目覚めて旅立つ 第九話
「あーん」
「あーむ、んぐんぐ。あ、あの、もういいので」
「あーん」
「話を聞いて、お願いだからっ」
翌日の朝食時。何故か私はキリエさんの膝の上で食事をしています。それも昨晩と同じくあーんのおまけ付きで。
「どうしたんだキリエのやつ。朝から嬢ちゃんにひっつきもっつきしてやがる」
「あらあら、昨日の夜よほどなにかあったのねぇ」
「ほっほっほ、キリエも寂しかったんじゃろうて。あの子がここを出て行ってからというもの、同い年と関わる事は少なくなったからのぅ」
「あの、できれば助けていただけると嬉しいのですが」
え、そこまで料理で根に持つようなことなの? これ、明らかに友達というより妹みたいな扱いなんだけど。というかさりげなく私を子供扱いするんじゃない!!
「お姉ちゃんたち、急に仲良くなったね?」
「昨日何かあったのー?」
「キリエお姉ちゃんずるい! 私もあーんてする!」
「みんな私を見ないで、これはただのいじめだから!」
「人聞きの悪いことを言わないで。いじめてないわ、餌付けしてるだけよ」
「まさかの人間以下!?」
キリエと仲良くなれたのは確かに嬉しいが、だからといってこれは少々距離感がおかしくないだろうか。それともこれが嬉しい悲鳴というやつなのか?
「ほっほっほ、仲がよろしくて何よりじゃ。それはそうとココさんや、この後はいかがなさるおつもりかな?」
「うぇ? あ、は、はい! えと、朝食をいただいた後は、すぐにでもお暇しようかと思ってます。宿も探さなくちゃいけませんし」
それに、まだまだこの街の全てを見て回ったわけではない。農業区はもとより、歓楽区や交易区も見回らなければならない。本当は真っ先に工業区の残りを見て回りたいところだが、昨日のほとぼりが冷めるまでは行かないが吉。
「そうか……寂しくなるのぅ」
「たった一晩で、信じられねぇくらいここに馴染んでやがるからなぁ嬢ちゃん。もう一晩くらい泊まってってもいいんだぜ?」
「お仕事の方も、人手は多くて困らないしね」
「あんたは楽したいだけでしょうが」
「すいません」
皆さんは一晩泊まってもいいと言ってくれるが、私にその気は全くなかった。そもそも昨日一晩泊めていただけただけでも感謝しきれないくらいなのに、お風呂や満足のいく食事までできたのだ。
これ以上は申し訳なさすぎて、こちらも何か差し出さなければ釣り合いは取れないだろう。
「えー! お姉ちゃんもう行っちゃうのー!?」
「もっと一緒にいようよー! お願いー!」
「ごめんね。お姉ちゃん、まだまだ一杯みたいところがあるんだ」
「ココ、もうどこに行くかは決めているの?」
「え? ううん、歩きながら決める予定。どうして?」
「なら、途中まで私もついて行くわ。私個人でやってるお店がすぐ近くにあるの」
「本当っ!? それは凄く興味ある!」
悲しいかな、どんなにテンションがあがろうとも今はキリエの膝の上。抱っこの形でキリエの両腕に体が固定されていて、動こうにも動けない。
「よし。じゃあそういうことで、そろそろ離してもらってもいいですか?」
「……?」
「そんな何を言ってるの? みたいに首を傾げないで! 一瞬こっちが間違ってるみたいになるから!」
「いやよ」
「はーなーせー!」
結局朝食は全て彼女の膝の上で取るハメになってしまった。ギリギリあーんだけは止めてもらったが、心なしかお腹に回された腕の拘束が強くなった気がする。
私が彼女の拘束から解放されたのは、食事後の後片付けのために皆んなが一斉に動き始めた時だった。
それから私はすぐに家を後にするためにバックの中身や衣服の仕込みを確認し、いよいよお世話になったこの家の方達との別れの時間となる。
「今回は本当にお世話になりました、ご飯もお風呂も最高でした!」
「またいつでも来なさい。子供たちも喜ぶ」
「今度うちに泊まる時は連絡くれよな、お前にもう食えねぇって言わせてやるからよ」
