意外と打ち解け 第八十一話
とはいえ、私が貧乏人であることは運ばれてきたスイーツにはなんの関係ない。せっかく入れた貴族区の高級スイーツを丁寧に味わうとしよう。
磨かれたフォークを手に持ち、アップルパイの三角先端部分を一口。
「ん! んまぁ……!」
パイ生地のサクサク感、中のリンゴのトロっとした舌ざわり、焼きたてでありながら熱すぎない温度調整。素材の味もさることながらこれを作った人の腕も確かなものだ。食べるお客への心遣いが行き届いている。
悔しいが、このアップルパイにならそれだけの金額を払っても文句はない。
「んん~♪」
「…………」
「ん?」
味は最高、厨房の職人の腕も確か。だというのに先程からエリの手の進みがどうも遅い。
アップルパイをこのレベルで仕上げるお店が自信をもって一番高い値段を付けたスイーツなら間違いなく絶品なはずなのに、なぜ?
「エリさん、いったいどうしたんです? 先ほどから全然進んでませんけど」
「……皆さんは、どうしてこのようなものを美味しいと感じるのでしょう」
「へ?」
小声でぼそりと、つい口から出てしまったかのように呟くエリさん。口に合わなかったのだろうか? もしくは、城で食べたスイーツよりも美味しくなかったとか?
「美味しくありませんでしたか?」
「正直、その通りですわ」
「そうですか。……あの、一口いただいても?」
「構いませんわよ?」
本人から了承を得たので、お行儀は悪いが失礼してエリさんの前のスイーツにフォークを伸ばし一口。
「っ!?」
「いかがです?」
「すっっっっぱ!?」
赤いソースの正体は、イチゴやブルーベリーのようなベリー系のソース。おそらく中のケーキと一緒に食べることで、より甘さが際立つ大人向けスイーツだったのだろう。私のような子供舌にはまだわからない類の味だこれ。
「でしょう? これを美味しいと喜んで食べる人の気持ちが理解できませんわ」
「で、ですね。……でも意外でした、エリさんならこういったスイーツも日ごろから食べなれているものかと」
「いえ、スイーツはこれが初めてですわよ?」
「ブッ!?!」
次に来るエリさんの言葉は、さすがに予測すらできなかった。エリさん、今日のこれが初スイーツなの!?
味が美味しい美味しくないじゃなくて、ただ単純にスイーツについて知らなかっただけ?!
「? どうしましたの?」
「えっ、いやだっ、えっ……本当ですか? 迷いなくここに入っていったものだからエリさん行きつけのお店だと思ってましたよ!?」
「外食も、これが初めてですわ。普段は安全を考慮して城内でしか飲食しませんの」
「(だからなんでこの人はそういうことを先に言わないの~!!?)」
スイーツも初、外食も初。理由を聞けば毒の混入などを避けるためというまっとうな理由! 一周回ってどうしてここにきてしまったのかと疑いたくなるよ!! まぁ親が評判悪い女王ならねぇ、毒殺暗殺その他もろもろの標的にもなりますよねぇ。
……なんで護衛もなく一人で出歩いてたんだこの人!!
「ならどうしてわざわざここに? お話なら別の場所でもよかったのでは?」
「あら、レンから聞かされていませんの? てっきりあの子から私の友人となるようお願いされているものと思っておりましたが」
「と、友達? いやまぁそれが今のところ一番大きな目的ですけど、それと今回のこととどういった関係が?」
「良い交友関係は自分から、ですわ。相手が来るのを待っていては良い人物との巡りあわせは期待できないのではなくて?」
「エリさん……」
真っ当! 清廉潔白で今時珍しいほどに真っ当な理由! 自分が王女であるということと行動が少しから回りしていることを除けば好印象しか残らない立派な理由だった。前二つの除外条件が厳しすぎることを除けば
。
「良い人間と友達になるコツは、自分から動くことと相手に合わせること。一緒にスイーツを食べるとより好印象である。……と、この本に書いておりましたの」
「本の知識ならしょうがない!!」
なるほど。エリさんのここまでの謎の行動はすべて本の知識をそのまま実践したからだったのか。納得、これで合点がいった。私は彼女の手の中の本を見ながら、そう思った。
……あのそれ、よい交『友』関係じゃなくて、よい交『際』関係の本なんだけど……言わない方がいいんだろうかこれ
「エリさんがここに来たかった理由はわかりました。まぁそれはそれとして今はスイーツですね。どうです? よかったら私のアップルパイと交換しませんか? そっちよりは食べやすいと思いますけど」
「いいんですの? では一口――」
「はい、どうぞ!」
「――もしよければ、あーんというものをお願いしてもよろしいかしら。この本によれば、互いに食べさせあうことは何よりの親愛の証であると」
「大丈夫ですよ? では恐れ多くもこの私目が、王女様にあ~んをさせていただきます!」
「ふふっ、今はただの友人同士ですわ」
「了解です。じゃあエリさん、はいあ~ん」
「あー……ん」
はっはっは~。これもその本の知識でしょ絶対。言いたいぃ本当のことを言いたいぃ! 早く打ち明けてこの勢いに任せた謎の空気を終わりにしたいぃー!!
私が食べた個所から離れた部分を切りフォークに刺してエリに向けると、彼女は控えめに開いた口で迎え入れた。一回、二回と念入りな咀嚼が続く。
「ど、どうですか?」
「…………」フルフルフル
「エリさん?」
アップルパイを口に含んでから微動だにしなくなってしまったエリさん。正確にはふるふると小刻みな微動はしているが、アップルパイの感想どころかうつ向いたまま顔を持ち合上げることすらしない。
私も食べたのでそんなことはないと思うが、つい毒でも入っていただろうかと疑ってしまう。
「……お、」
「お?」
「美味しいですわ~~~~~~!!♪」
数秒、音の消えた時間が経過した後、エリの喜びの声が響く。
「なんですのこの奥深い甘さは! 甘すぎるかと思えばそんなことはなく、さっくりとした食感と果物の甘みが絶妙に調和していて最高に美味しいですわ!!」
「よ、よかったですね。口に入れたまま動かなくなったので心配しましたよ」
「あっ。こ、これはお見苦しいところをお見せしましたわ。食後に果物をいただくことはありましたが、加熱することでこんなにも違った甘みが味わえるなんて!」
「お気に召したようで何よりです。じゃあ私はこっちをいただくので」
「あ、お待ちになって」
互いのお皿の位置を入れ替え、目の前の大人のスイーツをどう処理するか頭を抱えた時、頭上から嬉々としたエリちゃんの声が。
「一方的に私だけがあーんをしては意味ありませんわ。私も挑戦します! はい、あーん♪」
「あ、あはは。そうでしたね、あー……」
パクリ。モグモグ……美味しい。何回か切り取ったせいで形は崩れてしまったが、それでもなお美味しい。
目の前から味の感想を期待するエリさんのキラキラした視線が、痛いほど肌に突き刺さる。
「美味しいですねぇ。エリさんに食べさせてもらえたから美味しさ倍増です」
「!! そ、そうですか。私の」
……今のどこに顔を赤くする要素が? まぁいいか。
多分エリさんの味の好みは結構庶民的なんだろう。アップルパイをあそこまで気に入って頬張るなんて。王族故か能力のせいかはわからないが、彼女の人を威嚇する鋭い目も緩みに緩み年相応の可愛らしい表情を浮かべている。怒ったような顔なんかやめて、ずっとそんな表情をしていればいいのに。
「……ふぅ」
……これ、食べなきゃダメ?




