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12 八坂入日売命

天皇が新たに妃を迎え入れることが決まった。さすがに高齢になってきているので、それほど若い娘ではないようであった。


「帝もお元気であることよ」

「どのような方であるのかな?」

八坂之入日子命(やさかのいりびこのみこと)の娘らしい」

「ほう、そうなのですか」


宮中では新たな妃について、さまざまなうわさがすでに飛び交っている。


この妃の名は『ヤサカイリヒメ』という。


「嫁き遅れと聞くが」

「もういい歳の女なのだろう」

「妹媛は美しいと評判だぞ」

「だがご当人は醜女とうわさもある」


このところ、このうわさで大にぎわいである。


ついに天皇に仕えるべく彼女が宮中に上がる日をむかえた。そして、その姿を見た男も女も言葉を失った。

美しい容貌は宮中の女たちの中でも群をぬくであろう。確かに年齢はもうずいぶん高いと思われるが、明るく愛らしい表情をしている。動作は優雅でありながらもキビキビしていて若々しい。そしてなにより威がちがう。


「たいしたことないではないか!」


偉そうにうそぶく男がいたが、彼女が視線を向けただけで、その男はひっと縮こまってしまうのだ。にらんだわけでもなく見てふと笑っただけである。まるで戦をくぐり抜けたもののふかと思わせる気配を何かの拍子でみせつけることがある。


「これほどの媛がおられたとは」

「次の皇后は決まったな」


長く今上天皇の皇后であった針間伊那毘能大郎女(はりまのいなびのおおいらつめ)は先年お亡くなりになっており、その地位が空席となっていた。今回多くの人がヤサカイリヒメがその席を埋めるのではと考えた。






夜、天皇はヤサカイリヒメのもとを訪れた。彼女はお辞儀をしてむかえた。


「ようやく帝のもとに参ることができました」

「そうだな。やっとそなたを手に入れることができたよ」


そう言ってお互い笑いあった。


「よく来た・・・『オトヒメ』よ」


そう。そこに居たのはオトヒメであった。ヤサカイリヒメと名乗り、天皇のもとにやってきたのは、死んだはずのオトヒメだった。


「本当はお姉ちゃんといっしょに来たかったのですが・・・」

「しかたがあるまい」




ことの次第はつぎのとおりである。


もともとオトヒメは姉エヒメとともに三野国を出るとき、天皇の妃になるという話だった。ところが迎えにきたオオウスノミコトは彼女たちの美しさを見ると強引に自分の妻にしてしまった。最高権威者の妃から転落してしまったこと。これがまず第一の不満としてあった。


しかし、エヒメのほうはオオウスノミコトを好きになってしまったので、オトヒメは我慢することにした。気持ちを切り替え華の大和の都を堪能し、宮中で多くの女性たちと交流したり詠会などの行事を楽しんだりしたいと思ったのだ。だが、その願いは叶えられなかった。夫オオウスノミコトは天皇に姉妹を奪ったことを隠すために、彼女たちを屋敷に閉じ込めてしまったのだ。これが第二の不満となる。


姉はそれでも満足していた。彼女は本当にオオウスノミコトがいればそれでいいという感じだった。エヒメはオトヒメをまっすぐで純粋な娘だと思っていたようだが、

(私よりお姉ちゃんの方が、はるかに純情だよね)と思っていた。

天皇の妃になれず、楽しみにしていた生活を奪われたオトヒメは不満を我慢できなくなっていった。

とうとう使いの者を天皇のもとへ送り現状をうったえ、ある策略の実行を願ったのだった。偽の姉妹を連れてきてまでごまかしを行ったオオウスノミコトに腹をたてた天皇はそれにのった。




朝、オオウスノミコトが宮中行事に出かけようとすると、オトヒメに呼び止められた。


「旦那さま。最近お姉ちゃんとお過ごしになることが多いです。もっと私をかまってください」

「オトヒメ、すまない。今夜はそなたと共に過ごすとしよう」


そう言ってなだめようとしたが、オトヒメは夫を逃さない。着物をつかんで、

「今からともに過ごしましょう!」と誘った。


「今から・・・すまないがこれから朝の宮中行事があるのだ」

「一日ぐらいよいではありませんか」


そう言って彼女は甘えるように彼に身を寄せた。姉妹の虜になっているオオウスノミコトはあっさりその日の予定を変えてしまった。


(オトヒメの言うとおり、一日ぐらいいいだろう)