「今度、うちの牧場に来なさいな。いつでも歓迎するわよ? バイトも募集してるから」
「お姉ちゃん、また来てくれるよね……?」
しばらくは農業区に滞在する予定だから、来ようと思えばいつでも来れる距離にはなる。だがそれでも、お世話になっ人との別れは胸にグッと重くのしかかる。おじいちゃんに手を繋がれたミオちゃんの泣きそうな顔も、さらに重く感じる。
「うん、絶対来るよ。約束」
「……絶対?」
「ぜぇーったい!」
「……うんっ、わかったっ! 絶対来てね!」
「必ず来るよ。だからもう、危険なことはしないようにね?」
「うんっ!」
「それじゃあココ、行きましょうか」
「あ、うん! 皆さん、本当にお世話になりました! さようなら!」
最後に見送りの言葉を聞きながら、キリエと共に少しずつ家から遠ざかっていく。たった一晩でこんなにも寂しい気持ちになるなんて、はじめての経験だ。やっぱり優しい人達に囲まれることは、とても幸せで温かい。
「あの家を気に入ってくれて、何よりだわ。みんなも散々言っていたけど、私もいつでも歓迎するわ」
「えへへ、ありがとう」
姉と妹のような身長差があり、キリエの顔を私は見上げるように見つめる。知ってはいたことだが、隣を歩くと余計に自分のスタイルが憎らしい。せめて身長だけでも、どうにかならないものか。
「それで、キリエのお店ってどの辺にあるの?」
「少し先の小道に入ったら、もう目と鼻の先よ。最近は仕事の関係で、寝泊まりもそっちで済ませることが増えてきたわ」
「うわぁ、すっごい頑張ってる。でもちゃんと寝なきゃダメだよ? キリエ、絶対徹夜とかしてそう」
「よくわかったわね。ちなみに自己ベストは三徹と半日よ」
「それは寝る寝ない以前に一日休養すべきなのでは……?」
私は訝しんだ。
「大丈夫よ、元々睡眠時間は短かったから。大体三十分くらい。……でも流石に、昨日は街中を探し回って疲れたわ。一晩ぐっすり寝たのはいつ以来かしらね」
「ダメだこの人、早くなんとかしないと」
キリエの性格から考えて、ここまで自分を追い込んで仕事をするのには理由があるはずだ。それも、自分じゃなく他人に関することが。
でもなんだろう。まさかおじいさんやミオちゃんのこととか? でもそこまでお金に困っている雰囲気はしなかったが……。
「ついたわ、ここよ」
「んぇ?」
キリエの声に立ち止まり、目線を上げた先にあったのは、小さいながらもお洒落な雰囲気を漂わせるお店だった。窓から見える店内には、様々な洋服が綺麗に整理され並べられている。
「服屋さん?」
「正確には仕立て屋さんかしらね。私が作った服や帽子をああやって並べて、気に入ったものを買ってもらうの。特注も受けるわよ?」
「ほぇぇぇぇ……」
素人目にもわかるセンスの良さ。窓から見えるほんの僅かな服だって、一市民には手が出せないレベルの有名店の服にだって負けてないように見える。身内贔屓を差し引いても。
「あまり反応しないのね」
「反応しないというか、できないというか。なんか、凄い。ほんと、凄い」
「ほんとに反応できてなかったわ」
お店の雰囲気や服のレベルにも驚いたが、私がさらに驚いているのは、これをキリエが個人で経営してること。キリエがよく徹夜すると聞いた時は何事かと思ったけど、この服たちを見れば理由はすぐにわかった。作品一つ一つに手間や時間を惜しみなく使っているのだと。
「昨日お休みした分、さっさと仕上げないと。中も見ていく?」
「うーん、かなり興味はあるんだけど……。いや、また後で来るよ。お仕事の邪魔になりそうだし」
「そう。なら、お昼にまた来てちょうだい。追加がないなら、多分その頃には終わるはずだから」
「……ちなみに今どれくらい溜まってるの?」
「部分単位で五十着くらい」
「ゆっくりでいいからね?」
とはいうものの、キリエは絶対に昼までに全部仕上げるだろう。私の中で謎の信頼感ができつつあった。




