家族からの手紙
「――今日もありがとう、ドクター」
「……いえ、アデアさん。僕はただ、代読させていただいているだけですので」
ある日の、麗らかな昼下がりのことです。
豊かな緑に透き通る小川、蜂蜜色の家屋が彩る牧歌的な村にひっそりと佇む小さな病院――その一室にて、二人の男性が穏やかに微笑み言葉を交わしています。一人は当院の医師、一人は医師が担当している患者です。患者であるアデア宛てに、彼の家族から定期的に手紙が送られているとのことで、ほとんど目の視えないアデアの代わりに今しがたまで医師が手紙を代読していた――恐らくは、そのような光景かと思われます。
それでは、アデアに関してですが――かれこれ20年前の30代半ば頃、兵隊として国家から招集され、妻と二人の子をおいて一人戦地に赴くこととなりました。兵隊としての過酷さ、そして愛する家族と会えない日々に深く心を苛まれながら、それでも家族のことを一心に想い耐えてきました。およそ一ヶ月ごとに送られる家族からの手紙を支えに、必ずや愛する家族の下へ戻るべく心を強く持ち耐え抜いてきました。
そして、招集からおよそ15年――永きに渡る戦がようやく終わり、ついに愛する家族の下へ戻れることになりました。
ですが、その頃には、アデアの身体は見るも痛ましい状態になっていました。身体は五体満足とはほど遠くほとんど動かせず、今の自分が戻っても愛する家族に相当な負担をかけてしまうと考えたアデアは、家族に何も告げず病院で過ごすことを決断しました。それからというもの、一日の大半をベッドの上で過ごすことを余儀なくされていました。更には重病を患っていて、生命が永くないことをアデア自身も知っていました。
それでも、アデアには希望がありました。およそ一ヶ月ごとに届く妻、息子、娘からの手紙です。家族に何も告げていないため、入院以降は手紙が届くことはありませんでした。自身が決断したこととは言え、愛しき家族からの言葉が全く届かないこの状況はアデアの心を日に日に深く苛んでいき、日を追うごとに目に見えて窶れていきました。
ですが、入院から半年以上が経過した頃でした。アデアを深く気の毒に思っていた医師が、アデア自身の意思に背くとは知りつつも、それでもついに家族へ居場所を伝えたとのこと。そして、入院からおよそ一年後――再び、家族からアデアの下へと手紙が届くようになったとのことです。尤も、自ら伝えないと決めた自身の居場所を家族が知ってしまったことに複雑な気持ちのアデアでしたが、それでもやはり深い喜びを感じていました。家族からの手紙を医師に読み聞かせてもらうことが、アデアの何よりの楽しみになっていました。そして、この時間を励みに日々を力強く生きていました。
ですが、それでもアデアの病気は時を経るごとに篤くなっていきます。そして、ある静かな夜のこと――とうとう、その瞬間が来てしまいました。




