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第58話:帝都魔導大学の洗礼

 帝都アルカディア。それは、幾何学的に整えられた白亜の街並みと、空を貫く無数の魔導塔がそびえ立つ、論理と権力の結晶体だった。アスカを乗せた帝国の魔導馬車は、その整然とした美しさそのものが「支配」を意味する街の中央を抜け、世界最高峰の学び舎へと到着した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:帝都魔導大学・大講堂】


 三千人を収容可能な大講堂は、異様な熱気に包まれていた。階段状の座席を埋め尽くすのは、帝国中から集められた若きエリート魔導師たち。彼らの視線は、教壇に立つ小柄な麗人――白銀のドレスを纏い、艶やかな黒髪をなびかせたアスカに、品定めをするような鋭さで注がれていた。


「……静粛に。私の演算時間をこれ以上、あなたたちの無駄な私語で消費させないで」


 アスカが冷徹な声を響かせると、講堂の室温が数度下がったかのような静寂が訪れた。彼女は黒板を一度も見ることなく、空中に数千の数式を魔力で投影し始めた。


「今日、私があなたたちに教えるのは『術式展開における非効率の徹底排除』よ。帝国式の魔導構造は、無駄な装飾エレガンスに拘泥しすぎて、応答速度レスポンスが致命的に遅い。……この術式を3秒以内に簡略化できる者がいるなら、前に出なさい」


 アスカが提示したのは、国家級の防御魔法の心臓部だった。 どよめきが起こる中、最前列に座る「帝国の天才」と目される学生が立ち上がった。


「失礼ながら、アスカ教授! その簡略化では、魔法が発動した際の『光の軌跡』が損なわれます。我ら帝国の魔法は、美しくなければならないのです!」


「……不毛だわ。美しさが敵の物理攻撃を防いでくれるとでも思っているの? 12ミリ秒の遅延が、あなたの生存確率を15%低下させる。……美しさよりも、生存という解を優先しなさい。……次」


 アスカの容赦ない論理のメスが、学生たちのプライドを次々と切り裂いていく。講堂は次第に、圧倒的な知性にひれ伏す屈辱と畏怖の色に染まっていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【皇帝の介入】


「――そこまでにしておきたまえ。あまりに正論すぎて、彼らの未来が萎縮してしまうよ」


 講堂の最上段、貴賓席の影から、穏やかで深みのある声が響いた。 皇帝ゼノスだ。彼は一人で階段を下り、アスカの立つ教壇へと歩み寄った。学生たちが一斉に起立し、最敬礼を送る。


「ゼノス……。またあなたの『説得』で私の講義を邪魔しに来たの?」


「邪魔だなんて心外だな。私はただ、君の講義に欠けている『最後の定数』を補いに来ただけさ」


 ゼノスは教壇に立つと、アスカが投影した「効率のみを追求した無機質な数式」を指先でなぞった。


「アスカ、君の解は確かに完璧だ。だが、それでは『人は動かない』。魔法とは、人の意志を現象に変換する芸術だ。……君の数式は、あまりに正しすぎて、受け取る側に『感動』という名の余力を与えない」


「……感動? 非論理的な感情論を持ち込まないで。魔法は結果がすべてよ」


「いいや、過程こそが真実だ。……見ていなさい」


 ゼノスが空中に、アスカの術式と同じ効果を持つ、けれど全く異なる魔導陣を描いた。それは複雑に重なり合い、まるで大輪の薔薇が咲き誇るような、息を呑むほど美しい幾何学模様だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【優雅さの証明】


 ゼノスがその陣に微かな魔力を通すと、講堂全体に柔らかな黄金の光が降り注いだ。 学生たちは、その美しさに息を呑み、次の瞬間、まるで魂を奪われたかのように、熱烈な喝采を送った。アスカの論理で打ちのめされていた彼らの瞳には、今や「この魔法を学びたい」という、純粋な渇望が宿っていた。


「……っ。出力効率は……私の術式の80%にまで落ちている。……なのに、どうして……」


「これが『優雅さ』という名の引力だ。アスカ、君の論理は人を屈服させるが、私の優雅さは人を導く。……教育には、冷徹なデバッグよりも、熱い憧憬が必要なのだよ」


 ゼノスはアスカの肩に手を置こうとしたが、彼女はそれを鋭く払い、唇を噛んだ。


「……私の計算に……『観客の心理』という変数は入っていなかった。……不快よ。あなたのその、余裕ぶった教え方……」


「ははは! それでいい、アスカ。不快感こそが、新たな発見へのトリガーだ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


 講義が終わった後の、夕暮れの大講堂。 学生たちが去り、静寂が戻った空間で、アスカはゼノスが残した「薔薇の術式」の残滓を一人で見つめていた。


「……優雅さ、ね。……非効率極まりないのに、どうして……こんなに、網膜に焼き付いて離れないのかしら……」


 アスカは、指先でゼノスの描いた曲線をなぞってみた。漆黒の髪が夕陽を浴びて、深い赤色を帯びて輝く。彼女の脳内メモリは、今やゼノスという名の「理解不能な美学」によって、これまでにない負荷ストレスを強いられていた。

 窓から差し込む帝都の夕陽が、アスカの黒髪と白銀のドレスを美しく浮かび上がらせる。 最強の賢者が、自らの論理の壁の外側に広がる「人の心の深淵」を、初めて意識した瞬間だった。


「……デバッグしてあげるわ、ゼノス。……その、無駄に美しい微笑みごと、私の論理で塗りつぶしてあげる」


 アスカの独り言は、高すぎる天井へと消えていった。帝都での彼女の戦いは、まだ始まったばかりだった。


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