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暇を潰して盗み聞き 第十一話


 " 大昔のとあるお城に それはそれはとてもお美しいお姫様が住んでいた お姫様は他の姫たちとは違い 山のように積まれた宝石にも 選ばれた町中の美男子にもまるで興味を示さなかった 彼女にとってそれらは 自分を人から遠ざけるもっとも嫌いなものだったから "


 " ある日 お姫様は誰にも言わず、城を抜け出した このままでは 自分は心のない人形へと変わり果ててしまう 王様は大慌て 城の中の兵士を全て集め お姫様の捜索を命令した 見つけたものに 大量の金貨をやろう "


 " 鳥たちも寝静まる真夜中に 森の中を走るお姫様 その手を引くのは 顔すら覆う衣を纏った一人の楽士 楽士は自ら音楽を奏で 姫をはるか遠くへと誘いこむ その後を追う兵士たち お零れを狙い町中の男たちが後に続く "


 " 森を抜け安心したのも束の間 兵士の放つ矢によって 楽士は衣を剥がされてしまう 月光の下に晒された楽士の体は 瞬く間に人の体を失い 獣へと成り果てる 姫さまと同じ 白銀の毛を持つ狼へと "


 " 人々は恐怖し 姫さまはそれを美しいと思った それが彼女の抱いた 彼女だけの初めての感覚だった 狼は暴れた 目につく人々を次から次へと その身を真紅に染めることすら厭わずに "


 " だが 再び放たれた兵士の矢によって その無双の狩人はあっけなく命を落とした お姫様は悲しんだ 流れ出る赤い血が 漆黒に染まるその時まで "


 " お姫様は願った 人として生きることが罪ならば せめてあなたの糧でありたいと 姫さまは狼の体から零れ落ちた一滴の黒い血を舐め その姿を兎に変え 天に登る楽士の後を追ったという "




「……ふぅ」


 最後のページを読み終わり、一息つく。

 時間も忘れて読み進めたせいか、座りっぱなしの全身が少し動かすだけでコキコキと音を立てる。


「面白かったぁ。ついついタイトルのかっこよさで手に取ってみたけど、読んで正解だったね」


 この本には、作中に登場する楽士の正体が、実は月そのものだった。とか、月が赤や黒に染まるのは、神が人狼の伝説を忘れさせないため、とか。著者の考えが如実に現れていて勉強になった。


月狼(がろう)、か」


 姫さまが変化した兎の肉は、とある国では食べた人に不老不死を与えると言われてるのだとか。既に死んだ相手に、自分を食わせてでも生きて欲しいと考えるお姫様の思考は結構狂気的。

 タイトルの月狼は、月になった人狼のことともう一つ。愛に飢えた姫さまのことを餓狼に例えて付けたタイトルなのだろう。


「他にもいろいろ本を読んだけれど、個人的にはこの本が一番面白かったかな。んん〜、はぁ。さてと、そろそろキリエのお店に向かい始めよう。歩きは結構距離があるからね」


 舟はもう、しばらくいいや。今は多分似たような舟を見るだけでも吐き気が出てくる気がするし。机に並べたいくつかの本を戸棚に戻し、忘れ物の有無を確認してから店を後にする。

 また今度来よう。


「いらっしゃい、いくつ欲しいんだい?」

「三個くれ、三個」

「毎度あり」


「あらっ! 久しぶりね〜元気してた?」

「元気すぎるくらいよ、貴女の方こそ久し振りじゃないかしら?」


 水路に面した場所と違って、区画の奥に進めば進むほどこの街の日常風景が目立つようになっていく。合間合間に余裕を持たせて建物が建っているおかげで、程よく光が入り込み細い路地裏のようなものはほとんどない。

