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腹を割り全てを捨てて 第十三話


……少しだけ、時が過ぎた。

 長く癖のある黒髪を、優しく優しく撫でる。もしかしたら、髪を触られるのは嫌いかもしれない。しかし、これ以外で泣いている人の慰め方を私は知らない。

 もう少し、私に人と関わる経験があればよかったのだが。


「……ありがとう。もう、平気よ」


「そっか」


 胸に抱えた彼女の頭を解放し、膝を折ってキリエと向き合う。身長差的に私が見上げる形だが、この際形は気にしたら負け。


「負けたわ。私の完敗ね」


「キリエ。いくら嘘吐きに慣れてても、一人が抱えられる嘘には限界があるんだよ?」


「ふふっ、そうみたいね。今まで一杯嘘をついてきて、感覚が鈍ってたみたい。仕事で徹夜した時以来よ、この感覚は」


 どれだけ単純なことでも、それを大量に繰り返せば本人の知らぬ間に質は落ちるもの。

 なんだっけ確か、猿も木から落ちる? いや、なんか少し違う気がする。


「私としては、このままキリエには休んでいて欲しいんだけど……そうも言ってられないんだよね? 話、してくれる?」


「……わかった」


 キリエは、私達二人しかいないこの部屋の中で静かに話し始める。


「私たちが住んでいるあの家は、身寄りのない子供たちを預かる孤児院みたいなところなの。私はもちろん、ミオや他の子供たちも、親に捨てられた子供でね。おじいちゃんに拾われて、大変だけど幸せな毎日だった」


 私もお世話になったあの家が孤児院だったことは、驚いたと同時に納得もした。

 初めは、ただ子供を預かるだけだと思っていたが、なら夜になっても迎えが来ないのはおかしい。

 なるほど、孤児院


「でも、優しさだけで上手くいくほど、世の中は甘くなかった。"借金"よ」


「借金……」


 借金とはお金を借りて、借りた分の利子をつけた全額を期日までに相手に返すお金のこと。そうまでしてお金を用意しなければ、おじいさんは沢山の子供達を養うことができなかったのだろう。


「初めはまだ手心のあるところから借りていたの。でも、時間が経って返済ができないことが多くなってきて、その内何処からも借りれなくなってしまった」


「それは……っ! まさか!」


「そう。何処からもお金は借りれなくなったけど、お金は常に必要になる。だからおじいちゃんは手を出した。闇金に」


「っ!!」


 闇金。返済の際の利子に法外な金額を請求してくる闇のお金。

 子供を減らすか、闇金を使うか。どちらをとっても苦しむことになる悩みを抱えた末に、おじいさんは良心を捨てられなかったのだろう。


「家に来る人相の悪い男が、私は本当に怖かった。取り立てが来る日は、私は押し入れから一歩も出られなかった。笑えるでしょう?」


「……まさか、キリエちゃんが言ってた殺した人間って」


「そう、その時取り立てに来ていた男の人よ。隙間から、男がおじいちゃんを殴る姿を見てしまって。気づいたら、私の手は赤くなっていた」


「っ!!」


 キリエのどこまでも人に優しくて、家族との繋がりを大切にする性格を思えば、そういった行動を取るだろうことは理解できるし、共感もできる。


「やったことはすぐにバレたわ。そりゃそうよね? いつまで経っても取り立てに行った男が帰ってこなかったんだから。捕まる覚悟も、当然してた」


「……」


「でも、奴らは私を突き出さなかった。……けれど奴らは返済する金額を二倍にした上で、隠蔽料だとか黙秘料だとか、何かと理由をつけて金額を上乗せしていったの」


「……だからキリエは」


「私のしたことが、結果的に孤児院の首を絞めることになった。だから私は、例え自分の体を壊すことになろうとも、金を稼ぐために働き続けると誓った」


 キリエが異常なほど仕事に取り組んでいた理由。それは、彼女自身の取った行動が、結果的に悪い方向に向いてしまったことによる自罰の意識があったからなのだ。


「でも、それも今日までのこと。今ある全てのお金をかき集めても、全額にはとても……」


「いくらなの?」


「えっ」


「借金、残りいくらなの?」


「ご、五百万。……ココ?」


 キリエの話を聞いてよーっくわかった。確かにキリエの犯した罪が、孤児院の首を絞める結果になったのは事実なのだろう。

 だがそれは、言い方は悪いが後先考えず子供を増やし続けた挙句、相談もなしに借金を踏み倒したおじいさんにも非がある。闇金は言わずもがな。


「確かに、キリエが後悔するのはわかるよ。どんな理由があっても、人を手にかけたんだから。……でも、それだけだよね? お金を借りたのは貴女じゃないし、それを返す義務があるのも貴女じゃない。それなのに責任だけ取ってもらう? ふざけんな」


