表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/93

第68話:帝都からの闖入者

【舞台:古本屋『VOID』・リビング】


 エルムに訪れた春の陽光が、こたつで丸くなるアスカの黒髪を艶やかに照らしていた。帝都での激闘を終え、ようやく手に入れた平穏な日常。しかし、その静寂はリサの鋭い叫びによって破られた。


「ちょっと、アスカ! 庭が、庭が大変なことになってるわよ! 何なのこれ、キラキラ光る木がいっぱい生えてるんだけど!」


 アスカが重い腰を上げて窓の外を見ると、そこには整然と並んだ「黄金の苗木」が、物理法則を無視した成長速度で枝を広げていた。


「……計算外。しかもこの魔力波長は極めて不快。特定の個人に対する嫌悪感が、論理回路を直接逆撫でする……」


 アスカがこめかみを押さえた瞬間、リビングのドアが音もなく、しかしこれ以上なく優雅に開いた。


「やあ、アスカ。戻って早々に悪いが、帝国の最新農業魔導の成果を届けておいたよ。君の庭なら、きっと素晴らしい実を付けると思ってね」


 そこには、最高級のシルクで作られた執事服を完璧に着こなし、銀のトレイを捧げたゼノスが立っていた。


「……ゼノス。あなた、自分の国はどうしたの。皇帝が他国の古本屋で執事ごっこなんて、非論理的にも程があるわ」


「皇帝の仕事なら、信頼できる部下たちに丸投げしてきたよ。今の私は、君という『退屈を壊す神』に仕える一人の有能な使用人に過ぎない」


 ゼノスが深く一礼する。その背後から、騒ぎを聞きつけたVOIDの仲間たちが次々と姿を現した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【VOIDメンバー、集結】


「……あ、あの。ゼノスさんが、勝手にキッチンで最高級の茶葉を蒸らしてたんだけど……」


 ミーナが困惑した表情で、ゼノスが持ってきたティーセットを指差す。


「お姉ちゃん、どうすればいい?」


「……変なキラキラの木。……登ってもいいのかニャ?」


 シュシュが、しなやかな足取りで窓枠に飛び乗り、苗木を見て呟く。


「待て、シュシュ。……こいつ、魔力の底が見えない。ただの変態じゃなさそうだ」


 レオンが険しい顔で杖を構える。その隣では、カイルも青い魔導衣の袖をまくり、杖を構えていた。


「アスカ様! 彼が例の皇帝ですか? エルムに仇なすつもりなら、僕の魔法で今すぐ追い出してご覧に入れましょう!」


 カイルが魔力を練り、攻撃呪文の準備を始める。


「やめたまえ、若き魔術師よ。私は今、アスカが糖分不足で演算能力を低下させているのを憂慮して、最高のアップルパイを焼くための提案に来ただけだ」


「……アップルパイ?」


 アスカの眉がぴくりと動く。その隙を逃さず、ゼノスは苗木と一緒に届いた一冊の古い魔導書を広げた。


「そう。この『黄金のリンゴ』には、伝説の『賢者のオーブン』が必要不可欠。そしてそのオーブンの在処を示す地図が、これだ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【究極のパイへの導線】


 魔導書の裏表紙から、青白い光と共に立体的な地図が浮かび上がる。アスカの瞳が、無意識のうちにその座標を解析し始めた。


「……この魔力構成。……古代文明の超高効率熱伝導システム……。もしこれを使えば、パイ生地の層をナノメートル単位で制御し、糖分を脳内血流へ最速で届けることが可能になる……」


「アスカ、目が『演算モード』になってるわよ!」


 リサが呆れたように叫ぶが、アスカの知的好奇心は既に臨界点に達していた。


「……決めた。この地図の場所へ行く。材料を揃え、そのオーブンで究極のアップルパイを焼く。これは私の脳に対する『論理的な義務』よ!」


「私も一緒にいきます! 魔法で援護を完璧にこなして見せますよ」


 カイルが意気揚々と杖を振る。


「……リンゴ、早く食べたいニャ」


「私も、お姉ちゃんがそう言うなら、美味しいパイのために頑張る!」


 ミーナとシュシュも乗り気だ。レオンは溜息をつきながらも、アスカを一人で行かせる気はないようだ。


「……なら、私も行くわ。この変態皇帝を一人にして、また変な魔法陣でも敷かれたらたまったもんじゃないし!」 リサが腰に手を当ててゼノスを睨む。ゼノスは満足げに微笑んだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


 エルムの街の入り口。 ゼノスが指を鳴らすと、四頭の魔導馬が引く、宮殿のように豪華な魔法馬車が虚空から現れた。


「……ゼノス。言っておくけど、これ、ピクニックじゃないから。……究極の論理を形にするための、聖戦よ」


 アスカが首にかけた『全権大使の証』のメダルを、不機嫌そうに、しかし誇らしげに握る。


「もちろんだ。……君のその真剣な眼差しこそ、私の旅の最高のスパイスだよ」


 春の陽光の下、黒髪の賢者、執事姿の皇帝、魔術師たち、そして黒猫が、一台の馬車に乗り込む。 古本屋『VOID』の看板が風に揺れ、賑やかすぎる一行の影が、街道の先へと伸びていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