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第20話

 地下室に突入したラクリスはマティナとエラトマが対峙しているのを見た。

「マティナ無事か!」

 両者の間に割って入り、マティナを庇うように立つ。

 ラクリスはエラトマを棍棒で牽制しながらマティナの様子を確認した。少なくとも目に見える怪我はない。安堵の息をつくとマティナと目が合った。マティナは嬉しそうに、

「あー来ちゃったんですねラクリスさん。《調教》で助けを呼んでおいてなんですがどうして来たんですか? 危ないことしないでって言いましたよね?」

「何故などと聞くまでもないだろう。俺にはお前が必要だからだ!」

「それは私が必要なのか、私のアミュレットが必要なのか、どっちなんですか」

「な、何も今聞くことではないだろう」

 ラクリスは敵前で悠長に会話するのを躊躇ったが律儀に答える。

「両方だ。俺は誰にも認められぬ異端者だったからな。その孤独を理解してくれる友人は何にも代えがたい」

「そうですね、貴方も私も、ですね」

「どういう事だ」

「私にもラクリスさんが必要って事ですよ。本当に、来てくれてありがとうございます」

「礼は、この窮地を脱してから聞く」

 ラクリスとマティナの様子を眺めていたエラトマは得心したようにひげを撫でる。

「ここでラクリス君が来るとは……危機的じゃが、見ようによっては良いところに来たとも言える。ラクリス君、ちと儂に殺されてくれんかね。マティナ君がなかなか頑固でのう……君が死なねばどうにも口説き落とせそうにないのじゃよ」

「な、何を言っている……?」

 ラクリスにとってはエラトマの狂気を目の当たりにするのはこれが初めてだ。一言一句、どれをとっても理解できないエラトマの発言に、ラクリスは戸惑いを隠せない。

「ラクリスさん。あのボケ老人の言葉は無視して下さい。どうしようもなく狂っているんです。今までは良き執政官を演じるために擬態していたけれど、それももうない。もはや彼の言動にはまともな理屈なんて一分たりともありません」

「ほっほっほ。わしに言わせればボケておるのはわし以外の愚民どもの方よ。……などと、言ってももう言葉は意味をなさぬな。なら力を見るがよい。このわしの魔道の深さを」

 エラトマが片手を上げた。それに呼応するように地下室の床が揺れる。

 床の中央部が間欠泉のごとく盛り上がった。盛り上がりはもごもごと蠢き、エラトマの魔術によって一つの形をとる。

「来たな、我が使い魔よ」

 現れた使い魔の姿を一言で形容するなら、鎧の石像だった。

 無機質な直線と有機的な曲線が混じった岩の甲冑には頭部こそないが、人と同じ数の手足が備わっている。しかし一番の特徴は細部にはなく、

「俺を見下ろすだと……!?」

 ラクリスより頭一つ勝るその巨大さであった。

 石像の頭部があるべき場所にはエラトマが立っており、ラクリスを見下ろしている。

「ほっほっほ。いい眺めじゃ! 君のつむじを見る日が来るとはの。ラクリス君はこの部屋に入る時、何故こんなに広いのか疑問を持たなかったかね? これがその答えというわけじゃ。わしの専門は使役。中でもこうして無機物を操るのが得意でな。これをヤニス君に見せた時の反応は傑作だったが……どうかね君たちは?」

「マティナ! これは一体……!?」

「つ、使い魔の一種、ゴーレムです! ですがこんなに大きなものなんて理論上は……」

「ああ愉快痛快! そうだろうとも、魔術学校で教えるような薄っぺらな知識では我が魔術を理解できぬじゃろう! 気分がいいから動くところも見せてやろう、ほれ!」

 ゴーレムが主の命令に従い、岩の拳をラクリスめがけて振り下ろす。

「は、速い……!」

 辛くも躱したラクリスだったが動揺は隠せない。何しろゴーレムの拳はその巨大さ、その速さのあまり周囲につむじ風をまき散らしていた。自分より大きいものが自分より速く動く。あらゆる命が生まれながらに抱く根源的な恐怖をラクリスはこの場で初めて体感した。

「あんな攻撃、受け止めきれんぞ……!」

 ラクリスは寒気を覚えながらも反撃を試みる。棍棒をゴーレムの胴に打ち込んだ。空気を揺るがす爆音とともにゴーレムの胸甲が粉砕される。

「やったか……?」

「いいえ、まだです! 気を抜かないで下さい!」

 マティナの警告を肯定するようにゴーレムの体表面がうごめいた。砕かれた胸の部分から泥が湧き出し傷を埋めていく。傷を塞いだ泥はすぐに固く乾燥し、一呼吸の後にはゴーレムは完全に元の姿を取り戻していた。

