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来店と近況と 第五十二話



「フゥゥー」


 溜まった息を静かに吐き出し、まるで寒い日の吐息のように白煙を吐き出す。

 空気中に漂っていた煙が空け、私が椿さんの姿を視認した時、その場に彼女以外に立っている人間はいなかった。


「凄い」


 一瞬にして、男どもを一人残らず撃滅せしめる実力。十中八九煙こそが彼女の能力だとは予想できるが、それ以上に驚いたのはたった一撃で意識を刈り取る力。


 床に転がる残骸達を見ればわかる。皮膚に残る赤い痕跡は、すべてが殴打による痕なのだ。


「ザッとこんなもんよ。どうだココ? 俺の実力」


「言葉が出ない、です……!! そ、それよりも傷は!?」


「傷? んなもんねぇよ?」


「そんなはず! ……えっ」


「な?」


 両手を水平に広げ隙間なく見える彼女の体に失礼とは思いつつも手を這わせると、確かにその肉体には刺し傷のようなものは確認できなかった。


「うそ……え? だってさっき」


「ンフフッ、くすぐってぇ!」


「ここ? いや、こっちかもしれない」


「や、やめ! アハハハハハ!!」


 血の跡が服で目立たないだけだとより深く探ってみるが、やはり何処にも出血は見当たらない。もしかすると、さっきの煙に何か秘密があるのかもしれない。治癒のような負傷を隠せる何か? うーん?


\ムニュッ/


「むぎゅぅ!?」


「ちょ、一旦落ち着け! 笑いすぎて死にそうだわ! ヒー」


 両頬を引っ張られる私。何故か顔を赤くして息が絶え絶えになっている椿さんを見て、私は自分が今まで何を触っていたのか思い出した。念のために言うが、私は本当に純粋な心配からの行動をしていた。ただ、ちょびっとだけやりすぎてしまったらしい。


「ほ、ほへんははい」


「なかなかテクニシャンじゃねぇかオメェ。お返しだこのやろう!」


「ふにぃぃぃ!?」


 ぎゃーー!? 容赦なく引っ張ってるよこの人ォォォォ!?

 力! どうか力加減をォォォォ!!


「……お怪我はありませんか」


「あぁ、俺もこいつも無事だ」


「ンブッ?! いたいぃ」


 横から店主さんが介入してくれたおかげで、これ以上私の頬が伸びることはなかった。赤くなってヒリヒリする頬を撫でる。


「……毎度のことながら見事なお手並みで」


「今回は俺じゃねぇこいつだこいつ。何があってあんなゴロツキに付け狙われることになったんだ?」


「ふぇ? あぁ、それは」


 〜〜ココ、説明中〜〜


「人攫いねぇ? お前ちっこいもんな」


「子供に間違われるのはいつもの事ですけど、日頃のストレスが溜まりに溜まってて……つい」


「返り討ちにしたと。たっハァー! こいつらも運がねぇなぁ! 兎がまさか藪蛇だったなんてよォ!」


「ごめんなさい店主さん、お店壊してしまって。この弁償は必ず」


「……お気になさらず。いつもの事です」


「いつも?」


 ……あぁ、さっき椿さんに言ってた毎度のことながらってそういう?

 自分のことを棚に上げて申し訳ないが、何してるんですかあなた!


「ハァァ。ま、攫われなくてよかったな。この街で攫われた人間はロクな生き方できねぇさ 俺みたいにな」


「椿さん……?」


 彼女の語りは、実感のこもった言葉に感じられる。その横顔は私たちとは違う別のものを映しているようで、きっと私には想像もつかないほど様々な経験をしてきたのだろう。


「さぁーて臨時の仕事だ。ちょっくらこいつら牢にぶち込んでくるわ。店主、紐くれ紐! 腕縛るからよ」


「……かしこまりした」


「あ、私も手伝います!」


「いいっていいって気にすんな! 仕事のついでに放り投げてくるだけだからよ」


 手慣れた感じで男達の腕を紐で縛り、それらを一本の紐に結ぶ椿さん。見た目はまるで葡萄のようだが、ぶら下げられているのは顔に傷を作ったおっさんだが。


「よいぃしょ。んじゃあ行ってくらぁ、ココも気をつけて楽しめよォ?」


「色々ご迷惑をかけてすみません椿さん。また会いましょう」


「おうよ! んじゃなー!」


 無愛想な店主の店の前で、私と椿さんは別々の道に分かれた。

 立ち止まり反対の道を進む彼女の姿を見ると、特に苦労する様子もなく大の男数人を紐で引きずって行っていく。


 ……なんかデジャヴ?


