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押しかけと招き入れ 第八十話


 一方、その頃のココ


「ですから! 今確認に向かっておりますのでお待ちくださいと!」


「だから中に知り合いがいるんだってば! 急がないと夜になっちゃう!」


 このわからずやの門番め! と、かれこれ三十分言い合いを続けていた。


「待て待てってあれから何時間たったのさ! 全然呼びに来る気配ないじゃん!」


「そもそもこの奥の貴族区には、本来正式な通行証がなければお通しできない決まりなのです。それを身元確認のみでお通しできるかを判断するのですから、むしろ特例といってよいことなのですよ?」


「むぅ~!! ケチ! じゃあもういいよ!」


「あっ! お待ちください!」


 このまま待っててもらちが明かない。日食が始まる夕暮れ時までにレンにこよみの衝動を抑制してもらわなければならないのだ。最悪門を上って無理やりにでも……!


「今しばらくのご辛抱を! 確かに使いの者はお送りしましたから!! 今いなくなられるとこちらとしても――」


「――構いません、通しなさい」


「「!?」」


「え!? いいの!」


 さっすが私の都合のいい耳! 自分にとって悪いことは聞き流し良いことは絶対に聞き逃さない!

 門の前から背を向けて歩き始めた私の後ろで、先ほどまで門の前にはなかった女性の声。振り返り声の正体を確認すると、その女性は質の良い布で顔全体を覆いここからでは中に隠れる顔を確認することはできなかった。


「あなた様は、一体……!! 失礼ですが身分証のご提示を」


「私の前で、私の目を見てもう一度同じ言葉を言えますか? あなた」


「……!!?? こ、これは大変失礼いたしました!!」


 こちらからは確認できなかったが、なにやら顔を隠した女性がちらりと布の奥の顔を見せると門番の人の声が一気に上ずったものになった。彼にとってその女性がそれほどに恐ろしいものだったのだろうか? いや、その様子を見ている他の門番も似たような状態になっているところを見るに区画全体で恐れられている人物だったようだ。


「そこの人、早くこちらに」


「あ、はい!」


 先ほどまで頑なに態度を崩さなかった門番たちが、一様に体を硬直させて私の顔を怯え見る。いや、これは怯えというよりも哀れみか? まるで死地に向かう兵を見送るような……

 たった一目顔を見せただけで相応の訓練を積んだであろう兵士をここまで怯えさせる女性……一体誰なんだろうこの人。身長から考えれば私とそう年齢に差があるとは思えないが。それに、この地面から聞こえる独特な音。ヒール?


「あ、あの~?」


「…………」


 ただただ無言で私の前を歩く布被りの女性。中に入れてもらった手前勝手にいなくなるのも失礼だと思って後をついていってるが、できることなら今すぐにでも真ん中に見える立派なお城の方に向かいたいんだけどな~? 私の思いに相反して、女性はどんどん光の届きにくい住居の密集地に向かっていく。

 そして、しばらく後に続いて歩くこと数十分。華やかな服装ばかりだった街の住人の中にまばらだがラフな格好の人たちが混ざり始めたころ、ようやく女性は立ち止った。


「あの、どうしてここへ?」


「……フフッ。貴女と会うのは二回目ですものね、わからないのも無理ないですわ」


 私を先導してくれた女性は、身にまとった布をようやく外す。


「――え?」


 まず初めに中から現れたのは、光を反射するほどに美しい白の結ばれた髪。そして、次に振り向いたその人の鋭い瞳。


「お久しぶりですわね。貴女とこうしてお話しするのは初めてでしょうか、レンのただ一人のお姉さま」


「エリっ、さん?」


 彼女の正体は、この国の女王様の一人娘にして現王女、エリその人だった。

 呼び捨てで呼ぼうとしたところを寸前でさん付けに訂正することに成功する。いや、それよりもまさかこの国王女様が直々に来るとは思わなかった。そりゃ門番の人も固まるし怯えるわけだよ! 今頃エリの顔を覗き込んだ門番の人は不安で胃がつぶれてやしないだろうか。

