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宿取り探索 第十話



〈ー 農業区 宿屋 ー〉



「では、こちらが部屋の鍵になります。道具の盗難等の責任は負いかねますので、十分ご注意ください。なにかご不明な点はございますか?」


「大丈夫です、ありがとうございます」


 キリエと別れてからすぐ、無事に一部屋獲得できた。農業区でも下から数えた方がいいほどの安宿ではあるけど、雨風を凌げてテント設営の手間がないだけずっといい。

 あとは夜まで宿に用事はないし、昨日回れなかった農業区をのんびりと見回ってみることにする。


「『朝の一番搾り牛乳だよ! うちの自慢の牛から搾ったんだ、味は保証するぜ!!』」

「『らっしゃいらっしゃい! 鳥串に牛串、豚串の色んな部位の食べ比べしてみねぇか!!』」


「『今朝採れた新鮮野菜だよ! あたい達が丹精込めて作ったんだ! 食べてみてくれ!』」

「『揚げ芋はいかがー!!』」


 昨日見た工業区の様子と比べると、こちらはとても爽やかな印象を受ける。感覚的には交易区に近いだろうか。

 売り出してるものは農業区というだけあって作物の販売が一番多く、ついで肉類が多い。


「私、工業区よりこっちの方が好きだなぁ。あむっ」


 揚げた芋をあちちと頬張る。皮パリホロロですごく美味しい。

 そういえば、この街に来てから交易区の街路樹以外で、初めて植物を見たかもしれない。畑から生える野菜もそうだが、等間隔で植えられた名前もわからない植物が風に揺れて音を立てている。

 なるほど、なんとなく他の街に比べて爽やかに感じる理由はこれか。


「んん〜、でも交易区ほど出店は多くないのかな?」


 交易区と同じで出店みたいなものはあるものの、交易区ほどそこに力を入れているようには見えない。

 その代わり服屋や帽子屋、喫茶店に香水専門店など今まで見たことのなかったお店が多く、それらが中心になって集客をしているようだった。


「服はまぁ、キリエのお店で買えばいいかな。次は本屋に行ってみよう! あ、すいません地図一つください」


「はい、どうぞ」


 初日にもらった地図もあるにはあるが、あちらは五つの区画の大凡の事しか書かれていない。区画の情報も、せいぜいが舟の乗り場や特に有名な店ぐらいなもの。

 そういった有名店もいいものだけど、どうせなら穴場的な場所を探してみたい。その点で一区画に絞られる分専用の地図の方が便利なのだ。工業区や交易区のは持ってないけどね。


「本屋本屋〜……と、あった。えーと? 本屋は歓楽区側にあるのね。てことは、丁度こことは反対の場所か」


 街全体の形は円の形をしており、中心の十字水路でそれぞれの区画は扇形に分けられている。私が今いる場所は、農業区でも工業区側の場所になるのだ。

 歓楽街側に行くためには、ここから歩いていくか昨日のように舟を利用するかの二択。


「なるべくお金は節約したいけど、楽できるなら楽したいし。もしかしたら、昨日の船頭の人に会えるかもしれない。……うん、舟を使おう。あぐっっ!? あふっ! あつっ!?」


