間一髪と誇りと 第五十四話
続く二度、三度の爆発音。
私はその様子を、近くの壁の隙間から覗き込む。たまたま壁に大きな裂傷があったおかげで、両目でしっかりと様子を伺うことができる。
「……チッ」
「…………」
さて。私の目の前には、件のクール女性と思われる人物と男が一人。
フレッドが言っていた通り、彼女はヘソを出したなかなかに大胆な格好をしており、腰にはヒラヒラと風に靡くマントのようなものも確認できる。
ただ、やはり工業区にいる女性。露出した肌に無駄な脂肪はついておらず、ほんのり筋肉がついてるのがここからでも確認できた。
「テメェ、何が目的でこの俺を襲う。誰かに金でも積まれたか? 俺ならその倍払ってやれるが?」
「標的は皆、お前のように命乞いをするな。だが、この稼業は信頼が命。一度受けると言った以上、実行しなければ収支はマイナスとなる」
「ハッ! 清々するくらい良い殺し屋だぜお前は。こんな別嬪に殺してもらえるたぁ、男冥利に尽きるねぇ……わけねぇだろうがぁぁぁぁ!!」
瞬間、男の右腕は巨大な刀身に変化する。一般的な刃物とはだいぶ違う形をした刃は、見ようによっては生き物の爪にも、死神の鎌のようにも見えた。
私が今覗き込んでいるこの穴も、おそらくはあれでつけられた跡。
「うらぁぁぁぁぁあ!!」
「こちらに向かってくるか。なかなか肝の座った男のようだ」
そう言うなり彼女は、腰に下げたケースに手を伸ばし、中から鉄製の何かを取り出した。
「(なに、あれ?)」
彼女の取り出した"それ"は、私の想像していた銃とは全く異なる形状をしていた。
そもそもフレッドが持っていたものは、私の身長ほどはあるかと言う巨大なもの。とても腰に収まるようなサイズではない。
しかし、彼女の持つ銃はどう見ても三分の一以下のサイズしかなかった。長く伸びた筒の形といい、指を掛ける部品といい、似たような構造は認識できるものの、それを片手で構えるなんて……
ーー ドパンッ! ーー
彼女の銃から響く爆発の音と、硝煙の匂い。放たれた一発の弾丸は、まっすぐ正確に男の眉間を目掛けて飛んでいく。一瞬で弓以上の速さで飛んでいく鉄の玉。銃という武器の脅威を、初めて肌で実感した。
ーー キンッ! ーー
「!」
「ハッ!!」
しかし、放たれた玉は男の右腕によって弾かれた。腕を振って弾き飛ばしたというより、予め来るであろう場所に構えていたと言った方が正しいだろう。
「アメぇんだよ、ボケガァァ!!!!」
彼女の狙いは完璧だった、僅かなズレすら許さずに目標を捉えていた。だが完璧すぎた。故に来る場所を予測しやすいがために、防がれてしまったのだ。
「シィィィネェェェェ!!」
切先を女に向け、勝ちを確信した男はなお加速しその身に刃を突き立てんと猛進する。
彼女の腰に携えられた銃のケースは六つ。私が聞いた限りだと、内四つはすでに使用済みのはず。玉の残っている二つの銃。彼女はどう場を切り抜けるのか注視する。彼女は、一体 ーー
「 なッ!??!? 」
ーー しかし彼女の取った行動は、銃を使った方法ではなかった。 ーー
「お、俺の能力を……" 掴みやがった!?!" 」
「(掴んだっ!?」
掴んだ。そう、掴んだのだ。目の前に迫った男の刀を銃を手放した右手、" 素手" で。
思わず当人の男と同じ反応をしてしまうくらい、私はその光景をにわかには信じられなかった。
「な、何をしたッ!? 何をしやがった貴様ァァァア!!」
「お前に教える義理はないな。……チェックメイトだ」
「ッ!?」
彼女の左手には、銃。男の刀を掴んだ一瞬の隙に新しいものを展開していたのだろう。何という容赦のなさ。これが、本物の殺し屋!!
「グハァッ!! バ、カナ…… 」
銃声と同時に、男の背中からは血飛沫が飛ぶ。そのまま前に姿勢を崩し、彼女の側を過ぎ地面に倒れ伏す男。
私がここに来てから、僅か数分の決着。派手さのない静かな戦いが、今ここに終わった。
「……スゥゥ」
ケースに銃を収納し一息つく彼女。そのまま、ゆっくりと何処かを目指して歩き始めた。
……ん? あれ、なんかこっちに来てない!?
