第19話:魔境のピクニック:リサの強引な休日(前編)
【舞台:古本屋『VOID』・朝】
エルムの街に、雲一つない青空が広がった朝。古本屋『VOID』の平和は、物理的な「衝撃」によって幕を閉じた。
「はい、全員集合! 今日は『VOID』臨時休業よ! 太陽が呼んでるわ、アスカ!」
リサが眩い金色の髪をなびかせ、アスカの愛読書をパタンと閉じた。その手には、どこから調達したのか、巨大なバスケットと「世界地図に載っていない魔境」が記された古びた羊皮紙が握られている。
「……リサ。今すぐ私の本を返して。それと、私のスケジュール帳には『14時まで仮眠、その後18時まで静読』という完璧なルーチンが刻まれているの。書き換えは許可しない」
アスカは虚空に指先を走らせ、リサの手から本を磁力で奪い返そうとするが、リサはそれをひらりと避けて笑う。
「ダメよ、アスカ! あんた、最近肌が白すぎて不健康。いい? 北の果てにある『虚空の秘湯』には、魔力の乱れを一発で治す効能があるの。さあ、シュシュも準備して!」
「ボクは、暖かいカウンターの上で丸まっていたいですニャ……。ああっ、マタタビの匂いで鼻腔がジャックされたニャ……行きますニャ!」
リサが店先で指を鳴らすと、まるで示し合わせたかのように、いつものメンバーが勢揃いしていた。
「アスカ! リサ殿から聞いたぞ、魔境の視察だな! 私がこの聖剣で、君たちの安全を完璧に保障しよう!」
ピカピカに磨かれた鎧を着込んだレオンが、太陽よりも眩しいオーラを放つ。
「アスカ様! リサ様が仰るには、その秘湯の周辺には未知の術式回路を持つ高山植物が群生しているとか……。論文三本分のアウトプットが期待できます!」
カイルは眼鏡を光らせ、背負い袋からはみ出すほどの研究機材を抱えている。
「お姉ちゃーん、見て! お弁当、いっぱい作ったよ!」
ミーナがテオと協力して、山積みのおにぎりと「お芋のバター焼き」が入った籠を持ち、期待に満ちた目でアスカを見上げた。
「……はぁ。……シュシュ、計算して。私がこの状況から逃亡し、静寂を再構築できる確率は?」
「……0.0001%以下ですニャ。既にリサ様が、店の入り口に『アスカを感知すると爆発する結界』を張ってますニャ」
「……わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」
アスカは渋々、お気に入りの黒いローブの裾を払い、リサの指し示す「北の空」へと視線を向けた。
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【道中:エルムの境界~精霊の森】
一行が街を出て数時間。景色はのどかな田園風景から、巨大な樹木が天を突く「精霊の森」へと移り変わっていた。
「リサ、道が消失しているわよ。定義上の『道』が存在しない領域に足を踏み入れるのは、非合理的……」
「硬いわねぇ、アスカ! 道がないなら、作ればいいじゃない。……ほら、レオン君! 勇者の力を見せてあげなさい!」
「任せろ! ――光輝の一閃!」
レオンが聖剣を抜くと、行く手を塞いでいた巨大な蔓や岩が、文字通り「道を譲る」ように弾け飛ぶ。だが、その背後から現れたのは、色鮮やかな毒々しい花を咲かせる魔界植物の群生だった。
「ひゃあ! お花が追いかけてくる!」
ミーナが叫ぶ。植物たちが意思を持って、アスカたちの足を絡め取ろうと蠢き始める。
「アスカ様、防御陣の展開を……っ!」
カイルが術式を組もうとするが、アスカの方が早かった。
「……目障り。事象書き換え――『植物の移動ベクトルを逆転』」
アスカが指を一本立てると、襲いかかっていた蔓たちが一斉に、自分たちの根元を縛るように絡まり合い、勝手に自滅していった。
「流石アスカ! 効率的ね。でも、もっと遊びがないと……。ほら、ミーナちゃん、これあげる!」
リサがパチンと指を鳴らすと、ミーナの背中に小さな「光の翼」が現れ、彼女の体はふわふわと浮かび上がった。
「わあ! 私、飛んでる! お姉ちゃん、見て見て!」
「リサ! 子供の重力値を不安定にするのはやめなさい。……全く、誰のためのピクニックなのよ……」
毒づくアスカだったが、リサは金色の髪をなびかせ、ズンズンと森の深奥へ突き進んでいく。その背中は、どんな魔境の闇も跳ね返すような輝きに満ちていた。
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【ラストシーン 舞台:虚空の秘湯・渓谷】
森を抜け、視界がパッと開けた。 そこに広がっていたのは、雲の上から流れ落ちる巨大な滝と、青白く光る鉱石が敷き詰められた、幻想的な渓谷だった。
「さあ、着いたわよ! ここが『虚空の秘湯』への入り口。……でも、ここからはちょっと『刺激的』な番人がいるみたいだけど?」
リサが不敵に笑い、渓谷の底を指差す。 そこには、大気を震わせるほどの魔圧を放つ、巨大な**「氷晶の竜」**が静かに眠っていた。
「……リサ。あなた、最初からこれが目的だったのね」
アスカは黒い瞳を鋭く光らせ、ローブの袖をまくり上げた。
「……いいわ。最短経路で、この障害物を『消去』してあげる」
最強の賢者と、金色の髪の師匠。そして賑やかな仲間たちの、波乱に満ちた「休日」は、まだ始まったばかりだった。




