表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/140

話を聞いて覚悟をし 第十二話


 今日という日ほど、私の身体機能を疑った日は他にない。目に続いて耳すらも、悪くなったのではないかと思わずにはいられなかった。


「どれい……。奴隷って、あの」


「わかったか? んじゃ、夜にまた来るわ」


「あぁそれと、逃げられるなんて思わねぇことだなぁ? ガハハハ!!」


 枝道の影に身を隠しながら、すぐ隣を高笑いしながら去っていく男二人。しかし今は、先程男たちの口から語られた、"奴隷"という単語に意識が向いていた。


「奴隷……。今日中に何かをしないと、キリエやミオちゃんがっ」


 実のところ私は、奴隷という制度を詳しくは知らない。今までそういった後ろ暗い話を抱えていた街や地域は、事前に調べて回避してきたからだ。この街だって、そういった情報がなかったからこそ私は来た。

 そんな私でも、奴隷という身分に落ちた人間が、まともな生活を望めないことくらいは知っている。


「……スゥゥ、フゥ」


「! キリエ……」


 男たちを追って、店の扉の前に立つキリエ。そして、深いため息を吐くその姿を隣から見つめる私。

 本音を言うなら、今すぐこの街を出ていきたい。一度でもそんなものに関わってしまえば、必ずどこかで痛い目を見る。最悪、自分が奴隷になってしまう可能性だってある。


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ……嫌だっ!!


 最悪な未来は、一つ手繰れば無数の仲間を連れてくる。


 私は普通に生きていたいっ! いろんなものを見て! いろんなものを楽しんでっ……それでっ……


「友達が欲しいっっ……ぁっ」


 私は、自分がどうして街を出ていかないのか。今の私を踏みとどまらせているその理由を、自分自身初めて理解した。

 そうだ、私は友達が欲しかったんだ。私には家族がいない、血縁がいない、知り合いがいない。私には、"友達"がいない。



「そう、だったんだ」



 そうだ。私は、自分が助かりたいわけじゃない。私はずっと、誰かとの繋がりが欲しかったんだ。



ーーーーーー

ーーーー

ーー

……



「……ハァ」


 仕事場であるカウンターに戻ったキリエは、店先で見せた物よりもさらに深いため息を吐いている。相手に見られないよう窓の端から観察し、大丈夫だろうと予想したタイミングで私は店の扉を開けた。


「あっ」


「……こんにちは」


「あ、あぁ、こんにちはココ。ごめんなさい、今日は珍しく追加で注文が入っちゃって。悪いけれど日を改めて ーー」


「隠さないで」


「っ!!」


 わざと見える位置に帯剣し直した短剣を見せながら、できる限り表情を消してキリエの顔を見る。


「……何を見たの」


「ここからガラの悪い男二人が出てくるところ。今日中、急すぎる、奴隷」


「っ わかった。もういいわ」


 眉間を抑え込むキリエの顔には、知られたくないこと知られたとはっきりと書かれている。脅しなんて手段を取りたくはなかったけど、今日中という条件がある以上手段を選んでいる余裕はない。


「キリエ。貴女が考えてること、抱えてること全部話して。昨日会ったばかりで信用できないかもしれない。けど今は、私を頼って欲しい」





「 聞こえなかったの もういいっていったのよ 」





「アグァッ!?!」


 私の体は、突然現れた黒い"ナニカ"に突き飛ばされ、そのまま建物の壁へと押し付けられた。背負っていた荷物は、床に叩き落とされる。


「こ……れ、は」


「私が作った影よ。私は影を糸状に物質化し、それを操ることができるの」



 ーー それは、人が持つ生き方や信念。生まれ育った環境や、時には一生を無駄にするほどの覚悟が、目に見える形として具現化したもの。人はこれを、個人が持つ素質="能力"と呼ぶ ーー



「話を聞いてしまったなら、仕方ないわね。悪いけど、私は今ここで、貴女を消さなきゃいけなくなった」


「グッ、クッ」


「でも、私だって殺しはしたくない。だから条件よ、ココ。もしも今見たことを忘れて、二度と私たちに関わらないとこの場で約束できるなら、貴女のことを見逃してあげてもいいわ」


 彼女の黄色い瞳が、身動きの取れない私を見つめる。彼女の眼光が、嘘ではないぞと訴えかけてくる。けど、


「いっ、やだっ!」


「……冗談だと思っているなら、今すぐその考えを止めなさい。私はもうすでに、"人を一人殺しているのよ"」


「ッ!?」


 確信を持って放たれた声。それはまさしく、彼女の言葉が本当であることの証明。首を掴む彼女の糸も、さらに力が入り始める。だが、そんなもの今はどうだっていいっ!!


