33話(思い込み)
今日は、本当に楽しい一日だった。
いきなり、先触れもせずルシアン嬢の元を訪ねるなんて、私にしてはかなり大胆な行動だったと思う。
それでも彼女はそんな私のことを、快く迎え入れてくれた。そして、またあのルシアン嬢とお父上の秘密の店へと一緒に行くことができた。
帰り道も、二人でのんびりと並んで街を歩きながら、色々な話ができた。……これは、世間で言うところの『立派なデート』というやつではないだろうか。
正直、私はこれまで一度もデートなどしたことがない。何をすればいいのかさっぱり分からず、先日まで我が家に図々しく泊まり込んでいた親友のアルベールを捕まえて、事前に色々教えてもらっていた。
あの時、アルベールは呆れた顔をしながらもこう言っていたな。
『一緒に美味しい食事をしたり、並んで歩きながら他愛のない話をしたり、お互いの時間を共有すること。それができたら立派なデートだよ』
そういえば、今日の私たちの行動はアルベールの言っていたことをすべてやっていた。
それならば、今日のこれは胸を張って『立派なデート』だったと言えるはずだな。
私は心の中でそっとガッツポーズを決めた。そういえば、アルベールは『観劇に誘うのも王道だ』とも言っていたな。よし、今度は彼女を観劇に誘ってみることにしよう。
(だが……観劇は前に何度か誘って、その度に断られていたような……。まあもしかしたら今なら違うかもしれないな)
あの幼い頃の少女がルシアン嬢だと分かり、互いの記憶を確かめ合ってから、心の距離は確実に縮まっている気がするのだ。
だからこそ今日、彼女の方から『馬車はおいてゆっくり歩いて行きましょう』と提案された時は本当に嬉しかった。彼女も私とのんびりと会話を楽しもうとしてくれているのだなと思い、舞い上がってしまった。
心配していた、アルファンブラ帝国から来たという三人の若い技術者たちについても、どうやら私の心配しすぎだったようで安心した。
彼らは森林地帯の民家に隔離(いや、借り上げ)されており、ルシアン嬢との間にこれといって接点はないようだった。
だが、それよりも、アルベールが自国へと帰る際に残していった言葉が、どうしても頭の中から離れなかった。
『いいかリチャード、これだけは言っておく。アルファンブラ帝国の第一王子殿下が、ルシアン嬢のことをかなり気に入っていらっしゃる様子だった。うっかりしていると、王子に横から攫われるぞ。本当に気をつけろよ』
まったく、思い出すだけで胃が痛くなってくる。何故、第二王子がすでに結婚しているというのに、先に生まれた肝心の第一王子が未だに独身でいるのだ? 帝国の皇太子ともあろうお方が、他国の、それも私の婚約者に目を付けるなど到底許すことなどできない。
(……それにしてもアルベールの奴、親友のくせして少しも役立たない。どうして彼女には自国に《立派》な婚約者がいると伝えなかったのだ? もっとも伝えたところで、権力で奪い取るつもりなのか? だめだそんなこと絶対に許さない)
彼女は早速、オーク材をどう加工するかを楽しそうに考えているようだった。近いうちに、商談のために再び帝国を訪れることもあるだろう。
(今度ルシアン嬢が仕事で帝国へ行くというのなら、何が何でも、全ての仕事を放り出してでも必ず一緒に行かなくては……! 船酔いなどに負けてたまるか)
海の向こうにいる、まだ会ったこともない大きなライバルに向かって叫ぶ。
「ルシアン嬢は絶対に渡さないぞ!」
……もっとも、叫んだところで海の向こうまで届くはずもないのだが。
そんな私の決意を知るのは、港に打ち寄せる波音だけだった。




