第151話:雪解けの旋律
【舞台:エルムの街・郊外 ―― 春の訪れ】
北の最果てから吹き下ろしていた「忘却の吹雪」は、今や嘘のように穏やかな春風へと変わっていた。 街道を歩むアスカの足取りは、決して軽くはなかった。魔力は底をつき、ドレスは汚れ、身体は鉛のように重い。けれど、隣で手を繋ぐレイの温もりと、少し後ろを所在なげに歩くステラの気配が、彼女の心をかつてないほど自由にさせていた。
「見て、アスカ。花が咲いています」
レイが指差した先、まだ霜の残る土から、鮮やかな黄色の花が顔を出していた。神の管理から解き放たれ、自分たちの意志で芽吹いた生命の輝き。
「ええ……本当に。演算予測にはない、不規則で勝手な咲き方ね」
アスカは目を細め、小さく笑った。
丘を越えると、ようやく見慣れたレンガ造りの街並みが見えてきた。エルムの街――かつて色彩を失いかけたあの場所には、今、騒がしいほどの「生」の音が溢れていた。
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【舞台:古本屋『VOID』 ―― 再会の扉】
街の路地裏、いつもの場所にその店はあった。古本屋『VOID』。 神の消去波に晒され、一度は消えかけたその家は、今や黄金の輝きを内に秘めたまま、平然とした顔でそこに佇んでいた。
「……ただいま。帰ってきたわよ」
アスカが店の扉に手をかけた、その瞬間だった。 バタン! と勢いよく扉が内側から開く。
「帰ってくるのが遅すぎですニャ! 待ちくたびれて、ボクの艶やかな黒毛がストレスで白髪になるところでしたニャ!」
真っ先に飛び出してきたのは、黒猫のシュシュだった。彼はアスカの足元に猛スピードで駆け寄ると、不平不満を並べながらも、その尻尾を嬉しそうに激しく振っている。
「シュシュ! 元気そうね。その生意気な口が聞けて安心したわ」
「ふん、ボクを誰だと思ってますニャ? この店の影の主ですニャ!」
続いて、落ち着いた所作で一人の男が姿を現した。執事のゼノスだ。かつては一国の皇帝であった彼は、今ではこの『VOID』を支える完璧な執事として、アスカを優しく迎える。
「アスカ様、レイさん。……よくぞ、ご無事で。このゼノス、一命を賭してお二人のお帰りの場所を死守いたしました。お疲れでございましょう、すぐにお茶の用意を」
「ありがとう、ゼノス。……あなたがいてくれて、本当に助かったわ」
アスカが微笑むと、ゼノスは執事らしく恭しく一礼した。 そして、店の奥からゼノスの名を呼びながら、忙しなく現れたのはリサだった。
「ちょっとゼノス! 私の魔導具の調整はどうなったの……って、アスカ! レイ!」
リサは手に持っていた資料を放り出し、二人へと駆け寄った。
「あんたたち、本当に無茶ばっかりして……。でも、よく帰ってきたわね。あんたたちがなかなか戻ってこないものだから、ゼノスが心配しすぎて、家の中をピカピカにしてしまって困ってたのよ」
リサはそう言って、夫であるゼノスと視線を交わし、照れ隠しのようにアスカとレイの肩を抱き寄せた。
その手の温かさに、アスカの瞳から、ついに堪えきれなかった涙が零れ落ちた。
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【舞台:日常という名の奇跡 ―― 最高の解決策】
店の中には、懐かしい埃の匂いと古い紙の香りが満ちていた。 レイはアスカの横に座り、ゼノスが淹れた極上の茶を楽しむ。
「ステラ、あなたも。……これが、私たちの家の味ですよ」
レイが差し出したカップを、ステラは恐る恐る受け取った。
「……これが『日常』? 演算の必要がない、ただ時間が過ぎていくためだけの空間……」
「そうよ。非効率で、無駄ばかりで、最高に贅沢な時間。……これからたっぷり、あんたに叩き込んであげるわ」
アスカが茶を啜り、一息つく。
リサはゼノスに肩を預け、満足そうにその光景を眺めている。
窓の外では、街の人々の笑い声が聞こえる。
もう、世界を救うために誰かが消える必要はない。 明日、何を食べるか。どんな本を読み、親友と何を語るか。そんな当たり前のことを選べる自由が、ここにはあった。
「アスカ」
リサが茶目っ気たっぷりに言った。
「世界は自由になった。神様もただの女の子になった。……さあ、賢者様。これからどうするつもり?」
アスカは、隣に座るレイと微笑み合った。
「決まっているわ。……明日も、この店を開けるの。レイと一緒に、新しい本を仕入れて、シュシュにご飯をあげて、ゼノスに店を整えてもらって、リサの惚気を聞き流す。……それが、私の導き出した、最新の最適解よ」
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【ラストシーン:新しい世界の序曲】
夕暮れ時、古本屋『VOID』の看板が、オレンジ色の陽光に照らされていた。
アスカとレイは、店の前のベンチに並んで座り、沈みゆく夕日を眺めていた。 神の座を降りたステラは、シュシュに追い回されながらも、楽しそうに庭を走っている。ゼノスはリサの横に立ち、二人の睦まじい様子が窓越しに見えた。
「レイ。……私、幸せよ。計算するまでもなく」
「ええ、アスカ。私もです。……これからもずっと、一緒ですよ」
二人は親友として、これから始まる新しい日々に思いを馳せた。 北の空には、もう不気味な暗雲はない。ただ、どこまでも続く、透明な夜の帳が降りようとしていた。
リサが店の中から叫ぶ。
「二人とも、いつまで黄昏れてるのよ! ゼノスが腕によりをかけた夕飯ができるわよ! 早く中に入りなさい!」
「……もう、本当にあのバカ師匠は……」
アスカは苦笑しながら立ち上がり、レイと共に店へと向かった。
扉を開けると、そこには温かな光と、大切な家族たちの笑い声が待っている。
アスカとレイ。 彼女たちが選んだ「自由な日常」は、明日も、明後日も、この世界が続く限り、新しい旋律を奏で続けるだろう。
雪解けの季節が終わり、世界には、まばゆいばかりの春が満ちていた。
第13章終了です!
ステラとの戦いを経て、アスカは大きく成長しましたね!
これからアスカはどうするのでしょうか?? そしてステラは??
明日からの第14章もお楽しみに!!
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