 ……口論一歩手前までいった私が言えたことじゃないか。


「どうしてここに? 第一王女ってもっとこう、国のお仕事でお城に張り付け状態なのでは」


「私をその辺の王族と一緒にしないでいただけますか? 無駄を省き徹底的に効率化すれば、午前中にすべての執務は片が付きますわ。必要のない問題を抱え一日中机に向かう母とは違うのです」


「わぁお、女王のお膝元で強気な発言」


 その辺の王族って……

 やっぱり、女王と王女の間には深い溝があるんだなぁ。まばらとは言え他の人もいる中で、人が聞けば政治批判と取られかねないのに。これもこの国で二番目に大きい権力故の特権?


「それで、確かココとおっしゃいましたか。貴女は貴族区へどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」


「あれ、使いの人から聞いたんじゃ。……実はそのレンにお願いがあってここに来たんです、どうしても今日中に解決しなくちゃいけないことがあって。エリさん、今すぐレンに会えませんか?」


「ッッッッ」


 レンはエリさんのお側付きメイドだったはず。ならば目の前の主人であるエリさんに直接居場所を聞けばすぐに会えるのではと思ったが、エリさんの表情は険しい。


「お願いします! 今日じゃないとダメなんです!!」


「……一日、遅かったですわね」


「え?」


「いえなにも。結論から申しましょう、貴女をレンに合わせることは可能です」


「!! そうですか!」


「ただし、一つだけ条件があります」


 エリさんはそう言って人差し指を立て、唇の前にもってきて片目を閉じて可愛らしくウインクを行う。


「そこまで時間はかけませんわ、一時間ほど私に付き合っていただけませんこと?」


「付き合う? 何にかはわかりませんが、私でよければ全然いいですよ!」


「ありがとうございます。では、早速行きましょうか。エスコートはお任せを」


「へぁ!? こ、こほん。あ、ありがとうございます(やばい、肌綺麗)」


 いきなり伸ばされた手に変な声が出てしまったが、せっかくの機会なので王女様のお肌をしばらく堪能することにする。工業区では幾人もの手練れの男たちを切り捨てたはずのエリさんの手は、何処からそんな力がと思わずにはいられないほどにつるつる綺麗な女性として羨ましい肌をしている。筋肉は無駄に付きすぎない絶妙なラインで、こういったところに彼女の能力に鋭利化が具現化した由来が見て取れる。

 王族ともなれば肌の手入れにも気を遣うのだろう、どの程度レンが彼女のお世話をしているのか会った時に聞いてみよう。


 そんなこんなで王女様直々のエスコートという街中の人間が気絶確実な状況を楽しむこと数分。導かれるままに入ったお店は、見るからに高そうなスイーツ専門店。店内に入ってお品書きを見るまではエリさんも女の子なんだなぁとほんわかしたりして余裕もあったが、いざ注文というときに品々の値段を見て胃がキリキリと痛むのを感じた。

 た、高っ!!


「(うっそぉ、スイーツ一つで農業区の病院半月分の入院費飛ぶの!? ぼったくりでは!?)」


「注文は決まりまして?」


「ひぇ!? え、えっと、い、一応?」


「そう。では私はこちらの品を一つ」


「わ、私はアップルパイをお願いします」


「少々お待ちくださいませ」


 同じお品書きを見たはずのエリさんがこの様子じゃ、多分ここだけが高いんじゃなくて平均して値段はこんなものなんだろう。正直舐めてた貴族区、ここじゃ私は十日と生活できないや。


「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」


「ありがとう。それでは、いただくとしましょう?」


「は、はい」


 私の目の前に運ばれたのは焦げ一つない完璧に焼き上げられたアップルパイ。それに対してエリさんの前に運ばれたのは、赤いソースがケーキ自体はもちろん皿全体に絵を描くように掛けられた見るからに高そうなスイーツ。あれは、メニュー表でも一番高かった奴!!

 ……そうだよ、表を見て一番値段が常識的だったのがこのアップルパイだったんだよ! こちとら根っからの貧乏人じゃいチキって何が悪い!! これがセレブと一般人の違いか、悲しい。

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