「何だこれは……魔術とはここまでのことが出来るものなのか?」

 自失しかけるラクリスをエラトマがゴーレムの上から満足げに見下ろしている。

「驚いただろう? これこそが本当の魔術じゃよ。君たちの見てきた魔術などまがい物にすぎぬ。それを蒙昧な人間どもに分からせてやるために作り上げたわしのゴーレム! 便利のために人のカタチを与えて縛っておるが、その本質は無形の泥。形のないものを壊すことは出来ぬ!」

「よく分からんが、いくら壊しても再生すると言うことか……」

 となればラクリスに打つ手はない。どうするべきかマティナに聞こうとしたが、その前にマティナが口を開く。

「ゴーレムを滅ぼす方法は二つ、術者に術を解かせるかゴーレムに魔術の力を与える「核」を破壊するかのどちらかでしか……!」

「むう……」

 「核」らしきものはどこにも見当たらず、エラトマはゴーレムの上で攻撃が届きづらい。どちらを攻撃するにせよ困難が伴う。

 なら逃げるか? マティナを連れて帰ることが第一の目的で、必ずしもエラトマを倒す必要はない――、と考えるラクリスの内心を見透かしたように

「わしのゴーレムに恐れをなして逃げるのなら構わんが……それは上手くないのう。君たちが万一にでも元の生活に戻るには、わしを倒すほかなかろうて」

「クッ……」

 このまま逃げればラクリスは執政官の住宅を襲撃した罪を負うことになる。それを避けるにはエラトマの身柄を抑え、彼の所業を明らかにしなければならない。

「もっともそれが出来るとは思わんがのう。ゴーレムの運動性能はラクリス君と互角以上じゃ。加えてわしは片手間程度だが魔術の援護も出来る。マティナ君には攻撃能力がほとんどないようじゃから、実質ラクリス君一人でわしを倒さねばならん。……さて、出来るかの?」

 状況は想像以上に悪い。エラトマはヤニスすら打ち破った魔術師だ。そんな魔術師を相手に、《抵抗》がどこまで持つか。

 だが、ラクリスの決意は変わらない。

「それでも勝つ! 俺は、いや俺たちはこんなところで終わるために、孤独な道を歩き続けたわけではない!」

 ラクリスは敢然とゴーレムに挑みかかった。

まず攻略しなければならないのはゴーレムの両腕だ。岩で固められた両腕は敵を打ち据える鉄拳としても、ラクリスの攻撃を防ぐ防具としても機能する。

「クッ……!」

 ラクリスが棍棒を振る。腕で受け止められる。もう片方の腕でカウンターを返される。それを躱す。その繰り返しで一向に攻めきることが出来ない。

 ゴーレムの戦いには戦術も何も無い。ただ速く強く正確だった。フェイントを仕掛けてみてもゴーレムはラクリスの動きを見てから反応し、それで防御が間に合う。

数度打ち合えばゴーレムの腕を壊すことは出来るものの、すぐに再生してしまう。

「攻撃を腕で受ける、ということは「核」は胴体部にあると想像できるが――」

 一撃当てた程度では「核」まで届かないのはさっき見せつけられたとおりだ。「核」を破壊するには一呼吸の間に二撃以上打ち込まなくてはならない。何か策が必要なのだ。

 しかしラクリスに考える時間を与えまいとするかのように、

「絡め取れ、無形の縛鎖、《拘束》!」

 エラトマの魔術が《抵抗》をものともせずラクリスの自由を奪う。《拘束》の解除を試みるラクリスだったが、その隙を逃さずゴーレムが追い打ちを仕掛けてくる。間に合わない、そう思った瞬間、

「ラクリスさん!」

 マティナの声と共に《拘束》が解けた。そのため鼻先に迫っていたゴーレムの拳をラクリスは何とか回避することが出来た。必殺の好機を逃したエラトマはそれでも余裕の表情で

「やはり《拘束》程度は一瞬で解呪されてしまうか」

「当然です。低位魔術の解呪に手間取りはしません!」

「すごいすごい。じゃが相手の魔術の発動自体を封じる技術は体得しておらんようじゃの」

「……」

「落ち込む必要は無いぞマティナ君。この手の小技は戦いのためのもの。君の専門ではなかろう。……ふむ、なら何故わしが君の支援魔術を妨害できているのかじゃと? それは君、年季の差じゃよ。年を経れば専門外の知識も増えるでな」

