嫁入り問答と和解と 第二十五話
「店主さん、ココを私にください」
「この子はあげません! これからも私が育てます!」
「私は私のものですよ!? なにちょっとお母さんみたいな立場にいるんですかシルクさん!?」
床に手をついて土下座までするキリエと、床に座り私を抱き寄せて話すシルクさん。
何この実家に相談にきた婚約者みたいな問答は……。あと、私にお母さんはいません!
「どうしてですか! 私はこんなにココを思っているのにっ!」
「まずは落ち着いてキリエちゃん!? いきなり現れて一生養います宣言は、大胆な告白以前に怖いわよ!? ほら、ココもこんなに怯えて……よぉしよし」
「……ママ」
ハッ!? いかんいかん、自分で否定しておいて母性の海に呑まれるところだった。恐るべしシルクさんのぷにぷに。
シルクさんの説得? のおかげで、キリエは自分がどれくらい暴走していたかを自覚できたようだ。……いや、あれは私を見てる?
「羨ましい」
「羨ましい? もしかしてシルクさんに撫でられるのが? 確かにこのぷにぷには癖になる感触だけど」
「私も抱っこしたい」
「って羨ましいってそっちのこと!?」
「ふふっ、小さくてとても抱き心地いいのよ〜? こう優しく抱きしめて頭を撫でてあげると、ふにゃって笑う顔がもう堪らなく可愛くてっ!」
「わかります。私もよく膝に乗せて抱き締めてましたから。……でも、もうしばらくしていない」
「あぁ」
そういえばキリエも、仲良くなってからは私を膝の上に乗せて抱き締めていたっけ。シルクさんに抱き締められてなんとなく違和感があったのは、それが原因か。
「ふふっ、じゃあ久しぶりに抱っこしてみる〜? そぉれ〜♪」
「うわぁっ!? また私の脇に手をぉぉお!?」
「っ!!」
いつぞやと同じく、シルクさんは私の脇腹に手を入れて持ち上げる。そして向きを正すと、座っているキリエの足に私を乗せた。
「ココ」
「き、キリエ?」
固まったまま私を見るキリエと、どうしたらいいか分からない私。き、気まずい。
数秒の間がありつつも、キリエはゆっくりと腕を私の体に回す。今度は締め付けるようにではなく、やろうと思えば簡単に抜け出せる程度の力で。
「えと。まだ謝ってなかった、よね? ごめんね、急にいなくなったりして」
「いい、私の方こそごめんなさい。外、寒かったでしょう?」
「慣れてるから平気」
体格差的にキリエの胸元に頭が乗り、私よりも豊満な二つのお山の感触が直接感じられる。そんな私の頭に彼女は顎を乗せて、前は両手で、後ろは胸、上は彼女の頭に包囲された。
「あらあら〜♪ ココちゃん、綺麗に埋まったわねぇ〜?」
「あはは……」
「どう? キリエちゃん。少しは落ち着いた?」
「……はい」
それでもキリエは、私を手放す気はないらしい。腕の力が少しだけ強くなった。
「そう、これでやっとお話ができるわね。それじゃあまずココちゃんを引き取りたいって話だけど。キリエちゃんは、どうして養うって考えになったの?」
「私は、ココに返し切れないほどの恩があります。一人で苦しんでいた私を助けて、過去の呪縛から解放してくれた。その恩を返すためにも、私はココに好きな暮らしをさせてあげたい」
「恩返しがしたいってこと?」
「はい」
体がむず痒くなってきた。勢いに任せてやったことをこうも冷静に話されると落ち着かない。
「キリエちゃんの理由はよ〜くわかったわ。なんだか親近感すら覚えちゃった」
「なら」
「でもね、私としてもココちゃんを簡単にはあげられないわ。だって、私の大切な"家族"だもの。……それに、最後にどうするかを決めるのは私たちじゃないわ。ココちゃんよ」
「……」
そう言って視線を私に向ける、シルクさんとキリエ。私が今何を考えているのか、それを聞いておきたいのだろう。
私の考えは、すでに決まっている。
「シルクさんさえよかったら、まだここで働きたいです」
「そう♪」
「……どうして」
「ごめんね。キリエが嫌いとか、そういうことじゃ無いの。でも私は、友達の前では頼られる存在でありたい。色々足りないこともあるけどね」
私なんかよりも、キリエには自分のやりたいことをやって欲しい。今まで苦労してきた分、ずっと幸せに生きていて欲しい。
「私、こう見えて結構我が儘なんだ。シルクさんに払ってもらった食事代もちゃんと返済してるんだよ?」
「気にしないでって言ってるのに〜。意外と強情よね、ココちゃんは」