「いつまで隠れているつもりかな? そろそろ姿を見せてもらえないだろうか」
虚空に話しかける目の前のクール美人。実はヤバいものが見えていたッ!? ……な訳ないですよね。絶対これ私に対して言ってる! だって目が合ってるもん今!
「え、えっと……いつから気づいてました?」
「君がここに来てからずっとね。とはいえ疑いから確信に変わったのは、私が奴の腕を掴んだ時だけど」
「え?」
「君、驚いてただろう? 口に出ていたよ」
「……あっ」
私が思わず、『(掴んだっ!?』と驚いた時だ。心の中で言っていたつもりが、いつの間にか声に出してしまっていたらしい。や、ヤバい。もう少し時間を稼ぎたいところだけど、下手をして機嫌を損ねたらやられてしまう!?
「 待ち……やがれ……! 」
「ッ!!」
「えっ!?」
私が視線に捉え、彼女はゆっくりと振り向く。そして、二人ともに目の前で起きた光景に息を飲んだ。
胸を貫かれたはずの男が、自身の血を浴びながら立ち上がったのだ。元に戻った片腕には、彼女の物と同じ" 銃 "を携えて。
「私の、銃」
「ヘッ……油断、したな。倒れる瞬間に、お前の懐から、抜き取ったのよ……さぁ、大人しく死んでもらおうか」
片腕のまま、ゆっくりと銃口を彼女に向ける男。幸い私の姿は男からは見えていないらしいが、この状況はヤバい! 今彼女の手には、使用済みでない銃は一本もないはずなんだ!
「貴様……それをどうするつもりだ」
「手に武器を持って、相手に構えてんだ。やることは一つ……だろう?」
「わかっているのか、それを撃つということの意味を」
「……脅しの、つもりか! どうせ……俺はもう、助からねぇ……! 地獄に一人は、寂しいじゃねぇか!」
目を血走らせ、呼吸を荒くし標的を狙う。
男の言った通り、もう先は長くないのだろう。出血が止まることはなく、呼吸に混ざりコポコポという変な音が出ている。
「……いいだろう。撃つがいい」
「! ……ケッ、テメェの武器で狙われてるってのに、眉一つ動かさねぇのかよ。張り合いねぇな」
「貴様の余興に付き合っているだけだ。私の体を、しっかり狙って撃つといい」
「言われなくとも、テメェの思い通り撃ってやるぜ!」
彼女は動かず、男はゆっくりと引き金を絞る。
あれ、この位置不味くない……? ヤッバイ流れ弾私に来 ーー!
\ドパンッ!/
…………ゴキィッ!!
「 は? 」
銃を撃った男の腕が、聞くだけでゾワリとするような破砕音と共に歪な形に折れ曲がる。骨は砕け、腕と肩の繋ぎ目が勢いよく裂ける。
「…………」
一方そんな覚悟のもと放たれた一発の弾丸は、彼女の顔の横を通り抜けた。彼女の体は、ただの一度も動かなかった。
「(あ、危なかった……!)」
ーー 一方、私は頭上に飛来した流れ弾に冷や汗ダラダラだ。 ーー
「いっ、デぇぇェァァ?!?」
恥も何もなく、男は情けなく泣き叫ぶ。形を変えた右腕を左腕で抑えながら地面に背をつけて蹲りながら。
「なんだよ!? なんだってんだょォォォォ!? うガァァァァァ!?!?」
「私は問うた、覚悟はあるかと」
一歩。まるで散歩でもするかのように穏やかに足を進める。
「私は言った、よく狙って撃てと」
構える。まるで昼時の弁当のように、ゆったりとした動作で銃を取り出す。今までの黒光するものではなく、装飾された白色の銃を。
「グッ!?」
「貴様は、そのどちらをも無視した」
痛がる男など構いもせず、彼女は近づき片足で男の体と両腕を押さえつけ、銃口を突きつける。
「ま、待って……やめろ……やめるんだ! 俺は何もせずとも死ぬ! それで十分だろ!? だ、だから!」
「余興に付き合ってやったんだ。私の酔狂にも付き合ってもらう」
グッ……。指に力が込められる。
「私の銃、白星は必ず標的を仕留める」
「ま、まっ!」
……今度こそ、男の首より上が弾け飛んだ。




