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序章

夜闇の中を一人の男が走っていた。

 普通の人間ならばすでに寝床に入り、ちょっとやそっとでは起きないくらい眠りが深まっているような時間帯だ。そんな夜中に何の用事か、男は一人で町外れの街道を全力疾走していた。

 街道と呼べば聞こえはいいが、要は人間の使う獣道だ。平坦なように見えて雑草やら石ころやらででこぼこしている。道沿いに松明が立っているでもない。

 だが男は夜目が利くのか、悪路をわずかも減速することなく走り抜けていく。

「畜生! よりにもよってアイツに見つかるなんて!」

 男は小脇に小包を大事そうに抱えており、時折後ろを振り返る。

「ったく! ちょっと染め物盗んだくらいであんなバケモンに追っかけられちゃ割にあわねぇっての!」

 いっそのことブツを投げ捨てるか? そうすればアイツにも隙が――、男は一瞬の思案の後、その考えを振り捨てた。ここまで暗いと盗品を捨てても気付かれない可能性が高い。盗んだ布地は量も少なく軽いため、捨てたところで大して足の速さは変わらない。

 盗品とともに逃げ切るか、逃げ切れずに捕まるか、二つに一つしかなかった。

 男は腹を決め、追っ手を引き離そうとスパートをかける。しかしその瞬間、目の前の地面がはじけた。

「なっ!?」

 男は反射的に身をかばう。土くれの粒が腕に降りかかった。一体何が起こった、目をこらすと、目と鼻の先に何かがある。慌ててよけようとするが疲れ切った足は言うことを聞かず蹴躓いてしまう。男は地面を派手に転がった。

「痛てぇ!?」

 男は悲鳴を上げながらもすぐに立ち上がり、何に躓いたのか見極めようとする。

「……棒?」

 男が見たのは、道の真ん中に突き刺さった棒状の何かだった。

 根元の方を見ると、棒を中心にして地面が爆ぜたように抉れている。まるで棒が刺さった衝撃で地面がはじけたような――いや、そもそもこの棒は一体何だ?

 男は棒を握りしめ引き抜く。棒はかなり深くまで刺さっていたが、棒自体の重さがそれほどでもないために一息で抜けた。そして呆然とする。

「槍、だと……!?」

 男が引き抜いたのはごく普通の短槍だった。手に持って突き刺すのはもちろん、投げることもできる汎用性の高い武器である。そのため多くの兵士はこれを握って職務に当たる。

 兵士、投げる、抉れた地面、追っ手。男は気付く。

「まさか――この槍、アイツが後ろから投げてきやがったのか!?」

 男の背後から、大地を揺るがすような足音が迫ってきた。暴れ牛のような重量感だ。どすんどすん。この足音の主こそ、男を追う「兵士」にほかならない。

「逃げ――」

 走りだそうとした男の前で再び地面がはじける。今度ははっきり見えた。後方から飛来した短槍が土くれを巻き上げながら地面に刺さる。まるで投石機だ。あんなもの、かすっただけでも骨が砕ける。その痛みを想像し、男は腰を抜かしてしまった。

「やっと追いついたぞ」

 その声に男が恐る恐る振り返ると、果たして「兵士」はそこにいた。

 頭から足の先まで、一分の隙もなく鍛え上げられた体躯。上半身が露わなのは、膨れ上がった筋骨を納められる衣服がないからだろう。さらけ出された大胸筋は胸当てのように分厚く、六つに割れた腹直筋は鋼の壁となって存在感を主張する。

 男女問わず、ため息をついてしまうような肉体を前に、男は

「ば、バケモノ」

と、心からの恐怖を込めて呟いた。

 理由は単純だった。なぜなら、人影の背丈は男の倍はあったからだ。男が小さいのではなく、人影が大きすぎるのだ。

 常人と比べて足の長さも倍、指の太さも倍。さらに筋肉も倍――いや、人影の大きさを差し引いても常人の倍はありそうだから、結局三倍、四倍はあるだろうか。

 筋骨隆々の巨人。それが追跡者の正体だった。

 巨人は腰を抜かした男の首根っこを片手で掴み、たやすく吊り上げた。

「お前が染め物を盗んだのは分かっている。駐屯地まで来てもらおうか」

「うわ、わぁああああ! は、放せバケモノ……!」

 男は手足をばたつかせて抵抗するが、巨人の腕はびくともしない。

「無駄だ。常人の体で俺に勝てると……む?」

 巨人が男から目を離す。いつの間にかこの場に第三の人物が現れていた。

「そこまでだ巨人! 俺の弟分を放せ!」

「兄貴!」

「新手か」

 巨人は新たに現れた人物を睥睨する。フード付きの外套で人相を隠した小男だ。常人と比べてもかなり小柄な小男は巨人に臆することなく立っている。

「誰だか知らんがこいつの仲間だな? ならお前も駐屯地に来てもらう」

 巨人は空いている方の手を小男に向かって伸ばす。しかし小男はそれでも怯まない。

「確かに力じゃ絶対かなわねぇ。だがお前の弱点は知ってるぞ、食らえ! ――嬰児よ、眠りに落ちよ! 《子守歌》(ニュスタグマ)!」

 小男が手をかざしながらその文言を唱えると、巨人の体が冗談のように崩れ落ちた。

「しまっ……た……むう……」

 巨人は受け身もとらず地面に倒れ込む。腕の力も緩み、吊り下げられていた男が解放される。男はふらつきながらも着地する。

「すまん、助かったぜ兄貴」

「礼は後だ。とっととずらかるぞ」

「巨人はどうするんだ?」

 男と小男は巨人を見る。今や二人の方が巨人を見下ろす立場だった。巨人の安らかな呼吸が聞こえてくる。眠っているのだ。

「今なら俺たちでも……」

「やめておけ。今俺たちはまともな刃物を持っていない。が、一撃で仕留めねぇと《子守歌》が解ける。そうなりゃ終わりだ。ほっとけ、逃げるぞ」

 盗賊たちは盗品を持ったまま悠々と逃げ去った。

 残された巨人が寝息を立てている間にも夜は更けていくのだった。

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