「嫌だとッ……いったッ!! 私はっ……キリエの……友達だからッッ!!」


「っ!! 私が友達を殺さないなんてっ! 誰が言ったのよ! 私はっ! 私はみんなのためならっ、例え貴女でもッ! ーー」


 よりキリエとの距離が近づき、私の首を締め上げている影糸は、いつの間にかキリエの手と入れ替わっている。彼女の手が、私の首を掴み力を入れ始める。



 意識が朦朧としてきた……

 あぁ……そうなんだ

 彼女は……キリエは、あの家に住むみんなのためなら、友達だって殺すんだ

 そっか……そうなんだね……ハハッ、ハハハ 

 私は…………私は………… ーー




「キリエは……私のことを……友達って……言って……くれるんだ」


 ーー 今とっても、満たされている。


「な、にを……」


「カハッ! はぁ はぁ げほっ! げほっ!」


 首の圧迫が無くなり、私はそこそこの高さから一直線に床に落とされた。呼吸が安定し、顔に帯びた熱が少しずつ冷めていく。


「友達でも殺す……はぁ 否定、しなかったね? 私が、友達 だってことは」


「貴女……どうしてそこまで」


「はぁ はぁ。……たった一日しか関わってない私のことを、キリエは友達だと言ってくれた。ほんのちょっとだけ、このまま殺されてもいいかもって思っちゃった はは」


「…………」


「はぁ……でもね、キリエはたった一つだけ、矛盾してるんだよ。だから殺されないって確信が持てた」


「矛盾……ですって」


 呼吸が安定してきても、まだ少し頭がぼーっとしている。歩くことはできなさそうだが、せめて立つだけでもやってみせる。今は少しでも、強がって見せるべきだ。


「キリエは言ったよね、"みんなのためなら、友達だって殺せる"って。もしも"みんなのため"が、おじいさんやミオちゃん達を指しているのなら。そして、たった数時間の付き合いである私を本心から友達だと言ってくれたのなら」


 地面をしっかりと踏みしめ、一言一句間違えないよう覚悟を決めて、その一点の"矛盾"を突く。


「キリエは、自分のたった一人の親友を、本当に殺せるの?」


「ッッッッッッッ!!」


 それは、昨夜彼女自身の口から語られたこと。


『っ!!……そう、貴方は私を信じてくれるのね。えぇ、よろしく。私に同世代の友達ができたのは、貴女で二人目よ』


『ちなみに、私の一人目の友達は少し前にここを出ていった子なの。でもたまに顔を見せてくれるし、手伝いに来てくれる事もあるわ』


 私より遥か昔に、彼女と同じ家に住み、彼女と長い時間を共に過ごして、独り立ちした後も何かと顔を見せるという、"一人目"の友達。

 "みんな"がキリエにとって大切な家族なら、キリエはその友達を守るためなら、その友達を殺すと言っていることになる。それが、彼女のたった一つの矛盾点。


「っで、でも。だからといって貴女を殺さない理由には」


「信じてた」


「っ!」


 尚も食い下がろうとする彼女に、もはや根拠とすら呼べない言葉を口にする。それもやはり、彼女自身が言った言葉。


『……そう、貴方は私を信じてくれるのね』


「キリエは、私に信じてくれと言った。だから信じたの。貴女は絶対に、友達を殺したりしないって」


「あ……あぁ……!!」


 とうとうキリエは、足の力を無くし腰を落とす。

 それと同時に彼女の頬を流れる、一筋の雫。それを指でなぞると、全てを理解したキリエは涙を流し始める。私はそれを、ただ無言で抱きしめる。


 今まで誰にも言わず、一人で何もかも耐え続けてきた。


 ーー 他人に見られることはなく、二度と光の下に出られなくなろうとも、キリエは他人のためにここで服を作り続けた だから彼女は、" 影の糸で物を編む" のだーー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