 もしも街に住むのなら、今まで見てきた区画の中でも過去一番に住みやすそうな街だと思う。




〜♪ 〜♪  〜♪  〜♪




「っ! この曲って……」


 街並みに感心する私の耳に突然現れた、印象深いこのメロディー。それは私が、この街に来てすぐの頃聞いた、白服の奏でるあの曲と同じもの。


「〜♪ 〜♪」


「っ!!」


 音を頼りに目線を動かすと、階段を登った先の小さなスペースに白服はいた。曲を奏でながら、やはり目を閉じて全身でリズムを刻んでいる。

 キリエのお店を訪ねることも今は忘れて、私は一目散に白服のいる場所を目指し、何段あるかもわからない階段を登り始めた。


 段々と距離を近づけるごとに、段々と曲の歌詞も鮮明なものに変わっていく



 " この街に吹く新たな風よ、私は其方を歓迎する。私の愛しき風の子よ、其方の息吹を持ってして、燻る者たちの追い風となれ "


 私が白服の下へと辿り着く瞬間、ピタリとその人は演奏を止めた。そしてゆっくりとその場に立ち、私の方へと振り向いた。


「あ、あの。聞きたいことがあるんです」


「…………」


 白服は開けた瞳を私の目線に合わせ、口元には微かな微笑みを浮かばせる。だが白服の犯行はそれ以上はなく、楽器を携えたまま、ただ微笑みだけをこちらに向ける。

 言いようのない不安感が背中をかけるが、それでも意を決して口を開く。


「えっと、あの時私を……ぉっ?」


「……っ」


 だが、覚悟を決めた私を待ちうけたのは、白服の私を慈しむ抱擁だった。予想外の連続に、私の頭はついに機能を停止する。


「…………ぁぁ」


 まだ一言も会話したことのない、正体もわからない相手からの抱擁。本来なら理由もわからず、恐怖に体を竦めてしまうだろう。


 でも、私が感じたのはその逆。これ以上ないほどの安らぎだった。


鳥が我が子を温める感覚は……


獣が身を寄せ合う感覚は……


人肌に感じる母の温もりとは……


きっとこんな感じなのだろう。


 ずっとこのままでいたい。時が止まったような感覚に陥りながら、私は白服の抱擁を受け入れ続ける。


 瞬間


「……は」


 僅かに吹いた風を体に受けたその時、白服は忽然とその姿を消した。先程まで感じていた温もりは、どこにもその跡を残っていない。


「……夢?でも、この感じ」


 しかしあの感覚は、絶対に現実で起こったこと。

 目の前で起こった不思議な出来事。白服の正体はなんなのか、なぜ私を抱きしめたのか。わからないことだらけだ。


 ただ、あの抱擁の中でわかったことが一つある。


「あの人、女の人だった」


 白服の正体が、キリエと同じくらいの身長を持つ女性であること。顔だけではどちらなのか判断がつかなかったが、服の中にできた体の凹凸は、間違いなく女性のものだった。


「なんだったんだろう。……あっ!」


 このままじゃ、キリエのお店に着くのはお昼過ぎになってしまう。止まった思考がやっと帰ってきた私は、急いで階段を降りてなるべく駆け足気味にキリエのお店へと急ぐ。


「へっほ、へっほ、へっほ」


 人の邪魔にならない程度の速さで、私は道を早歩く。何故だかわからないが、いつもより余計に体力に余裕がある。少しスピードを上げたとしても、一向にバテる様子はない。

 気づけば、キリエのお店が立つ小道の近くまで来てしまった。


「予想してたより早く着いちゃった……。うーん、とりあえず外から中の様子を見てみて、忙しそうだったら時間を潰してまた来よう」


キリエの仕事風景を見たい気持ちがなくはないが、それはそれ、これはこれ。

 さて、まずはお店の中を覗いてみてっと……


 \ガチャッ/


サッ


 唐突にキリエのお店の扉が開き、思わず物陰に身を潜める。別に隠れる必要はないはずなのに、何故かその時は考えるより先に体が動いていた。そしてその行動は、すぐに正解だったことを思い知る。



「 いいか、今日中だからな。伝えたぞ 」


「 待って、いくらなんでも急すぎるわ。 どうしてそんな 」


「 あぁ? 今まで散々待ってやっただろうが。俺らにも事情ってもんがあんだよガキ。もしも用意できないってんなら、ガキはお前含めて全員 "奴隷" 行きだ 」


「(っ!?)」



 ど、れい……!?



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