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第2話

浮ついた足取りで、家路を急ぐ。

 もう空は暗く、一筋のあかね色が残滓を残すのみである。慣れた道とはいえ完全に日が暮れきってしまえば松明なしでは不安が残る。

 白い住宅がまばらになり、市民達の喧噪も聞こえなくなってくる辺りでようやくラクリスの家が見えてくる。雑草に覆われた道の先にある、石灰のはげた古い建物がそれだ。

 元は廃屋だったがラクリスが自力で改修した。ラクリスはここに一人で暮らしている。

 かつては二階建てだったが、ラクリスが住むようになってから二階の床はぶち抜いた。戸口も広げてある。だがそれでも手狭であることには変わりない。雨の日以外はただの寝床兼物置だ。料理も外で火をおこして作る。

 大鍋で食材を一緒くたに煮込んだだけの雑なスープを作って平らげた後、食い足りなさを紛らわせるため今日買ったアミュレットを改めて検分することにした。見れば見るほどいびつな形に見えてくる。

「《抵抗》(アキロシ)といったか」

 アミュレットを呼称する時は刻まれた魔術の名前で呼ぶのが一般的だ。だが《抵抗》(アキロシ)という魔術は聞いたことがない。

「それも当然か。低位魔術の無効化など、誰でも出来る」

 魔術が使えない人間でも、《子守歌》を防ぐくらいは練習さえすればできるようになる。仰々しい名前などいらないくらい初歩的な技術だ。

 そこで根本的な疑問が生じる。

「……待て。低位魔術の防御はアミュレットなどなくとも誰もが出来る。ならどうしてマティナはこのアミュレットを作った?」

 このアミュレットはいわばラクリスにしか価値のないものだ。ラクリスにとっては夢にまで見た品だが、一般人にとっては1ラクミーの価値もない。作っても採算がとれないのはわかりきっていただろう。

「趣味として損得抜きで作った。そういうこともあるかもしれん。だが――」

 他の《涼感》(ドゥロセロス)など使い道がありそうな商品ならまだしも、この《抵抗》(アキロシ)だけは絶対に売れるはずがない商品だ。それがどうして123ラクミーで売れると思ったのだろう?

「……一杯食わされたか?」

 思えばマティナの売り文句を聞いている間、冷静ではなかったように思う。それはアミュレットが強力すぎたからだ。たとえあの場にいたのがアプロスなど他の人間だったとしても冷静ではいられまい。

「新手の詐欺……?」

 他のちゃんとした効果のあるアミュレットで期待を煽り、冷静さを失わせる。そこに巧みな話術でつけ込んで役に立たないガラクタを売りつける。

 一度疑いはじめると次から次へと疑念がわく。

「他のアミュレットも本当に効果があったのか? 指輪持ちの魔術師なら俺の目を盗んで魔術を使い、アミュレットに効果があるよう見せかけることも出来るだろう。いや、その前にあの指輪は本物なのか? 信用を得るために偽造したものという可能性も――」

