表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/94

第63話:光速の思考、盤上の対話

 地下大空洞の冷気が、盤面から立ち昇る熱気と衝突し、微かな霧を生んでいた。帝国式将棋。それは駒を動かす物理的な遊戯だけではない。互いの魔力を盤上に流し込み、数千、数万の未来の分岐を同時に演算し、相手の思考の終着点デッドエンドを先に突き止める、極限の精神戦である。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:地下大空洞・中央対局場】


 静寂の中に、駒が盤を叩く硬質な音だけが響く。だが、その一音の背後では、アスカとゼノスの間で、光速に近い情報のやり取りが交わされていた。


「……ッ。術式展開――『予測演算プレディクション・並列処理1024層』」


 アスカの黒髪が、溢れ出す魔力によって白銀の光を帯びて逆立つ。彼女の脳内では、現在の一手から派生する数万通りの局面が、凄まじい速度で構築されては棄却されていた。


「無駄だよ、アスカ。君が構築したその未来、私は三手前に既にデバッグ済みだ」


 ゼノスは優雅に駒を滑らせた。その瞬間、アスカの視界に展開されていた未来の分岐図が、まるでガラスが砕けるように音を立てて崩壊する。


「なっ……!? 私の『王将』の退路が……消失した? いえ、違う。……あなたは私の予測そのものを誘導したのね……!」


「その通りだ。君は正解を導き出すのが速すぎる。だから私は、君の『正解への渇望』を利用して、君をこの袋小路へと招き入れたのだよ。……さあ、どうする? このままではあと十手で、君の知性は完全に飽和オーバーフローする」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【盤上の対話】


「……黙りなさい。……まだ、リソースの0.1%も使っていないわ。……変数を再定義。論理の階層を一段階下げて、感情という名のノイズを逆手に取る……!」


 アスカは、血の気が引いた顔で盤面を睨みつける。ゼノスの打ち筋は、あまりにも完璧だった。それは攻撃ではなく、包容。アスカの鋭い攻めをすべて受け流し、彼女が放つ論理の刃を、そのまま彼女自身の喉元へと突き返してくる。


「……ねえ、ゼノス。あなたのこの打ち筋……。不快なほどに『優雅』だわ。……一手一手に、相手への敬意と、それ以上の独占欲がこびりついている」


「ははは! 気づいてくれたかい。盤上は対話の場だ。私は今、君の魂に直接語りかけているのだよ。……君の知性は、美しく、そして孤独だ。私がその孤独を、帝国の秩序という名の外套で包んであげようと言っているのさ」


「……お断りよ。……あなたのその重苦しいノイズ、私の論理でデリートしてあげる!」


 アスカは震える指で、自らの『金将』を、定石セオリーから外れた位置へと叩きつけた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【圧倒的な包囲網】


「……ほう。自陣を崩してまで、私の思考の死角を突くつもりか。……だがアスカ、それは悪手バグだ」


 ゼノスの瞳が、黄金の光を放つ。 盤上全体が、ゼノスの魔力によって黄金色の霧に包まれた。アスカが必死に構築した逆転のシナリオが、霧に溶けるように消えていく。


「……あ、……ぁ……」


 アスカの視界が歪む。演算負荷が限界を超え、脳内に激痛が走る。 ゼノスは、アスカがどれほど鋭い一手を指そうとも、それを上回る圧倒的な物量と、何層にも重ねられた罠で彼女を追い詰めていく。リサが横で悲鳴のような声を上げるが、今の二人には届かない。


「君の負けだ、アスカ。君の論理は、私の用意した『帝国の正解』の中に、既に閉じ込められている」


 ゼノスは、「詰み」まであとわずか数手の局面を指し示した。アスカの盤上は、もはや防戦一方で、逃げ場のない「詰み」の予感に支配されていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


「……くっ、……うあ……ッ!」


 アスカは吐き捨てるように喘ぎ、頭を抱え下を向いた。黒髪が乱れ広がる。 脳内メモリの占有率は100%に達し、視界の端からノイズが混じり始める。


「……どうしたんだい、アスカ。君の誇り高い論理は、もう終わりかな?」


 ゼノスは勝利を確信した。

 その時、下を向いているアスカの口元が、一瞬だが歪な形に吊り上がった。

 顔を上げたアスカの瞳には、絶望ではなく、獲物を罠に嵌めた狩人の冷徹な光が宿っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