 時間が経って冷めているかと思ったが、揚げ芋はまだまだ熱かった。下を火傷でヒリヒリさせつつ、私は船着場へと向かって歩く。

 歩きとはいえものの数分で水路のある場所に到着し、私は考えていたまずここに集まっている船頭の人たちを順に見てまわる。


「……いないなぁ」


 しかし、彼女と思しき人物は見当たらなかった。女性の船頭も数人いたが、その中に髪を長くしている人がそもそもいなかったのだ。


「仕方ない、他の舟に乗ろう」


「歓楽区側行き! まもなく出発しまーす!」


「あっ! 私乗ります!!」


 まぁ会えなかったのは残念だが、本来の目的は歓楽区側に行くこと。私は聞こえてきた声に反応し、せっかくならと大人数用の舟に乗り込んだ。彼女の舟よりも少々高くつく


「よいしょっ……あ、あれ? 人が沢山 わぷっ!?」


「おぉすまない、当たってしまった」


「だ、大丈夫です うわっ!?」


「ごめんねぇ、もう少し詰めてもらってもいいかい?」


「わ、わかりました ごぅ!?」


「あ、ごめん。見えてなかったよ」


 この選択は失敗だったかもしれない。思い出す交易区での出来事。

 なんとか座る場所は確保できたが、乗り込んだ人たちでギュウギュウ詰めだ。ここまで来ると舟が沈まないか不安で仕方ないのだが


「では出発します、少々揺れますのでお気をつけくださーい」


「うおっ!?」


 舟が船着場から離れてすぐ、船体が思ったよりも大きく傾いた。ギリギリ水は入ってこなかったようだが、大丈夫なのか不安で仕方がない。


「〜♪ 〜♪」


 前と後ろの計四人の船頭が、小粋な歌を歌いながらこの舟は進んでいく。彼女の舟と違って、この舟は水路の真ん中を航行している。すぐ側を走る少人数用の舟を見るに、大きなものほど水路の中心を走るよう決められているのかもしれない。


「うぅっ……」


 さて……現実をみよう……。

 人に囲まれた狭い空間の中で、色んな人たちの汗や香水の香りが舟の揺れと共に私に襲いかかってくる。


「ぎもぢ悪いっ、うぇっ」


 いくら乗り物には強い自信があっても、流石にこの密度の臭いに晒されれば気持ち悪くもなるだろう。抱えたバックに顔を押し付けて臭いの中和を試みるが、ダメそうだ。


「私っ、もう二度とこの舟乗らないぃ……」


 布に押しつけて小声で言ったので、誰にも聞かれてないことを祈る。というより気にしてる余裕がない。 今のところこの舟のよかったところは、最初は沈まないか不安だった舟が速度に乗るにつれて安定してきたことくらいか。

 あぁ……彼女の舟が恋しい。


 その後は、海上で方向変換を行なった際に少し水を浴びてしまったり、あまりの気持ちの悪さから途中意識がなくなったりしたものの、無事?に農業区の反対側に到着した。


「ぐぇうっ……」


 しばらく腰掛けから動けそうにない。澄んだ空気を胸いっぱいに吸えることがこんなにも素晴らしいことだったとは。


「もう少し休もう、今文字を読んだら間違いなく乙女として大切な何かを失う。これ以上女を捨てたくない」


 反対側に来るだけで、この街にくる前の船旅よりしんどかったように思う。朝だというのに何故あんなにも汗の臭いが酷かったのか。工業区の人たちが一緒に乗ってたりしたんだろうか。


 目を瞑って数分のクールダウンを挟み、気分と感情を落ち着かせる。おかげでなんとか歩く気力が戻ってきた。


「ふぅ……よし、行こう」


 崖っぷちギリギリだったが、なんとか乙女の尊厳を守り抜いた。今度からは絶対に、少人数用の舟しか使わないと心に誓う。


「本屋……本屋……」


 こちらは喫茶店などの共通する店はさておき、本屋さんや製紙所、小道具店「楽器屋さんなどが立ち並んでいた。隣の区画に合わせて、メインとなる店の並びも変えているらしい。歓楽区に売るのなら、特に楽器や小道具は需要も高いだろう。


「あ、あった」


 近隣の店に比べても、ひと回りほど大きな店構えをしている本屋さん。と言うよりこれは、図書館……だろうか?


「すいません、本を見たいんですけど」


「初めてのご利用でしょうか? よろしければ利用方法などを説明いたしますが」


「お願いします」


 受付の方曰く、利用は基本無料。本の貸し出しは一冊二五○リルほどで、期限は三日から五日。あとは店内ではお静かに等々の細かなルールがあるだけで、意外とフリーなお店だった。


「他にご質問はございますか?」


「もう大丈夫です。ありがとうございました」


「そうですか。では、ごゆっくり」


 ……さて、さっそく面白い本を探そうっ!!

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