 そんな大人たちの勝手で、何も知らない子供達やここにはいないキリエの親友。そして何より、私の大事な大事な友達であるキリエ自身が奴隷として売られるなんて、そんなことがあっていいはずはない。


「だ、ダメよっ。貴女には関係ないわ! 今なら巻き込まれずに済む! 今すぐここを離れて!」


「孤児院の人たちには、一飯の恩がある。ミオちゃんには農業区を案内してもらった恩があって、子供達には遊んでもらった恩がある」


 そこで一度言葉を区切り、一呼吸入れる。


「キリエちゃんには、全部ある」


「ご飯を食べさせてもらった、この店まで案内してもらった、夜には二人でいっぱい話して盛り上がったよね。……ほら?」


「そんなっ、ことっ」


「ここで全部任せてって言えたらかっこいいんだけどねぇ、旅人ってこういう時不便。だから、少しだけ待っててね。場所は孤児院の方でいいのかな?」


「……わ、私の店 ーー」


「はいアウト。嘘には限界があるってさっき話したばっかりでしょ? ……孤児院ね、わかった」


 床に転がり落ちていた私自身のバックの汚れを落とし、背負った後すぐ店を出る。


「待っててね。今日中にキリエを解放してみせるから」


 私は、目的を果たすために全速力で街中を走り回った。農業区はもちろん、交易区や工業区まで全てを。


……

ーー

ーーーー

ーーーーーー



〈ー 深夜 農業区 孤児院 ー〉



「さぁ、今日で最後の取り立てだぁ。借金はきっかり二○○○万! 今すぐ出しなぁ!」


「出せねぇのかぁ? 出せねぇよなぁ!?」


「さっさとしろやクソジジイ!」


 何も知らない子供たちは既に夢の世界に旅立っているころ。そんな時間に、無粋極まる男たちの声が響き渡る。


「わ、私どもは一五○○万ご用意いたしました。本日はどうかこれで、お許しいただきたく」


「あぁん!? とうとう耳も聞こえなくなっちまったか!? 俺ぁきっかり二○○○万、ここに出せって言ってんだよボケッ!!」


「もしも今日中に払えないのなら、仕方ねぇよな? そういう約束だったもんなぁ?」


「どうかっ! どうかそれだけはご勘弁くださいっ! 何卒、何卒っ!!」


 地に頭をつけて懇願するおじいさんの横で、キリエもまた頭をつけて誠意を示していた。だが、そんなことは関係ないとばかりに男どもは言葉を続ける。


「おいっ、お前ら! 荷車と紐持ってこい!!」


「「「へぃっ!!」」」


「そんなっ……どうか、どうか猶予を!!」


「俺たちゃぁ優しいからなぁ? 仲間を一人失っても、ちょっとのお金で今まで見逃してきてやったんだぜ。仮に今奴隷にできなくなっても、そこの女は牢獄行き確定だがなぁ? ギャハハハハ!!」


「っ……」


 どれだけ屈辱的だろうが、キリエは自業自得だと自分に言い聞かせ歯を食いしばる。

 その間にも、男たちは荷車の準備を着々と進めていった。


「さーて、交渉は決裂ってーことでいいんだよなぁ?」


「ま、まって」


「野郎ども! そこの女と家の中の子供、全部とっ捕まえてきな!」


「「「おおおお!!」」」


 孤児院に向かって歩き出す男たちに対して、おじいさんは組み付くもすぐに振り払われてしまう。


 キリエは、ただ静かに自分の体を掴む男の腕を見ていた。ガサガサで、固くて、毛むくじゃらで、汗臭い男の腕を。


「ココとは……大違いね」


「あぁ? なんかいったか女」


「いえ、何も」


 ココは、未だに現れない。


「(きっと私の言う通りに、逃げてくれたのよね)」


 そう思ったキリエは、ただただ彼女の無事を祈った。自分のことではなく、ただ一心に友達のことを。


 その時だった


「待ったぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 遠くの方から、こちらに走り寄ってくるココが見えたのは。

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