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問答無用と完全勝利 第十六話


 腰に携えた短剣に触れながら、ほんの一瞬の瞑想を行う。ーー よし


「行きます!」


「"下弦の矢 三連"!」


 合図と共に攻略を開始する。

 私が全速力で正面に突き進めば、こよみさんは予定通り、威力の低い矢を三発上空に向けて放つ。


「また突進か、馬鹿の一つ覚えか?」


「今はこれでいいんだよ!」


「そうか。ならば今度こそ叩き潰すまで」


 さっきの私の攻撃が、精神的にでもゲイルに効いていたなら、次の攻撃は……


「っ! きた!」


「っ!?」


 予想通り、ゲイルは私の足を狙って鞭を低い位置に振ってきた。今回は予想ができていたので、来る瞬間に足を地から離すだけで回避できる。


「やるではないかっ、ならば!」


「私の方ばかり気にしてていいの?」


「なにっ!?」


「"下弦の矢 三連"」


 私が走ってゲイルに接近する最中、こよみさんの矢は奴の頭上目掛けて降り注ぎ、追加で再び三発の矢が放たれる。

 片方の鞭は私を狙ったせいで低い位置にあり、攻撃に大きな振りが生じる。となれば残った片方の鞭のみで三発の矢を回避しなければならないが、あの矢は全て軌道操作を行える。


「くっ!?」


「隙間がないように見えて、結構穴だらけだねその鞭。動けないのをカバーしたかったんだろうけど、長くなればなるほど振ってから相手に当たるまでに時間がかかる」


「舐めるなよ。所詮その程度の威力、この俺には傷一つつかん!」


「まぁ、でしょうね」


 男の視線は、眼前に迫る弓矢に釘付け。鞭を振るう手も止まった。

 効かないのを知っていてそっちを見るのは、まだ能力に慣れていないせいかそれとも?

 ま、どの道やることは変わらない。

 私は矢が降り注ぐ寸前のゲイルに向けて、さらにさらに距離を詰めた。


「はっ、的を外したか。お前たちの狙いがどんなものだろうと、所詮当てられなければ ーー」


 確かにこよみさんの最初の三発は、すべてゲイルには当たらずその足元に命中し砂煙を上げただけ。一見すれば無意味に思えるかもしれないけど、


「シッッ!!!!」


「ーー ッ?!」


 私が欲しかったのはその"砂煙"の方だ。

 身長が低いおかげで、私の姿は隠れてもゲイルの上半身は丸見えだ。懐から相棒の短剣を鞘ごと抜き、狙いを奴の片目に向ける。


 するとどうだろう。ゲイルは自分の目に迫った物体に恐怖し、反応のまま自分の姿勢を崩した。そして、


「せぇぇえりゃぁぁあああ!!!」


「ブッ?!」


 短剣というブラフに引っかかり能力が消えた奴の顔面に対して、私は今度こそ渾身の膝蹴りを喰らわせたッ!!


