何を選ぶのか
最後。
高校の卒業式のあと、卒業生を囲んでのパーティーが行われていた。
これから大学をでて、社会に出たときに必要となる社交について、擬似的に体験できるようにとの学校側の手配である。
「普通の学校は、こんなのないけどね」
「そういうことが普通になる生徒の方が多いからだろ」
一部からそういう声が上がるのは、いつものこと。パーティーは粛々と進んでいた。
ひとりの少女が、とある男子生徒にまとわりついている。……倉敷清香だ。まとわりつかれている園部和人は相手にしていない。
「もう、和人くん。婚約者にこういう態度はよくないよ!」
「……」
まったくなにも答えていないにも関わらず、すべてが自分のいいように解釈する。
「あ、照れてるんだー。かわいー」
「……」
清香は和人の手をとろうとする。その時、はじめて和人が声を発した。
「さわるな、鳥肌がたつ」
「え?」
手を振りほどき、大きく離れた和人に、清香は目を丸くする。
「なにいってんの? 和人くん?」
「おまえに名前で呼ぶ許可を与えた覚えはない。……そもそも、おまえは誰だ?」
「……え?」
すっと視線をはずし、ほかの友人たちのもとに向かう和人に、清香は慌てて追いすがる。
「なにいってんの⁉ あたしは和人くんの婚約者で……」
「僕には妻がいる。浮気もする気はない」
「え、つま、え、なに?」
和人は響華とすでに籍を入れていた。正式な発表と結婚式については、子供が生まれてからとなっていたので、ほとんどの生徒たちも知らなかったのだが。
「そもそも、倉敷というならここでのんびりしていていいのか? 業績の悪化から、社長の首も回らない状況だと聞いているが?」
「なにそれ? あたしは知らないし、パパの仕事は関係ないもの!」
「別にそれはどうでもいいが、僕には近づかないでくれ。妻に誤解をされたくもない」
「だから、つまってなによ! 和人くんはあたしの婚約者でしょ!」
「自意識過剰の相手に、これ以上付き合う気もない。さっさと消えろ」
「なにいってるのよ!」
騒ぎの中心となっているふたりのそばに、ふたりの大人が近づいてきた。
「……倉敷清香さんですね。実はとある事故についてお話をうかがいたいのです。署までご同行をお願い致します」
警察手帳を見せた男二人に、怯えた様子を見せる。
「なに、いやよ! 助けて、和人くん!」
「……なぜ、そんな必要がある? 立ち入り禁止区域に入り込んで事故を起こし、大怪我をさせたのはお前だろう?」
「なによそれ! あたしはなにも悪くない!」
「そうか、それならさっさといけば? 罪には罰も必要だろうしね」
「助けてよ!」
和人が言う事故について、ほとんどの生徒たちは思い当たる。
……そのせいで、彼らが尊敬する響華が学校に来なくなったのだから。
「何よ……」
まわりの視線が変わったのに気づいたのか、清香が怯えた様子を見せた。そして、和人にすがり付こうとして振りほどかれる。
「和人くん助けて!」
「断る」
「どうしてよ!」
「……そこまでにしていただけませんか?」
いつのまにか、そこにはひとりの女性が立っていた。
マタニティードレスをまとった、美しい女性。
「響華! どうしてここに!」
「わたくしも、最後はご一緒したかったのです」
柔らかく微笑みながら、響華は会場を見渡す。そして、清香で目を止めた。
「倉敷清香さん。人は自らの行いについて責任を持たなければなりません。あの事故現場に清香さんが強引に入り込んだことは、目撃者と監視カメラの映像で明らかです。まずは、その行いについての責任をお取りください。
……それによって、ふたりの人がなくなっておられるのです。
また、倉敷の会社ですが、すでに倒産をされておられます。清香さんのご両親も、行方をくらましてしまっているそうです。
倉敷の弁護士の方が、お話を希望されておりましたので、お会いになっていただくよう、お願い致します。
……警察の方々も、どうか手荒な真似はご遠慮いただくように、お願い致します」
最後に一礼して、響華は和人によりそう。
言葉もない清香は、警察ふたりにつれられて会場を去った。
「あいかわらず、優しいね」
「……ある意味では、わたくしのせいでもございますから」
倉敷の弁護士を手配し、清香の身柄についての保証などについて、響華は手を回していた。
ある意味で、彼女は響華の妹のようなものだったから。
「それでも、これから先のことは清香さん次第です。わたくしができるのは、ここまでですから」
「そうか」
「はい、そうです」
会話が一段落ついたのに気がついたのだろう。
ふたりの回りには親しい人たちがあつまり、響華の腹部に手を触れる女子生徒もいた。
そして、響華は生徒たち、教師たちからの祝福を受けたのだった。
復讐じゃないですよね。
響華は義理の両親にも、実の両親にも思い入れがなかったため、清香に手をさしのべたのでした。