その時は、そんな軽い気持ちであった。だが翌日も翌々日もオトヒメは、あの手この手と彼を妖しい魅力で誘惑する。そうこうしているうちに夜はエヒメ・昼はオトヒメと過ごすようになり、宮中へ顔を出さなくなってしまった。


ここから天皇の出番である。まずは弟のヤマトタケルに兄をさとしてくるよう命じる。そして言うことを聞かないと報告を受けたら、人を踏み込ませエヒメとオトヒメを発見。オオウスノミコトが三野の姉妹と天皇に差し出した女たちが別人であったことの罪を問う。そういう手はずであった。

ここでオトヒメの目論見がくるった。ヤマトタケルが兄を殺してしまったのだ。

オトヒメはオオウスノミコトを殺すつもりはなかった。姉は彼を愛していたので、ともに暮らせるように天皇に頼んでさえいた。天皇も死罪にするつもりはなかった。腹立たしい気持ちはあったが息子なのだ。皇位継承者から外し、しばらく謹慎させ反省を促せばよいと思っていた。

二人はヤマトタケルの父たる天皇への忠義心をはかり損ねていたのだ。


オトヒメは悲しむ姉を見て、

(しかたない。こうなったら二人いっしょに帝のもとに行こう)

と思った。


ここで更にオトヒメの目論見がくるってしまう。姉が夫の仇討ちを行うというのだ。

二人は天皇に保護される前に、大和を出て熊曾に旅立つことになった。


「お姉ちゃんったら・・・帝のもとに行くのは諦めるしかないわ」


彼女は持ち前の前向きさで気持ちをすぐに切りかえた。実際旅に出てみると、国ごとにさまざまな人々と出会い、その地の風習を知ることがおもしろかった。絶景に感嘆することもあった。この旅は姉にとっては仇討ちであっても、オトヒメにとっては物見遊山であったのである。


「これはこれで良かったのかも」


だが相武国で決定的な亀裂が二人の間に入った。姉が財も若さも捨ててしまったことだ。さすがにこれ以上姉にはついてはいけないと思った。今度は自分の身が危うくなるのではと恐怖を感じたのだ。

総てが終われば、姉とともに三野へ戻り、恋や納得できる結婚もしたかった。いろいろ楽しく遊びたかった。しかし、それはもうかなわないと判断した。


腹をくくってしまえばためらわず行動する。かつてエヒメはオトヒメについて「あっさり思いきったことをする」と評したが、その通りである。

彼女は心から愛していた姉を切り捨てた。死んだと姉に思わせて自殺に追い込んだのだった。後悔も罪悪感もなかった。

しかし、その死を悼む気持ちはあった。姉が死んだと聞くと

「可哀想なお姉ちゃん・・・」

と言って、大泣きするのだった。


その後、オトヒメは天皇にもう一度接触してみた。ダメもとである。

だが天皇は彼女がそれほど自分を慕ってくれているのかと喜び、迎え入れることにした。オオウスノミコトが連れてきた偽のエヒメとオトヒメがいるため、八坂入日子命の娘として、新たにヤサカイリヒメと名を変えさせた。死んだ息子を貶めることも、自分が騙されていたことも周囲に知られないように配慮したのだ。


こうしてオトヒメは天皇の妃として宮中にやって来たのだった。


「そなたほど愛らしく、行動的で、頭の良い女は他におるまい」

そう言って、天皇はオトヒメを抱きよせた。


(私の人生、まだまだこれからなんだから!)

オトヒメは新しい自分に希望をふくらませた。




その後もオトヒメは要領よく行動したのだろう。首尾よく皇后おさまり、天皇との間に生まれた子・若帯日子命(わかたらしひこのみこと)はのちに第十三代 成務天皇として即位することになる。


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