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第52話:銀世界の侵入者

【舞台:エルムの街・郊外の雪原】


 エルムの街を包む雪は、数時間前からその質を変えていた。 空は鉛色に淀み、吹き付ける風は皮膚を切り裂くナイフのような鋭さを持って荒れ狂っている。それは自然の摂理を超えた、何者かの魔導によって強制的に引き起こされた「局地的極低温状態」だった。


 街の外れ、白銀に埋もれた街道の先に、数人の影が音もなく現れた。 彼らは王都の過激派組織「鉄血の論理」。魔導を軍事技術としてのみ定義し、アスカのような「制御不能な超知性」を国家の火種として排除しようとする者たちだ。


「……観測開始。目標、古本屋『VOID』。ターゲットの魔力波形に大幅な減衰を確認。……病後による演算リソースの低下、確率92%」


 先頭に立つ男――執行官ヴァイスが、機械的な冷徹さで告げた。彼の纏う漆黒の防寒魔導具が、周囲の熱を吸い取り、さらに雪を激しくさせていく。


「賢者アスカ。貴女の知性は、人類には過ぎたる毒だ。……この凍てつく論理の中に、沈むがいい」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【古本屋『VOID』の異変】


 一方、店内のリビングでは、アスカがリサの淹れた紅茶を一口飲み、眉を寄せた。


「……リサ。紅茶の温度低下率が、異常よ。対流による放熱係数を差し引いても、この三秒間で1.2度の誤差が出ている。……街の結界に、外部からの『熱量剥奪ドレイン』が干渉しているわ」


「えっ……? 外はただの吹雪じゃないの?」


「違う。これは『意志』を持った雪よ。……私の体調が万全でないこのタイミングを狙うなんて、実に……実に合理的で、不愉快な選択ね」


 アスカは、まだ少し青白い顔を上げ、傍らに置いていた「白銀のドレス」へと手を伸ばした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【過激派の襲来】


「アスカ! 大変だぞ!」


 ドスンと音を立ててドアが開き、レオンが飛び込んできた。彼は雪まみれになりながら、剣の柄を固く握りしめている。


「街の入り口に、不気味な連中が現れた! 街の衛兵たちが、触れただけで凍りつかされて動けなくなってる。……奴ら、間違いなく君を狙ってる!」


「……わかっているわ、レオン。わざわざ騒ぎ立てなくても、私の魔力センサーがノイズを感知しているわ」


 アスカは静かに立ち上がった。彼女の纏う白銀のドレスが、周囲の凍てついた空気を撥ね除けるように、淡い光を放ち始める。


「お姉ちゃん、まだ体調が……!」


 心配するミーナの手を、アスカはそっと制した。


「リサ、ミーナを連れて地下へ避難しなさい。あそこなら、私の展開する『事象固定』の守護が最も強く働く。……いい? 私の演算が終了するまで、決して外には出ないで」


「アスカ、あんた……一人でやる気!? まだフラフラじゃない!」


「リサ。……私の指示は、常に『最適解』よ。ミーナを守れるのは、あなたの防御魔法だけ。……行きなさい。これは、私のプライドを懸けたデバッグなの」


 アスカの揺るぎない視線に、リサは唇を噛んで頷いた。


「わかったわ……。死んだら承知しないからね!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【雪原の対峙】


 街の中央広場。猛吹雪の中に立つヴァイスたちの前に、アスカが姿を現した。 雪を撥ね除け、汚れ一つない白銀の輝きを放つドレス。その黒髪が、荒れ狂う風に美しく舞う。


「……『鉄血の論理』ね。王都の腐った計算機たちが、私を廃棄しに来たというわけ?」


「賢者アスカ。貴女の演算能力が低下しているのは明白だ。我々の構築した『凍土の牢獄』からは、貴女の衰えた知性では脱出できない」


 ヴァイスが手をかざすと、地面から無数の氷の杭が突き出し、アスカを取り囲んだ。空気中の水分が一瞬にして結晶化し、アスカの視界を、自由を、熱を奪い去ろうとする。


「……演算能力の低下? 確かに、私の脳内メモリの5%は、今もミーナが作ったお粥の消化に割かれているわ」


 アスカは、ドレスの袖から指先を出し、虚空に一つの極小の魔法陣を描いた。


「……けれど。残りの95%だけで、あなたたちの存在意義を否定するには……十分すぎる」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


 アスカが指を弾いた瞬間、周囲を囲んでいた氷の杭が、まるで最初から存在しなかったかのように、一瞬で「光の粒子」へと昇華した。 吹雪の轟音が止み、アスカの周囲だけが、真空のような、絶対的な「無」の静寂に支配される。


「……さあ、始めましょうか。……この銀世界を、私の冷徹な論理で塗り替えてあげる」


 黒髪をなびかせ、白銀のドレスで雪原に立つアスカ。 病み上がりの賢者が放つ、圧倒的な威圧感と知性の煌めきが、冬の夜を青白く照らし出していた。


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