「あれ? この光景何処かで……」





「くしゅんっ!」


 ーー 同時刻、とある服屋の美人店主が可愛らしいくしゃみをした。



……

ーー

ーーーー

ーーーーーー


 カラン、カラン。


「へいらっしゃい! おっ、誰かと思えばこの前の嬢ちゃんじゃねぇか。元気してたか」


「お久しぶりです、フレッドさん」


 数ヶ月ぶりの武器屋さん。

 ここは私が初めて工業区に来た際、短剣の調整を頼むために立ち寄ったお店。本人曰くかっこいいらしい髭を弄りながら、フレッドは私の姿を見ている。


「二ヶ月ってとこか? まったく人を待たせる嬢ちゃんだぜ」


「次いつ来るとは言ってなかったじゃないですか。私のせいにしないでくださいよ」


「相変わらず冷てぇなぁ、まぁいいか。それで? 今日はどんな用事だ?」


「短剣だけじゃちょっと心許ないので、護身用に武器の買い足しを。何か目新しいものでもないかと思って」


「目新しいものねぇ? ……あっ! 目新しいといえば" あれ "があったな! ちょっと待っててくれ!」


「はい?」


 フレッドは何かを思い出したようで、年不相応に目を輝かせながら奥の部屋に引っ込む。

 中でガコンガコンと何かにぶつかる音が数回した後、フレッドは筒状の何かを持って戻ってきた。


「嬢ちゃん嬢ちゃん、これ見てくれよこれ!」


「なんですこれ? 穴の空いた筒? 吹き矢ですか?」


「チッチッチー、当たらずとも遠からずってとこだな。聞いて驚け? こいつぁ" 銃 "ってんだ!」


「銃? ……なにそれ?」


 聞き慣れない武器? の名前に頭を傾げる。フレッドの持ってきたその筒は、よく見れば確かに吹き矢ではない。穴が空いているのは前方だけで、後方はよくわからない歪曲した装飾が付いていた。


「こいつぁ、専用の鉄の塊を火薬と一緒に前に込めてな? 上の針金に火種をつけてからこの歪曲した部分を人差し指で押し込むと、火薬の爆発で鉄の弾が飛び出すっていう代物なんだ」


「へぇー」


「つい最近、船でこいつが運ばれてきてな? 武器屋としては一本くらいは手に入れておきたかったのよ。どうだ? スゲェだろ?」


「確かに威力は弓より凄そう。火薬使ってるし」


 威力だけじゃなくて、今まで弓では届かない場所にも届きそう。それは素直に認める。

 問題は、


「でもその筒、重そうだけど何でできてるんです?」


「ん? まぁ結構重いな。なにせ鉄の塊だ」


「うわっ……絶対高い奴だこれ。ただでさえ本体鉄なのに弾は専用のしか使えないんでしょ? それに火薬に火種まで……無理無理無理!」


「うっ、結構嬢ちゃん見てんのな」


「それに何より、一発撃ったら終わりなのがねぇ。複数人ならともかく私一人じゃどうしようもないし」


「やめてくれ!! 馬鹿なもん買ったってんで最近お袋に白い目で見られてんだ!」


 大事そうに筒を抱え泣き崩れるフレッド。目新しさは確かにあったけど、これは私には使えないや


「はぁぁ……これを買ってくれた奴は、今んところたった一人だけだなぁ」


「一人は買ったんだ。どんな人だったの?」


「あ? あー、クールな印象の女性だったな。へそ出しの服に片側だけ腰にマントをつけててな? その服がまた色っぽくてなぁぐへへへ」


「最低だこの人」


 へそ出しに片側腰マント……? 私の知る中にそんな服装の人はいないし、知らない人だろうか。いや、もしかしたら


「その人の髪、もしかして金髪でしたか? もしくは緑とか」


「金? 緑?? いや、若干赤みがかった茶色だったな。声もクールで俺の好みだったぜ」


「好み云々はどうでもいいです」


 椿さんや桜花じゃない、か。てっきり服装を変えてこの店に来たのではないかと思ったのだが……。

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