「ば……かな……!」


「もう一発私に殴られるか、それともこよみさんの矢を三回喰らうか。どっちがいい?」


 きっともうゲイルは、能力を発動することはできないだろう。私が膝を入れたのは奴の脳天。気絶させることはできなくても、今は立つことだけでも精一杯なはずだ。


「お、のれっ……!」


「せっかくだから両方受けてみようよ。欲張りのゲイルさん? せりゃっ!!」


「ガハッ!?!」



「この矢は私と、おじいちゃんと、そして苦しんだキリエの一撃。噛み締めなさいっ!」



「グッ!! ガッ!? ゲフッッ!?」



 短剣を放り投げ、頭を掴んでもう一度蹴りを入れてから距離を取る。ゲイルにはその後で、三発の矢が打ち込まれた。


「" 二兎追う者は一兎も得ず " ってね♪」


 ふっ。 ……決まったぁ……


「アダッ?!」


 ゴチンという音と共に、何かが私の頭上へと突き刺さる。見ればそれは、最後ゲイルの頭を掴むために放り投げた私の相棒だった。


「そういえば短剣っ、投げてたの忘れてたっっ」


 欲張ってかっこよく決めようとした罰だろう。その姿はまさしく、二兎追う者一兎も得ずを体現してみせていた。


……

ーー

ーーーー

ーーーーーー


〈ー 同時刻 孤児院内 ー〉


「おいっ、ガキどもの部屋は見つかったか」


「残りはこの先の大部屋だけでさぁ! 奴ら、子供達を奥の部屋に隠していたんでやしょうねぇ」


「はっ、そんなもの時間稼ぎにもなりゃしねぇ。おいっ! さっさと捕らえて戻るぞ!   ……おい?」


 いつもならば返ってくる返事がないことに、男は気になりそちらを見る。

 しかし、振り返った先に見えるものは夜の暗闇だけ。連れ歩く部下の姿は、どこにもない。


「……っ! おいっ!! めんどくせぇ悪戯ならやめろよ! さっさと仕事に取り掛かるんだよっ!!」


「大声を出さないで」


「だっ、誰ムグゥッ!?! ムグオブブッ!?……ムッ!?!」


 四肢を縛られ口元を塞がれ、眼前に固定された男の体は、瞬く間に引き寄せられ天井に吊られてしまう。吊るされた男は、周囲に同じく縛られ吊るされる部下の姿を見た。


「貴方達の勝手で、子供達を起こすわけにはいかないのよ」


「ムグゥッ! ムググゥゥ!!」


「何を言っているのか、さっぱりわからないわ」


 一瞬のうちに男達を拘束したのは、キリエだった。キリエの特殊能力は影の物質化。従って影がある場所であれば、どんなところでも掴むことができる。

 彼女は一人ずつ慎重に、糸で口と手足を縛り、逃げられないよう天井にぶら下げていったのだ。


「ムグゥッ、ムググググッッ!!!」


「……あぁ。もしかして、『タダで済むと思ってるのか』って言ってるのかしら」


「ムグッ!!」


「そう。なら私も、貴方に一言だけ言っておくわ "私を甘く見ないことね" 」


「ムゥッ!?!」


 キリエは天井に立つように体勢を起こすと、影糸を編み込み、作り出した"それ"を右手に持つ。


「影糸は自由に硬さを調節できるの。鉄には程遠いけれど、棍棒くらいにはなるかしら」


「ムッ! ムーーーッ!?!」


「 大人しく、してなさいね? 」


「ムッ!? ムゥ……っ」


 男はそれ以上、何も言葉を話さなくなった。キリエはそれを、観念したのだと判断し作り出した棒を影糸に戻す。


「…………はっ」


 捕らえた人間を運び出す仕事は残っているが、ひとまずこれで、彼女自身の長年の問題に決着がついた。そのことを思い出し、彼女は静かに息を吐く。


「……私、何してたんだろう」


 彼女は振り返る。取り戻せない過ちを犯したあの日から、今日までの日々を。

 彼女のこれまでは、毎日が後悔の連続であった。自分が人を殺めた日。

 あの時、もしも自分が家に居なかったなら。もしも近くに武器となるものがなかったら。もしも私が、見て見ぬふりしていたなら。


「……っ」


 どれほど悔やんでも過去は消せない。だがどれほど仕事に集中しても、どんなに忘れようと頑張っても。

 その度に悪夢として、彼女の心を蝕んでいった。


「こよみ……」


 彼女は思い出す。自分が何も話せなくとも、ずっと味方でいてくれた親友の姿を。


「……ココ」


 彼女は思い出す。たった数時間の付き合いでも、親身になって接してくれた。自分自身と重ねてしまった、もう一人の親友の姿を。


「ありがとうっ……!」


 誰に聞かせるわけでなく、彼女は心から感謝の言葉を口にした。



 ーー これが終われば、彼女は国へ自首をするつもりだ。彼女が今まで罪を打ち明けなかったのは、あくまでも借金返済を優先したため。その問題が解決できた今、もはや孤児院に残ることはできないだろう。軌道に乗りつつあった店も無駄になる。しかしそれでもいいと彼女は思っていた。最後に自分を信じた、二人の親友の姿を見ることができるなら ーー


「ムッグ……ムブェゥッ」


「っ……早く、あれを片付けないとね」


 大きな覚悟を胸に秘めて、キリエは天井に吊り下げた男達を外に運び出す。

 ココは気づかなかったが、キリエもまた、日常の中で鍛えられた体を持っている。恵まれたスタイルに目が行きがちな彼女の体だが、その実、とても鍛えられているのだ。

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