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19 - 1

 翌日を考えなくてもいい酒は美味い。久しぶりに一人でパラレルに来たのだが、心を着飾った自分で誰かと接する必要がないということがこんなにも気楽なのかと久しぶりに痛感した。ここにいるときは、俺はいつも着飾っている気がする。とは言え、誰かと来たところで、着飾った自分が嫌いなわけでもないのだが。


「今日はやけに進みますね」

「いやあ、久しぶりに一人で来たもんでね、気を遣わないで酔えるから」


 グラスを拭きながら、戸塚が声をかけてきた。ついでにシェリーツイストと生ハムを頼んだ。


「はい。でも、これで四杯目ですよ。ミチルさんそんなに強いほうじゃないのに」

「どうしてわかるんだよ」

「いつも二杯目くらいで目え真っ赤にしてるじゃないですか。今だって、結構な顔してますよ」

「やーだ、俺、いつものはしたない顔見られてんの」

「ったく、もう……」


 溜め息をつきつつも戸塚は俺が差し出した縦長のグラスを下げた。シェイカーを振る姿をボーッと見つめた。


「そういえばこの間、村瀬さんが探してましたよ」

「え、そうなの。何って言ってた」

「『ミツここに来てないか』って」

「ああ……ったく」


 チッ、と不意に舌打ちをしてしまった。きっとあの日だ。あの日は出会い系サイトで知り合った男と会う前に明と会って、財布をカバンから出したときに落とした鍵を見つけてくれたんだっけ。それを、わざわざこんなところまで探しに来て……。

 見られたって仕方ないとは思っている。だがしかし、明自身は見たくないだろう。それに、明は今の俺のやっていることを知っているはずだ。それを、そんなことで。


「鍵一つで、わざわざこんなところまで来るかねえ」

「え、鍵落とされてたんですか」

「そう、二人で、食事の後に。拾ってくれたんだと思う。後で郵便受けに入ってたから、明かなって」

「そう、ですか……」

「何」


 どこか引っ掛かったような物言いに思わず眉を顰めた。そりゃ俺のやっていることは目も当てられないだろうが、他人に言われる筋合いはない。でも、馴染みの店だ。よく顔を合わせる店員から見て、俺たちがどう見ているのか気になった。


「いや、あの……すみません」

「いいよ、何か言いたそうだから」


 気まずい顔をするくらいなら、澄ましていればよかったのに。戸塚は、シェイカーを下ろすと静かにグラスにカクテルを注ぎ、差し出した。


「部外者の俺が言うのも何なんですが」

「いいよ、言っても」

「は、はあ……村瀬さん、ミチルさんのこと、止めたいんだと思うんです。こんな、当たり前のこと言うんですけど」

「そうだろうな」

「でも、……知っているだろうけど、村瀬さんの知らないミチルさんを見て、うーん……見つけて、引き止めて、怒りたいんだとおもいますよ」

「なら、最初からそうすればいいのに。俺が男と会う前に止めれば」

「やっぱり、その場にいて、『俺の方を選んでくれる』っていう確証が欲しいんですよ」

「ふーん、しょーもな」


 冷ややかな目を作ってグラスを傾け口へ流し込む。甘い、可愛らしい味が広がった。そう、冷ややかな目を作って。

 ずるい。明はずるい。そんなことしたって、実際はもっと本気で引き止めればいいじゃないか。今日もこうやってここに来ているが、明はやってこない。きっと、あの日は「鍵を渡す」という口実を作ったために行動に移せた、博打の様なものだったのだろう。


 俺だって、確実な賭けに出たのに。ずるい。いつだって明は、そういうことに関しては曖昧だ。


 目頭が熱くなってきた。とうとう本格的に酔い始めたか、と思った瞬間に、ぐでん、とカウンターに頭が落ちた。咄嗟に腕を組んで肘を突き、腕枕にした。他の客についていた戸塚がマスターを呼ぶ声が聴こえるが、視界の端に映るマスターは目を瞑って首を横に振った。勝手にしておきなさい、と言うように。戸塚はまた溜め息をついた。

 何故だか、マスターはやけに俺を贔屓してくれる。幾つか、多少どころじゃない我が儘をしてきたが、見ていないものとして扱ってくれるのだ。少し申し訳ない。

 だかしかし、カウンターに突っ伏したまま、生ハムを啄みながらグラスの中を空にして前に差し出した。


「お会計ですか」

「あ……いや、あと一杯、あと一杯だけにするんで、ベリー系の、度数高めのやつ、お願いします」


 ぼやけた頭で、ふにゃふにゃと声を発して頼むと、頭上から溜め息が聴こえた。腕をカウンターに突いたまま伸びをすると、白く光る爪が見えた。そこから記憶はない。

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