 会話から察するに、ラクリスの与り知らぬところで魔術的駆け引きがあったらしい。

「ごめんなさいラクリスさん。私でも《速駆け》や《剛力》くらいは使えるのでラクリスさんを援護しようとしてみているんですがことごとく邪魔されていて……今私が出来るのは術の解呪くらいです」

 マティナが申し訳なさそうに謝ってくるが、

「何を言うか。さっき《拘束》を解いてもらえねば俺は死んでいた。十分助けられている」

「で、でもそれは私の《抵抗》の出来が悪いから……」

「マティナ、エラトマはヤニスを破っている。相手が悪すぎるだけだ。それに――」

 ラクリスには魔術の話は分からないが、マティナがエラトマの注意を引いているのは確かだ。それはラクリスがゴーレムを封じ込めているのと同じくらい重要なことだ。何しろ、

「《拘束》、低位魔術の一撃で石珠を砕くか」

 一体どんな威力だ、とラクリスは天を仰ぎたくなった。これがエラトマの実力なのか、それとも生け贄から得た力なのか。こんな魔術を連発されてはたまらない。ヤニスとの決闘で行ったような魔術の回避は跳躍を繰り返せる広い空間があって初めて出来ること。魔術を躱し続けるには地下室は手狭だった。

 残る石珠はあと四つ。マティナには出来る限りエラトマを引きつけておいてもらう必要があった。

 しかしそれでも今のようにエラトマは魔術を放ってくるだろう。石珠が残っているうちに何らかの勝負に出る必要があった。

「チッ! 何とかこのゴーレムを突破できれば!」

 焦ったところでゴーレムの防御は崩れない。ゴーレムの戦いに技はないが、ラクリスとて自分以上に大きい相手に使える技はない。結局力比べ、速さ比べになり押し負ける。押されたラクリスはゴーレムから距離をとり、また振り出し。

 さらに時間が過ぎるごとにエラトマの魔術を受け石珠を失う。

「下がっても追ってこないのは幸いだが……待てよ?」

 ゴーレムはラクリスを深追いしない。どころか、その場からほとんど動いていない。動くのは拳を振るう時に若干足を踏み出す時くらいだ。

 何故か? それはゴーレムの上にエラトマが乗っているからだ。見たところゴーレムが多少動いてもエラトマの体勢は安定している。だが魔術師とはいえエラトマは高齢だ、あまり激しく動くと体に差し障るのだろう。

