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第61話:帝国の真意と孤立

 帝都の宮殿は、昼間でも窓の配置一つに至るまで幾何学的な影を落とし、住まう者の精神を規定の枠組みへと押し込める。アスカの執務室の階下に隠されていたのは、帝国が数百年をかけて築き上げた、おぞましくも美しい「合理性の怪物」だった


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:帝都宮殿・地下大空洞「法陣の心臓」】


 ゼノスに導かれ、アスカとリサが降り立ったのは、宮殿の地下深くに広がる巨大な空洞だった。そこには、数万もの水晶の管が血管のように張り巡らされ、鈍い青光を放つ巨大な魔導回路が脈動している。


「……これが、あなたの求めていた『退屈しのぎ』の正体ね。ゼノス」


 アスカは手を強く握りしめた。彼女の眼前に広がるのは、帝国のあらゆる徴税、魔力分配、治安維持を一括制御する「国家管理システム」の基幹だ。だが、その中枢は空洞になっており、まるで誰かが座るのを待っているかのように、椅子のような形をした接続端子が鎮座していた。


「退屈しのぎなどという言葉で片付けないでおくれ。……見てごらん、アスカ。このシステムは完璧だ。だが、たった一つだけ欠けている。……数千万の民の意志を同時に処理し、最適解を導き出し続ける『無欠の演算機』。……つまり、君の脳だよ」


 ゼノスの言葉に、リサが悲鳴に近い声を上げる。


「……本気なの!? アスカをこの機械に繋いで、一生ここで計算させ続けるつもり!? そんなの、ただの生体パーツじゃない!」


「リサ、君はいつも感情的だ。……アスカ、君なら理解できるはずだ。個人の自由などという曖昧な概念よりも、この国全体を君の知性で最適化し、すべての悲劇を未然に防ぐ……これ以上の『合理的な正解』がどこにある?」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【知性の監禁】


 ゼノスはゆっくりと、まるで愛を囁くようにアスカへ歩み寄った。


「君は、誰にも理解されない孤独な高みに立っている。ならば、いっそ国家そのものになってしまえばいい。……君がこの『心臓』に座れば、君の思考は帝国そのものとなり、君の瞬き一つで川の流れさえも制御できる。……永遠の安定と、無限の演算。これこそが君にふさわしい、最高の『檻』だとは思わないか?」


 アスカは、周囲の魔導回路から発せられる高周波のノイズに、眩暈めまいを覚えた。


「……あなたが私に解かせていたあの『難問』は……。このシステムの接続テストだったのね。……私の思考パターンを、この機械に同期させるための、前段階の同期シンクロ……」


「正解だ。さすがはアスカ。君の脳は、既にこのシステムとの親和率99%を記録している。……もはや、エルムに帰る道など、論理的に消滅しているんだよ」


 ゼノスが指を鳴らすと、空洞の出口が重厚な魔導障壁によって封鎖された。アスカの知性が、帝都という名の巨大な機構に取り込まれようとしていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【絶望の沈黙】


「……っ。デバッグ……してやるわ。こんな、人を部品扱いするような醜悪なシステム、私が根底から……」


 アスカが右手を掲げ、破壊術式を起動しようとした。しかし、その指先からは、小さな火花すらも生まれない。


「……な……っ。魔力が……循環しない……?」


「無駄だよ、アスカ。この部屋そのものが、君の魔力を強制的に吸収し、システムの維持エネルギーへと変換するように設計されている。……君が抵抗すればするほど、帝国はより盤石になる。……皮肉なものだね、君の強さが、君自身を縛る鎖になるのだから」


 ゼノスは、動揺を隠せないアスカの頬に、優しく、けれど冷徹に触れた。


「……さあ、アスカ。諦めて、私の一部になりなさい。……君の知性が、私の支配する世界を美しく彩るその瞬間を、私は夢見ていたのだから」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


 アスカは、その場に力なく膝をついた。 周囲を埋め尽くす青白い光の奔流。それは、かつて彼女が愛した「純粋な数式」の成れの果てであり、今は彼女を飲み込もうとする巨大なあぎとに見えた。


「……リサ……」


 助けを求めるように呟いたが、リサもまた、ゼノスの放つ圧倒的な威圧感の前に、一歩も動けずに立ち尽くしていた。 黒髪が、地下の冷たい風に虚しく揺れる。 最強の賢者が、自らの「知性」という武器によって、逆説的に「自由」を完全に奪われた瞬間だった。


「……不快だわ。……こんなの、解が出るはずのない……最低のクソゲー(無理ゲー)よ……」


 アスカの絶望に満ちた呟きは、システムの脈動する重低音にかき消され、誰に届くこともなかった。 帝都の深淵で、白銀の賢者は独り、孤独な孤立の中に沈んでいった。


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