は、いつの間にか一歩でも前に進めば真っ逆さまという場所にたどり着いていた。ここは貴族区と他の区画との間に存在する水路を見渡す、貴族区の端っこだ。




