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第90話:砦の崩壊 ―― 全員救出の数式

 紫電の玉座の間。その中央で、ファビアンは賢者のオーブンを動力源とした巨大な魔導結界を展開し、テオとミーナを人質にとっていた。オーブンから吸い上げられた魔力が、二人を縛る呪縛となり、その命を灯火のように揺らめかせている。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:帝国城塞・玉座の間 ―― 決戦】


「よくぞ来た、魔女アスカ! そして陛下! このオーブンは既に陛下を帝都に縛り付ける『呪縛の玉座』へと完成している! この結界が破れると同時に、陛下はオーブンへ、そして子供たちは虚無へと吸い込まれるだろう!」


 ファビアンが狂気を孕んだ声で高笑いする。オーブンの周囲に展開された無数の魔力線が、テオとミーナの首筋に食い込み、彼らの意識を朦朧とさせていた。


「お姉ちゃ……ん……」


「アスカ、さん……」


 アスカの瞳が、怒りに燃える輝きを放った。


  「……卑劣極まりないわ。あなたの演算は、常に最低最悪の変数を導き出す。……私は、あなたがゼノスの執事としての『喜び』を奪うことを許さない!」


「アスカ、待って! 下手に攻撃すれば、オーブンが暴走し、子供たちが……!」


  リサが叫ぶ。その言葉に、シュシュも不安そうにアスカを見上げていた。


「おやおや、ファビアン。貴様の知略も、随分と底が浅くなったな。……まさか、アスカがその程度の罠で立ち止まるとでも?」


 ゼノスが冷徹に告げるが、その言葉とは裏腹に、彼の視線は揺らめくミーナたちの命に釘付けになっていた。


「アスカ、オーブンの術式は、私の魔力に直結している。私が制御を失えば、子供たちは確実に……」


「問題ないわ、ゼノス」


 アスカは黒髪を凛と揺らし、その指先で虚空に光の数式を展開し始めた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【アスカの無双:精密なる救出劇】


「ファビアン。あなたの術式は『ゼロリスク』を謳っているけれど、それはあなた自身の計算能力が低いから見つけられない『誤差』が存在するからよ」


 アスカが玉座の間を見回した。彼女の瞳には、部屋の隅々まで張り巡らされた魔力線、オーブンの僅かな出力の揺らぎ、テオとミーナの心拍数の変動までが、完璧なデータとして映し出されていた。


「リサ、ゼノスの魔力をあのオーブンから『強制的に切り離す』ための術式を展開して。シュシュ、ミーナの足元にある魔力線の『切断位置』を、私の指示通りに正確にマークしなさい」


「アスカ、そんなこと……!」


 リサが驚愕する。ゼノスの魔力をオーブンから無理やり剥がせば、オーブンが暴走し、周囲が消し飛ぶ可能性がある。


「大丈夫。暴走する『前の』1ナノ秒に、オーブンを『無効化デアクティベート』する」


 アスカは、白のドレスを翻しながら空中に浮いた。その姿は、まるで嵐の中で咲き誇る一輪の白い花のようでありながら、あらゆる法則を書き換える絶対的な力を秘めている。


「――転移座標、設定完了。子供たちの生命維持に必要な最低限の『因果の糸』を、この空間に固定する。……三、二、一。――実行エグゼキュート!」


 アスカが指を弾くと同時に、リサの術式がゼノスの魔力をオーブンから引き剥がし、シュシュがマークした魔力線が断ち切られた。オーブンは暴走の兆候を見せ、内部から紅い光が溢れ出す。

 しかし、その「1ナノ秒」の隙間。 アスカが放った青白い魔力光がオーブンを包み込み、すべての魔力を完璧に「中和」した。まるで、はじめからそこに何もなかったかのように、オーブンの輝きが静かに消える。

 同時に、テオとミーナを縛っていた呪縛が解かれ、二人の体が無重力のようにふわりと浮き上がった。


「――座標、補正完了。……転移シフト


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【奇跡の救出 ―― そして崩壊】


 アスカの瞳が煌めくと、宙に浮いたテオとミーナの体が、瞬時にアスカの腕の中へと転移してきた。 ガシャン、と大きな音を立てて、オーブンが停止し、その場に崩れ落ちた。


「お姉ちゃん!」


「アスカさん!」


 二人の無事を、アスカは無機質な瞳で確認する。


「おやおや。私の魂の接点を破壊するとは。……アスカ、あなた、後で責任を取ってくれますよね?」


 ゼノスが苦笑しながら、しかし安堵したように息を吐いた。


「フン……。卑劣極まりない。貴様は本当に、救いようのない魔女だ……!」


 ファビアンが絶望の表情で崩れ落ちる。彼が必死に守ろうとしたオーブンはただの鉄屑となり、計画は完全に瓦解した。だが、玉座の間全体が轟音を立て、天井から巨大な亀裂が走り始める。


「アスカ、この砦、崩壊を始めたわ! あんたの精密な計算でも、この規模の瓦礫は……」


 リサが焦った声を上げる。


「大丈夫。瓦礫の『落下速度』と『落下地点』を計算すればいいだけのこと。……ゼノス、リサ、シュシュ。三、二、一。――転移テレポート!」


 アスカが二人の頭を抱え、再び空間転移の魔法陣を展開する。崩れ落ちる玉座の間が、眩い光の中に消えた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


 ドォォォォォン!!


 帝都城塞の中央部で、轟音と共に巨大な爆発が発生し、玉座の間が完璧に崩壊した。 その煙が晴れる頃、帝都の城壁の上に、白のドレスを纏ったアスカと、彼女の腕の中で安堵の息をつくテオとミーナ、そしてゼノス、リサ、シュシュの姿があった。


「……計算通りね。誤差はゼロ。……これで、私の日常の変数が、すべて正しい位置に戻ったわ」


 アスカは、二人の頭を優しく撫でた。その瞳に宿る蒼い光は、もはや怒りではなく、大切なものを守り抜いた「満足」を湛えているようだった。

 遠く、崩壊した城塞の瓦礫から、ファビアンの断末魔のような叫び声が、風に乗って微かに届いた。


「おのれ……魔女……!!」


 だが、アスカはその声に耳を傾けることなく、夜空を見上げた。 月の光が、彼女の白のドレスを優しく照らしている。 最強の賢者が、ただ「日常」を取り戻すために振るった、圧倒的な力と美しさ。その存在は、今夜の帝都に永遠に刻み込まれるだろう。


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