異常と発見と 第五十三話
「冷てぇなー。男が生まれ持った性質なんだから多めに見てくれよ」
「それを異性に話すのはどうかと思いますが?」
前回頼んだものと同じ品物を袋詰めにしつつ、女体談義を永遠とし続ける腕前だけはいいこの男。
工業区が危険地帯扱いになり、女性が立ち寄らなくなってストレスかかってんだろうか。仮にも所帯持ちの男が何してんだと。
「あいよ、品物はバッチリ入れておいたぜ。でよぉ、そのクールな女がこれまた可笑しな注文をだなー」
「あ、品を受け取ったらもう用はないんで」
「ひでぇ!! もっと男女の会話に花を咲かせ ーー」
……いつまでも終わらない猥談に似た何かは強引に断ち切るに限る。品の入った紙袋を奪い取り、代金だけ机の上に叩き置いて即刻扉を開けて店を出る。前に店を訪ねたときは、アドバイスみたいなこともしてたしもう少し威厳あった気がするんだけどなぁ。
「そんなに綺麗な人だったのかな。傾国の美女、みたいな?」
もしそんな美人さんなら、一度会ってみたい気がするなぁ。そのクールで過激な服してて、工業区を一人で歩けるくらい腕に自信がある人。
「『てめぇ! さっき俺様にガンつけてたよなぁ!?』」
「『はっ! 言いがかりはよせよ三下!!』」
「『上等だゴルァ!!』」
「『さぁ! お次は見るものを魅了する伝説の妖刀!! 五十万リルから!』」
「『五十三万!!』」
「『八十万!』」
……ずっと思っていたけど、私が初めて来た時よりも治安が目に見えて酷くなっている。火のないところに煙は立たないわけで、煙に巻かれた中には炭のように真っ黒な内情が広がっていた。
「ウゥゥ……」
「クレェ……クレェ……」
「肌が痩せこけてる……きっとナニカに手を出したんだ」
元気溌剌に屈強な男どもが賭け事をする傍らに、未成熟な少年や老人が死んだように転がっている。時折呻き声や微かに痙攣していることから、僅かに息をしているのがわかったのだ。
本当に酷い。
" ガシッ "
「ヒッ!?」
ピタリ、と。首筋に伝わるザラザラ且つひんやりとした感触。地面に横たわる人間は私の背後にもおり、立てる程度の気力を持った男が私の首筋に腕を這わせていた。
「クゥゥゥレェェェェエ」
「こ、これは違いますから!! あなたの欲しいものじゃないですって!?」
「クレェェェェェェェ!」
「ヒィィィィ!?!」
幸い男の筋力は私よりも衰えており、容易く拘束を外すことはできた。だがその後も私の抱える紙袋を狙っては腕を伸ばしてきて、気持ち悪さと不気味さに耐えられず私はすぐにその場を飛び出した。
「ク……レ……」
「ホシィッ……ホシィッ……!!」
こんなの、まるでアンデットだよ……!