 となれば。ラクリスに一つの案が思い浮かぶ。

「目の付け所は悪くないはず、だが」

 その案は賭けだ。実行にはラクリスの不得意な技術が必要で、しかもそれがゴーレムに通用するかは分からない。

「全くヤニス視察官の時といい、どうして俺は博打しか思いつかんのだ」

 答えは分かりきっている。ラクリスは勝たなくてはならないからだ。

 巨体頼みで戦いの技が未熟な上、魔術の耐性がないラクリスは、それでも自分を越える強敵を打ち破らねばならない。

 ラクリスは叫ぶ。

「マティナ、俺はこれから勝負に出る! 巻き込まれないよう注意しろ! それと、好機を逃すな!」

「……! はい! 任せて下さい!」

 マティナの返事を聞き届けるとラクリスは棍棒を大上段に構える。

「流石に君の体で上段構えは見栄えするのう。それでもわしを叩くには高さが足りぬのが哀れじゃが」

 エラトマの言葉は無視してラクリスはじりじりと距離を詰める。間合いに足の指先が触れた瞬間、ラクリスは棍棒を投げつけた。

「浅はかな!」

 ゴーレムはラクリスの不意打ちにもたじろがず、両腕を使って主と己の体をそれぞれ守る。棍棒はたたき落とされ、地下室の地面にめり込んだ。

 しかしながらゴーレムに両腕を使わせたことで一瞬隙ができる。ラクリスはその隙にゴーレムの右腕を抱え込んだ。

「何が狙いじゃ? 素手ではゴーレムに傷を負わせられんはず……とにかく振り払え!」

 ゴーレムはラクリスを振り払おうと腕を振り回す。ゴーレムの動きにラクリスも大きくよろめくが、抱えたゴーレムの腕は放さない。

「すさまじい腕力だ……俺ですら敵わないだろう……だが、それは腕相撲ならの話だ」

 ラクリスは両腕を使ってゴーレムの片腕を抱え込んでいる。力でなく数で勝ったラクリスはゴーレムの腕力に拮抗していた。

 だが腕が二本あるのはゴーレムも同じ、空いている方の手でラクリスを殴ろうとする。ラクリスは手が塞がっており、これを防ぐ手立ては無いと思われたが

「フンッ!!」

 ラクリスは全力でゴーレムの右腕を引っ張った。豪腕二本の力にゴーレムは抗いきれずたたらを踏んだ。体勢が崩れたためゴーレムの拳は空を切る。

「何!」

 エラトマの驚愕をよそにラクリスはひたすらゴーレムの腕を通じて揺さぶりをかける。

ラクリスが使っているのは格闘術の組み技だ。組み技の理想は小兵が巨漢と組んで勝つこと。組み技は言ってみればそのための手管だ。

 相手の片腕を自分の両腕で抱えるのもその一つ。両腕を使って力の不利を補い、抱えた相手の腕を操ることによってもう片方の腕も封じ込め、最後には投げ飛ばす。

 熱心な兵士たちの間では盛んに訓練される技術だが、ラクリスは組み技をほとんど使ったことがない。体格故に組む必要が無い、組める相手がいないからだ。

 だが全く経験が無いというわけでは無い。兵士を夢見ていた少年時代に習い覚えた技は拙くとも体に刻み込まれている。

「ヌゥウウウウウウン!」

「お、おのれぇ!」

 エラトマがラクリスを引き剥がそうと魔術を放ってくるが気にしない。魔術への対応はマティナに任せている。ラクリスはただゴーレムを崩すことに全身全霊をかける。

 ゴーレムには関節を決める動きは効きが悪い。泥が本質であるゴーレムの関節は自由に動く。

「だが、人型である以上、つけいる隙は、あるはずだ!」

 ラクリスは全身を真っ赤にしながらゴーレムと組み続ける。

 ラクリスの抵抗に、ゴーレムの動きがふらついてくる。もうすぐ崩せる。しかし息が持たない。と一瞬でも思った弱気を捨てる。代わりに更に力を込める。

 好機が訪れた。

「そこ!」

 ゴーレムが浮かせた左足をラクリスは蹴り飛ばすように払う。ゴーレムは片足で何とかバランスをとろうとするも、ラクリスは見逃さない。遂に「崩し」たのだ。

「デリャアアアアアア!」

 ラクリスは全身の力を使って思い切りゴーレムを投げ倒す。ゴーレムの巨体は一瞬宙に浮いた後、轟音を立てて地下室の壁と衝突する。土煙と共にゴーレム周辺の壁が崩壊した。

「ぎゃああああああああ!?」

 ゴーレムは倒れる寸前辛くもエラトマを庇ったようだがもう勝負は付いている。ラクリスは棍棒を拾って叫んだ。

「マティナ!」

「脚は強く、靴は軽く、されば十里を踏破せん! 《速駆け》!」

 ゴーレムを投げたことでエラトマの集中は乱れた。その合間を縫ってマティナの魔術がラクリスに作用する。

 ラクリスの耐性を考慮した《速駆け》は過不足無くラクリスの脚力を強化。ラクリスはゴーレムに向かって跳ぶ。一跳びで五歩の距離を詰めた。

 急変した状況にもゴーレムは素早く反応したが、主を守るゴーレムは自分の防御が甘い。無防備な胴体に一撃たたき込む。胸甲が粉砕され、内部の軟らかい土が露わになる。返して二撃目、土砂の肉を弾き飛ばす。土の中に輝く球体のようなものが見えた。「核」だ。

ラクリスは「核」に狙いを定め、最後の一撃を放つ。

「終わり――――」

「まだじゃァアアアア! 我が傀儡たる無形の泥よ! 汝に与えし人型の軛、我が今ここに解き放たん! 贄より得た力を持って彼の者共を破壊し尽くせェエエエエエ!」

 エラトマが絶叫するとゴーレムの体が溶けた。岩の巨人ではなく泥の塊に姿を変えたゴーレムはボコボコと熱湯のように沸き立ちながら膨れ上がる。「核」はもう隠れてしまって見えない。

「な、何だ!」

「ラクリスさん離れて!」

 ラクリスは後方に跳躍し、泥から距離をとる。だが泥の膨張、増殖はとどまることを知らず地下室を埋めつくさんとする勢いだ。泥の圧力に耐えかねて壁や天井にひびが入り始めた。頭上から小石や土くれがバラバラと崩れ落ちてくる。

「不味い、崩れるぞ……マティナ、来い!」

「はい!」

 ラクリスは走り寄ってきたマティナを抱え、一目散に地上への階段を駆け上がる。地下室を制圧した泥は階段へと押し寄せラクリス達を追いかけて来た。階段も既に崩壊し始めている。落下してくる岩からマティナを庇いながらラクリスは階段を登り、

「出口だ!」

 地上に出た瞬間、殺到する泥に背中を吹き飛ばされ意識を失った。

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