35話(頭の痛いお話)
お屋敷へと戻ったわたくしは、早速お父様の書斎へ向かい、思いついたばかりの『未来のためのどんぐり計画』についての説明を始めました。
オークが船の材料として生かされるまでには、八十年から百五十年という非常に長い年月がかかります。ですから、お父様にも分かりやすいように、まずは具体的に三つの段階に分けて簡単に説明いたしました。
第一に、秋になったら領民総出でどんぐりを集めること。
第二に、集めたどんぐりをまずは畑で数年間じっくりと育てること。
第三に、ある程度大きくなった苗木を山へと植え替えること。
「それに、森の中をよく探せば、自然に育ったオークの幼木もたくさんありますわ。それを丁寧に掘り起こして、新しく伐採した場所へ植え替えるのも有効ですの。これらを毎年計画的に行っていけば、我が領地の豊かな森はずっと守られますわ!」
このように具体的な手順を立てて説明すると、お父様は目を丸くして、とても驚いた顔をなさいました。
「ルシアン、お前は一体いつの間にそんなことまで調べたのだ?」
「だってお父様、これからは我が家がこの領地を、そして領民の皆様を守っていかなければいけないのですよ? それくらい先々のことまで考えて行動しなければ。今までの一商人の頃とは違うのです。わたくしたちは、この地を治めるという重大な責任を背負ったのですから」
わたくしが真っ直ぐに見つめて告げると、お父様はさらに驚いたように息を呑み、それから本当に嬉しそうに、目を細められました。
「ルシアン……お前の言うことはもっともだ。一時の利益に目を奪われて故郷の森を枯らしては、それこそ元も子もないな。ああ、分かった。これからは私も覚悟を持ってこの領地、未来を見据えて守っていく。だから安心しなさい」
お父様が力強く頷いてくださったので、わたくしがホッと胸をなでおろした、その時です。
お父様はふっと真面目な顔になり、少し言いにくそうに急に話を切り出してこられました。
「ところでルシアン、実は今日、王家から直々に書簡が届いたのだがな。その内容が……なかなかに頭の痛いものでな。アルファンブラ帝国から、この間私たちが謁見したあの第一王子殿下が、親善のために我が国へお越しになるそうなのだ。そして、滞在中の通訳として、名指しでお前のことを指名してきたのだよ」
「えっ……!」
お父様の突然の発言に、今度はわたくしの方が驚いて声を上げてしまいました。
(……なるほど。先日お手紙に書かれていた『近々会えることを楽しみにしている』とは、このご訪問のことだったのですね!)
あのお言葉をすっかり単なる社交辞令だと思い込んでいたわたくしは、今更ながらその意味を理解し、心の中で苦笑しました。
「確かに、この前の謁見で通訳を務めたのがわたくしでしたから、流れとして理解はできますが……。第一王子殿下のご来訪となれば、当然、王宮で盛大な歓迎舞踏会が催されますわよね? その時に向けられる周囲の貴族たちの視線を考えると、さすがに躊躇してしまいますわ」
ただでさえ『成金の娘』と陰口を叩かれていたわたくしが、領地持ち男爵家になり、さらに帝国の皇太子の通訳としてその隣に立つとなればやっかみや好奇の目に晒されるのは確実ですわ。
「まあ、どちらにしても我が家に『断る』という選択肢は存在しないのだがな」
「それは分かっていますけれど……」
お父様のため息混じりの言葉に、わたくしも肩をすくめました。王命と同じ意味を持つこの指名を断れるはずがありませんものね。
「まあ、起きていないことを今から考えても仕方がありませんわね! わたくしはわたくし。いつもの通り、周囲の雑音は、すべて右の耳から左の耳へ聞き流すだけですわ」
「ルシアン、それから今回の帝国の訪問で一つ懸念があるのだよ」
「なんですの? お父様」
「帝国がこちらの国へ正式にやってくれば、国王陛下も我々に与えたこの領地がどれほど莫大な価値を持つものだったか、嫌でも理解することになるだろう。我が領地は造船に不可欠なオークの広大な森を有するだけでなく、おまけに切り出した木材をそのまま港まで筏流しで一気に運べる好都合な川が隣接しているのだからな」
(確かに。レイモンド伯爵はこの領地の真の価値にまったく気づいていなかったのですね。……ですが、もしもその価値に今更気づいた国王陛下が、後悔して『この領地を国へ返しなさい』などと横暴なことを言い出したら……?)
これほど造船業にうってつけの立地は、大陸中を探してもそうそうありませんもの。
「そんなことは認められませんわ」
わたくしがはっきりと告げると、お父様はニヤリと笑いました。
「だからこそルシアン。今回の帝国の親善訪問で、我がノートル家と帝国がどれほど強固な信頼関係を結んでいるかを、王宮の者たちへ見せつけてやらなくてはならん。お前の腕の見せどころだ」
「ふふふ、お任せください、お父様。我が家の利益と領民の幸せ、そして造船業の未来のためにも、完璧に通訳という立場を利用してみせますわ!」
わたくしは胸を張って答えました。
領地を繁栄させるための新しい事業と、それに伴う『未来のためのどんぐり計画』。やるべきことは山積みなのですから、国王の後悔や、貴族たちの面倒な人間関係に頭を使う暇はありませんわ! さっさと片付けてしまいましょう。
(……それに今回の件が上手くいけば、お父様が幼い頃からわたくしに教育を施してくださったことへの恩返しにもなるはず。だったら『円満な婚約解消』も仕方がないと認めてくださるわ)