「もしも生活から何から全部キリエに任せちゃったら、毎日それ以上の何かでお返ししちゃうよ? キリエはそれでもいいの?」
「うっ」
そういえば、キリエは気まずそうな顔をする。もしキリエとそんな関係になれば、まず間違いなく家事炊事は全部やるし、仕事のお手伝いだってこなすだろう。
養いたいと言ったキリエを、逆に養うくらいには。
「わかってる。キリエにそんな考えをさせちゃったのは私のせいだって。だからねキリエちゃん、また遊びにきてよ。私はもう何処にもいかないからさ」
「ココっ」
「私も歓迎するわよ〜? だってテトちゃんの行きつけのお店の店主さんだもの。歓迎しない理由はないわ〜? ねぇ、テトちゃん」
「そうですね。ぜひ私とも友達になっていただきたいものです」
「あ、それ私も〜♪」
いつの間にか、私の部屋にテトさんまでやってきた。時間を考えれば、すでに店は閉まっている頃。残りのお仕事、全部テトさんに任せてしまった。
「ココ、私……!」
「謝るのはダメだよ〜キリエ。こういう時は別の言葉を言わなきゃ」
「っそう、よね。……わ、私も! よろしくお願いします!」
「よろしくお願いいたします」
「よろしくね〜♪ これでもう私たちは友達よ〜♪」
不慣れな感じで返答するキリエと、彼女との友情の証に握手をするテトさんとシルクさん。キリエも初めてのシルクさんの感触には少し驚いていた。
「また、ココに貰ってしまったわ」
「ふふんっ、もっともっと貰っていくがよいぞ〜♪ これからもっと沢山笑わせてみせるからね〜」
「さて♪ 問題も解決したところで、今夜はもう遅いわ。キリエちゃん、今日はうちに泊まっていきなさい。そして、久しぶりのココちゃんを存分に堪能して、明日からの英気を十分に養いなさい!」
「あれっ? 私もしかして今、シルクさんにキリエを泊めるための餌にされた!?」
「さぁ〜? なんのことかしら〜」
「今回ばかりはすいません。私もシルク様に賛同します」
「テトさん!? 貴女までそちらに回らないで〜!!」
さっきまでの暗い雰囲気は何処へやら。シルクさんの明るい雰囲気に流されて、私たちは誰からともなく笑い始めた。あまり表情を変えないテトさんとキリエも、一緒に笑った。
「ふふふっ、こんなに楽しい夜は久しぶりねぇ。それじゃあキリエちゃん、先にお風呂使っちゃっていいわよ? ココちゃん、案内してあげて」
「わっかりましたー!」
その時ようやく、私はキリエの包囲網から解放された。
テトさんとシルクさんは別室に姿を消し、私はキリエを一回の浴室まで案内する。
「改めて見ると、とても広いのね。私のお店の何倍かしら」
「ねぇ、私も初めて見た時は驚いたよ。……あ、そうだ」
「? なに?」
私は一つ、大事なことを忘れていた。
「キリエ、制服を作ってくれてありがとう! 見た目も着やすさももう最高! キリエの作る服はすごいね!」
それは、私が今着ているこの制服。これを仕立ててくれたキリエに、まだお礼を言えてなかったのだ。
「……ココには敵わないわね。気に入ってもらえて嬉しいわ」
「今度お店に行くね? 全身キリエのお手製の服で揃えてみよっかな〜」
「任せなさい。貴女だけの、今までで一番の服を作ってあげる」
「本当!? 楽しみだな〜♪」
これから何度だって訪れる未来の光景に想いを馳せつつ、浴室の前までキリエを連れて行った。
「ここがお風呂ね。中にあるタオルとかは自由に使っていいから、ゆっくり入ってきてね? じゃあ私はこれで ーー」
「どこに行くの?」
「えっ」
私の体に巻きつく黒い何か。その正体は、キリエの発動した影縫の糸。
「わ、私は邪魔かなぁって」
「何もわからない私を一人にするの? それに、道具の使い方もわからないわ」
「い、いやでも、お風呂には一人で入りたいかなぁって」
「私を一人にしないで。一緒に入りましょう? 大丈夫よ、私たちはすでに一度、一緒に入った仲じゃない」
「それは孤児院で子供たちも一緒っ!! えっちょ、力強っ!? うわぁっ!?」
なんとか抵抗を試みるも、最後は無理矢理入浴させられてしまった。孤児院のものより格段に狭い浴室の中で肌を密着させながら入るお風呂。
私は途中で気を失い、次に目覚めたのはお風呂上がりの脱衣所。その間の記憶は全て消し飛んでしまったが、キリエの肌がいつもの二割り増しで艶々としていたことをここに記す。