掴んできた男の声に反応するように、フラフラと覚束ない足でゆっくりと立ち上がり私に近寄ってくる子供や老人達。
人ではない存在に対する未知の恐怖が、私の足を前へ前へと進める。
「うッ!?」
ドンッ。
後ろを気にしすぎていた私は、前方の何かに体をぶつけてしまう。それは壁のように硬くはなく、私の体重により少し後ろへと引き下がった何か。
「あっその、すみませんで ーー!!」
「ブヒッ、ブヒヒヒヒヒッ!」
それは、だらしのない格好をした大男。体に纏わりついた無駄な脂肪が服を膨張させ、何日も洗っていないであろう激臭が鼻を襲う。
「そ、それがあれば……俺は……俺は……! ブヒヒヒヒ!」
「うわっ!? ちょっ!?」
「ハヒッ、ヒヒッ、う、動くなっ……!」
「やめてっ……てばっ!!」
「ゴブッ!?」
生憎と腕は荷物で塞がってるので、男が私を掴もうと姿勢を低くした瞬間。自慢の身体能力をフルに活用し奴の顔面を蹴り込む。
イライラが溜まってて手加減できない私の蹴りは、奴に鼻を中心にした血の花を咲かせ意識を刈り取った。
「マテ……マテ……」
「ァァァァァァァァ」
「私じゃなくその男が持ってますよー! 襲うならそっちをー! って、誰も見向きもしないじゃん!?」
意識が朦朧としてても、汚いものを汚いと認識するくらいの知能は残っているのか。それとも欲しいものを持っているのが私って認識で固定されているのか。
大男は道を塞ぐ障害物になった程度で、上や隙間を縫って追ってくる人間達から逃走を再開。
「ほっ、よっ、とぉっ!」
家々の壁から飛び出しているブロックの一部に飛び移り、追手達の筋力じゃ登ってこれない場所に避難する。具体的には建物の天井へと。
「ほっ……ん?」
ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ。
壁に指を擦り付け必死に登ってこようとする奴ら。気分はちょっとしたサバイバル気分だ。まさか街中にきて生物に追い詰められることになるとは思ってもみなかった。
「うぇぇ……怖い。早く離れよ」
家と家の間を飛び越えながら、奴らから姿を隠しながら距離を離しひとまずの安心を得る。
風通しというか遮るものが少なくなったおかげで、多少は良い空気も吸えた。
「流石にこの辺までくれば、もう追っては来れないかな? そろそろ通りに出て、屋根を飛び移るのにも限界が……」
ぴょんぴょん飛びながら手頃な場所で立ち止まり、下を覗き込んで気怠げな姿の人間がいないことを確認し飛び降りた。
ちょうど良い足場がなかったせいで、言葉の通りに屋根から地面に飛び降りたのだが、
「うぐっ!!」
上からの印象よりも結構な高さがあったらしく、足にかかる強い衝撃とともに全身がしばらく動かせなくなった。
とてつもなく痛い……!
「うぅぅっ……い、痛くないもん」
目元にうっすらと涙が出てきたのを、私は肌で感じた。
とはいえ、少しずつでも本来の感覚を取り戻していき、数分で体が言うことを聞いてくれるようになった。
「今度から飛び降りるときは、もう少し考えよう……。ん? それってまた追われること前提!? いやーーー!!」
\ バンッ!!!! /
「っ!?」
聞き慣れない、何かが破裂するような重々しい音。壁が音を跳ね返し、やまびこのような反響を工業区内の私のいる通りに響かせる。
「なに、この音。爆発?」
爆発。それも炎の引火や道具の破裂ではなく、火薬による爆発に近い音を出している。
しかし、こんなに短く鋭い音は、果たして本当に火薬によるものなのだろうか。私がきいた事のある音は、もっとこう、お腹の奥に響くような感じだったんだ。
「火薬……? もしかして例の銃とかいう武器?」
結局フレッドの店では試し撃ちもしなかったので確証はないが、可能性は無くはないと思う。
「フレッドは銃を買ってくれたのはあの女の人だけだって言ってた。他の店で買った全く関係ない人って可能性もあるけど、直接行って、この目で見ないことには確認しようもないし……うーん」
ひょっとすればフレッドの言っていた、クールな美人さんにも会えるかもしれない。
火薬の勢いと鉄の硬さを合わせた銃の脅威に一抹の不安は覚えるものの、それ以上の好奇心が私の心を突き動かす。
「よし、まずは遠くから様子を見て。雰囲気で接触を図るかどうか考えよう。命大事に、命大事に」
先程数階建ての家の屋根から飛び降りた人間の言葉じゃないが、それは一旦置いておいて。
生で見る初めての銃の戦い、それとフレッドを一瞬にしてメロメロにして見せたその女性。二つの要素を見物しに、私は足早に音のした方角へと歩みを進める。
「……あれ、私がきた目的ってこれだっけ?」
興奮のしすぎで、孤児院を襲った借金取りのことなどすっかり忘れてしまっていた私。
ーー だがこの行動は、私の運命を大きく決定づけるものとなった。それが幸か不幸か、それはその時になってみなければわからない。 ーー




