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25.

「ミッシュ、あんた本当にもうクラウスのことは吹っ切れているのか?」

「吹っ切れているも何も、結婚してもしなくても兄ちゃんとは家族みたいなものだから」

「そうか、俺らみたいな関係だったんだな……。嫉妬して、本当にバカだな……俺」

「カディス?」

 空を見上げてふうっと深く息を吐き出すカディス。

 何か悩んでいるみたいだけれど、大丈夫かしらと顔をのぞき込んでみる。

 イカ食べて、元気になるといいんだけど……。


「ミッシュ!」

「は、はい」

 空から今度は私の顔へ、見つめる先を変えたカディスは大声で私の名前を呼ぶ。

 今から何かあるのか。イカを手に、背筋をピンとのばす。


 けれど降りてきたのは、私を呼んだのと対極的な、戸惑いがちな声だった。

「本当は、その……槍を渡すときに言いたかったことがあるんだが……」

「な、何?」

「これからも、うちにいちゃあくれないか?」

「え?」

「俺は……あんたの母ちゃんに紹介されたい」

「それって……」


 まるで勘違いされてもいいみたいに聞こえてしまう。でもそれは母ちゃんだけじゃなくて、私も勘違いしてしまいそうな言葉だ。

 都合良く解釈してしまいそうで、思わず戸惑ってしまう。


「俺は……俺は、あんたよりもずっと弱いし、年も上だし、武器を作るしか能がない男だ。それでもあんたを大事にするって誓うし、幸せにしたいって思う……。こんな俺じゃあ、あんたの隣にふさわしくないか?」

「そんなことない! だって私、家族思いで、楽しそうに金槌を振るうあなたが好きだもの。それこそ年なんて関係ないわ!」


 いつから惚れていたのかはわからない。

 けれど私はクラネット・ユーロ・カンナさんと楽しそうに食卓を囲んで、彼らを自慢するカディスに、いつだって武器に真剣に向き合うその姿に惹かれていたのだ。


「ミッシュ……」

「それに私、魚は捌けるけどそれ以外の料理はてんでダメよ? もちろん、これから練習するけれど、でもきっとユーロみたいに美味しい御飯作れないわよ?」

「飯作りをとったらユーロに叱られるからあんたはしなくていい。今まで通り、美味しそうに食べるその顔を見せてくれ」

「カディス……」



 幼い頃から当たり前だった結婚の約束を解消したのも王都なら、生涯大切にしたいと思えた人に会えたのもまた王都。

 私、田舎の村出身なのに何かとこの地に縁があるみたいだ。

 カディスの胸に抱かれて彼の体温を全身で感じていると、どこからか鼻をすするような音が聞こえてくる。

 兄ちゃんとレオンは未だクラーケンを解体中だ。それに姉や幼なじみのこんなシーンで感動して泣くような感性は持ち合わせていない。


 カディスにもその音が聞こえたのか、二人揃って音のする方向へと首をひねる。

 するとそこには二段に積まれた木箱、の後ろに隠れていたらしい見覚えのある四人が肩を並べていた。


「親方、良かったですね」

「今日はケーキ焼かないと! 後の御飯もメニュー考え直さないと……」

「本当にっ、一時はどうなることかと……。占い通りにっ、なって良かったぁ……」

「やっとだな。見守った甲斐があったぜ」


 ほっと胸をなで下ろすクラネットに、早速夕飯の心配をしだすユーロ。感動して泣いていたカンナさんはこの鼻音の正体だ。そして三人を守るように構えていた剣を腰に戻したグレンはなにやら満足げにうんうんと何度も頷いている。


「クラネット、ユーロ、カンナ、それにグレンまでお前達どうしてここに!?」

「お前が心配だからに決まってるだろ。お前、戦闘はからっきしのくせに誰も連れずにクラーケンのところまで走っていくから……。まっ、まさかそのお嬢ちゃんがこんなに強いとは思わなかったけどな~」

「ミッシュさん、格好良かったです!」

「本当? 引いたりしない?」

「ううん、全然。あ、そうだ。ミッシュさんが倒してくれたそのイカで、今日はイカパーティーにしよう!」


 そうしよう、と手を叩くユーロの声に真っ先に反応したのは私ではなかった。


「イカパーティー!?」

 ――絶賛クラーケン解体中のクラウス兄ちゃんである。

 途中、イカにまつわるであろう不思議な呪文を唱えていただけあって、こんな時も耳ざとく情報をキャッチした。


「勇者様達も一緒にいかかですか?」

「行く」

 一二もなく頷くクラウス兄ちゃん。けれどレオンはそんな兄ちゃんの肩を押さえる。


「でもいいの? 家族パーティーでしょ? 俺ら邪魔じゃない?」

「あんたらミッシュの家族だろ。なんなら俺らの家族みたいなもんだ」

「いっぱい作りますから。どうぞ食べていってください」

「なるほど、家族の胃も掴んでおこうということか。なら参加させてもらおうかな。ま、そんなことしなくてもカディスなら知らない仲じゃないし、安心して姉ちゃんを嫁に出せる」

「ちょっとレオン!? 嫁とかまだそんなんじゃ……」

「まだ、ね。はいはい、わかったわかった」


 適当に受け流すレオンに、私とカディスは顔を赤らめる。

 だってまだお互いの思いを打ち明けたばかり。結婚とかはまだまだ先の話のはずである。


 でもそれは『まだ』なだけ。


「プロポーズはまたちゃんとするからな……」

「え?」

「ちゃんと指輪、用意するから。だからそのときはまた……」

「……ええ」


 その時もきっと私の答えは同じに違いない。

 だってカディスは家族になりたいと、生涯を共にしたいと思える男性なのだ。


 カディスからもらった槍と、戦利品のイカを抱えて漁港を後にする。

 戻るのはもちろん、武器のあふれた私たちの鍛冶屋である。


(完)


完結です~

お付き合いありがとうございました!

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