↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

158/178

第157話:餞別の旋律

【舞台:エルムの街・東門前 ―― 惜別の春風】


 春の陽光が石畳を優しく照らし、旅立ちを祝うように風が草原の香りを運んでいた。 街の東門の前には、漆黒の帝国馬車が静かに控えている。その重厚な車輪は、これからミーナを遠く過酷な「実力主義の地」へと運ぶ現実を突きつけていた。

 馬車の前で、ミーナは何度も振り返り、慣れ親しんだ街並みと、そこに立つ大切な人々の姿を瞳に焼き付けようとしていた。その手には、アスカたちが贈った「見えない贈り物」が詰まった鞄が固く握られている。


「……お姉ちゃん、レイちゃん。私、行くね」


 ミーナの声が震える。アスカは、彼女の前に立ち、その肩を力強く叩いた。


「ええ。泣き言を言う暇があったら、私の教えたハッキング理論を復習なさい。……あなたなら、帝国のガチガチな頭をひっくり返せるわ。自信を持って」


「はい……!」


 レイもまた、ミーナの両手を包み込み、優しく微笑む。


「ミーナちゃん。道に迷いそうになったら、いつでもこの空を見上げてください。私たちは、同じ空の下であなたを待っていますから」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:黒猫の流儀 ―― 家族の叱咤】


「……ニャー。いつまで湿っぽい顔をしてるんですニャ」


 不意に、足元から生意気な声が響いた。 シュシュが、いつになく真面目な顔をしてミーナを見上げていた。一歩前に出ると、ふんぞり返って喉を鳴らす。


「ミーナ様、いいですかニャ。向こうには私みたいな賢い猫はいないですけど、だからって寂しがってボロボロ泣くのはダメですニャ。……あなたは、この『VOID』で、私の昼寝の邪魔を散々してきた図太い子ですからニャ。帝国の連中なんて、爪を立てるまでもなく、ミーナ様のその鈍感さで圧倒してやるですニャ」


「シュシュ……」


「……これ、プレゼントですニャ」


 シュシュが、前足で小さな包みをミーナに差し出した。


「私の抜け毛を編んだ最強のお守りですニャ。……絶体絶命の時にだけ開けるんですニャ。それまでは、家族(私たち)がついていることを忘れないことですニャ!」


「……うん! ありがとう、シュシュ。絶対、大切にするね」


 ミーナは、黒猫の不器用な「家族」としての愛を胸に抱きしめた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:元神様の計算 ―― 友への言葉】


 馬車の御者が急かすように鞭を鳴らした。 ミーナがステップに足をかけようとした時、それまで無表情に佇んでいたステラが、一歩前に踏み出した。


「待って。……第34号個体。いえ、ミーナ」


 ステラの声は、相変わらず無機質だった。だが、その瞳にはかつての冷徹さはなく、どこか「解析不能な温かさ」が揺らめいている。


「私の演算によれば、貴方が帝国の環境に適応できず、帰還を希望する確率は……依然として高いわ。……けれど」


 ステラは、ポケットから小さな、けれど眩いばかりの光を放つクリスタルを取り出し、ミーナの手のひらに載せた。


「……これは、私が個人的に抽出した『希望』の波長よ。貴方が一人で暗闇にいる時、私の計算が追いつかないほど、この光が貴方を照らすはずだわ」


「ステラさん……これ、もらってもいいの?」


「ええ。……ミーナ。貴方は、私の『初めての友人』という変数に該当するわ。友人が離脱する現象に対し、私の胸部ユニットが異常な圧迫感ストレスを検知している。……これは非効率な感情だけれど、悪くない。……だから、必ず戻ってきなさい。次の『買い物』の続きを、完了させるために」


 ミーナは驚き、それから今日一番の笑顔で頷いた。


「……うん! 私、頑張るよ。ステラさんに『人間界』の面白いお土産、たくさん持って帰ってくるからね!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン:遠ざかる轍】


 馬車がゆっくりと動き出した。 御者が鞭を振るい、蹄の音が石畳に高く響く。


「行ってくるね!! みんな、大好きだよ!!」


 窓から身を乗り出し、ミーナがちぎれるほどに手を振る。 アスカ、レイ、リサ、ゼノス、シュシュ、そしてステラ。 『VOID』の家族たちが、彼女の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り返していた。


「……行ったわね」


 アスカがポツリと呟く。その目には、寂しさを隠しきれない親心が滲んでいた。


「アスカ。……私たちの『日常』が、少しだけ外に広がっただけですよ」


 レイが、アスカの肩に優しく手を添えた。


「……第108号。視界の端が水分で潤む現象を検知したわ。……これが、別れという名のバグなのかしら」


 ステラが、空を見上げながら不思議そうに呟く。


「そうよ、ステラ。……でも、それはいつか『再会』っていう最高のパッチで修正されるものよ」


 春の風が、ミーナを乗せた馬車の砂埃を巻き上げ、草原の彼方へと消えていく。 一人の少女の旅立ち。それは、エルムの街の小さな日常が、世界の新しい旋律へと溶け込んでいく、静かで美しい始まりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。