 疑いながら、ラクリスの脳裏によぎるのは魔導具関連の失敗だ。

 ラクリスはこれまでにも港市の老婆の店で数多くの魔導具を購入してきた。それは老婆の目利きを信用しているからだが、時折粗悪品や偽物をつかまされることもある。

 それが老婆の意図によるものか、単にボケ始めているせいなのかは分からない。

 ただ、高い金を払ってぬか喜びさせられたことが一度ならずあるのは事実だ。

 そうした時、ラクリスはとてつもなく惨めな気持ちになるのだ。

「体が大きく、魔術耐性がない。それだけの理由でこのような目に遭わなくてはならないのだろうか」

 ラクリスには居場所がなかった。

 そのことを本当の意味で痛感させられたのは己の食い扶持を稼ぐようになってからだ。

 仕事がないのである。

 まず体格のせいで物理的に出来ない仕事が多い。建物には入れない、繊細な作業は出来ない、船にもほぼ乗れない。人が多い場所も体がじゃまになるからだめだ。

 加えて人を怖がらせるという点も致命的だった。一人で完結する仕事など存在せず、必ず誰かと関わる必要がある。だがラクリスとまともに付き合ってくれる人間は少ない。

 アルヒ島中の仕事を探したがラクリスを雇ってくれる場所はなかった。

 もし一度でも雇ってもらえたのなら、仕事を誠心誠意こなすことで周囲から信頼を得ることも出来ただろう。だがラクリスはそのスタート地点にも立つことが出来なかった。

「もしあの時俺が問題を起こさなければ仕事の一つくらいは……いや、詮無いことか」

 どこに行っても雇ってもらえず、最後にたどり着いたのが兵士の仕事だった。仕事を探しているラクリスをわざわざピズマ兵長がスカウトしに来たのだ。

「ほう、でかいな! 俺ほどではないが強そうだ! 駐屯地に来い、雇ってやる!」

 確かにラクリスの体は荒事の役に立つこともある。殴り合いなら何人相手にしても負ける気がしないし、熊を素手で絞め殺すことも出来る。ピズマ兵長が期待したのも頷ける。

 だが、それが失望に変わるのはすぐだった。

 魔術耐性がないのは子供の頃から分かっていたことだ。アルヒ島とは別の島で受けた「二年兵役」でも耐性がないことを指摘され、「兵士としては三流以下」と評価されていた。

「期待を裏切ることになるのは分かっていた。だが他に方法もなかった」

 巨体で活躍することはあるものの、魔術がらみの失態でそれ以上の被害をだす。その繰り返しにピズマ兵長の我慢も限界に近づきつつある。

「このままでは駐屯地で雇ってもらえなくなるのも時間の問題だ」

 だからラクリスは自分に出来る努力は惜しまない。

 もっと反応の速度を上げれば、魔術を受ける前に敵を倒せる。

 もしよい魔導具で耐性を補えれば魔術師相手でもこの巨体を生かせる。

 だが結果はでておらず、ラクリスの扱いは「無能なデカブツ」のままだ。そして兵士達は無能には容赦がない。

「結局、俺の居場所などないということか」

 諦めるつもりはない。努力をやめる気はない。ただ、疲れて弱音が出ただけだ。

「寝るか」

 ピズマ兵長がいうには明日は危険な任務があるらしい。明日も雇ってもらえれば、ラクリスもそれに参加することになるだろう。英気を養っておかねばならない。

 ラクリスは火の始末をしてから家の中で眠りについた。


 町を歩いている。目的地は覚えていない。理由も分からず歩かされている。

 歩き続けていると突然襲われた。

 襲撃者の姿はぼんやりとしていて定まらない。自衛のために拳を構えるも、《子守歌》であっさり眠らされてしまう。

 目が覚めた時、自分が大木に縄で縛り付けられているのに気付く。身動きがとれない。

 ラクリスを取り囲むように姿のぼやけた市民達が立っており、石を投げつけてくる。

 一度ならダメージにすらならないが、何十、何百、何千と繰り返せば体は傷ついていく。

 市民の中には魔術を詠唱するもの達もいた。魔術自体は嫌がらせにしか使えない些細な呪いだったが、ラクリス相手なら効果は何十倍にも増す。耐えがたい苦痛が心身を苛んだ。

苦しい。苦しい。どうしてこんな目に。

「イイーヒッヒッヒ! いい気味だ。所詮アンタは異端者だ。誰にも認めてもらえない! 誰も同情してくれない! みんなアンタなんか消えてしまえと思ってる! 今まで何もされなかったのは、運がよかっただけさ! 怖いから手出ししなかった、それだけの話だよ。きっかけさえあればすぐにでもこうなるぞ!」

 どこからともなく聞こえる声に、港市の老婆の呪いを思い出す。

 ならばこれは呪いが見せるただの夢だ。

「そうさ、ただの夢さ。アタシが憂さ晴らしのために練り上げたとっておきの悪夢だけどね。朝まで決して覚めることはない」

 そうか、なら耐えてさえいればいつかは終わる。終わると分かっているなら耐えきれる。 明快な解決策がある分、この夢は現実よりも優しい。耐えるのは得意だ。

 ラクリスは歯を食いしばり、投石を、魔術を耐え続ける。

 夜明けはまだ遠そうだった。

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