5 - 1
詰め寄られたのは白い男で、当の本人は驚くこともなく、面倒臭い、御免だ、といったような表情すらしていない。むしろ不思議そうに相手の顔を見ていた。
「お前なあ、何やってんだよ。なんで電話出ねえんだよ。何回かけたと思ってんだよ」
両方の白い腕を掴んで揺さぶるも、少し下がった肘はまるで縋るようで、うわ……と口をぽかんと口を開けている自分に気が付く。はっとして周りを見ると、先ほどの若い女と入れ替わるようにして入ってきた、カウンター奥の男女も俺と同じ表情でそちらに注目していた。しかし、マスターと若い男は、なんてことない、といった風に指先を動かしていた。
白い男の側にいた男は動揺したように片方の足を一歩引いて二人の光景をじろっ、と見ているが、それはあくまで演技で、どこか落ち着きがあるように見えた。
「なあ、なんでだよ、そんなに俺が気に食わないかよ」
詰め寄られた白い男は相手の左側の空気を見つめるように首を傾け、やっと面倒臭そうに溜め息をついた。溜め息をつく唇の形は厚く小さく、左右非対称の歪みが気になった。
「気に食わないというか……興味がない。どうでもいい」
「なっ……俺とは遊びだったって言うのかよ」
「はあ。当たり前だろ、あんなところで本気の相手を選ぶかよ。お前、重いよ」
聞き覚えのある言葉にぎくっとするのはなぜだろう。当事者が感じる言葉の意味と、他者が感じる言葉の意味は全然違うからだろうか。いや、何かが違う。
「おも……」
「何、もしかして俺の体が忘れられないっていうわけ。じゃあこれから、この人と三人でどっか行く」
「え、マジかよ、話が違うんだけど。まあ別に俺は」
詰め寄った男が口をぱくぱくさせていると、白い男は鼻で笑いながら手首を返して一歩引いている男を親指で指した。巻き込まれた男の口調は縋る男を揶揄うようだ。
俺は、この人のことが気になっていた。この諍いの中心人物のことが。でないと、こんなに荒んだ会話に動揺するわけがなかった。普段、この手の光景には興味がないはずだ。何故なら他人事だから。だから、どうでもいいはずだった。
はず。だけど。
この人を、他人にしたくない。
次の瞬間、足が無意識にそちらの方へ向かっていった。
「なんか混み入った話になってるみたいですけど、やめといた方がいいですよ」
白い二の腕に縋る男の右肩を左手で掴んでこちらに引き寄せた。
「なんだよ……」
反射的に振り向いた男の目は一瞬つっかかりそうな色を持ったが、部外者が加わり、ひいては俺以外の客の姿も認め、しまった、と顔を青くして白い男から離れた。
「……どうして」
男が俺の手を払うと無念そうに溢した。
「どうして俺なんだ」
「……何が」
矢継ぎ早に離すのを遮らぬように気を付けるように、声を落として白い男は相手の顔を覗き込んだ。
「何が……どうしてあのとき、俺と会ったんだよ。会おうとしたんだよ。何を、どうして……」
「あれ、この人、もしかしてガチであそこ使ってんの」
白い男と一緒に入ってきた男が可笑しそうに言うと、待て、と言いたげに白い男が目配せした。
「どうしてって、普通に。やりたいだけだよ。体が欲しかった。それだけ。体だけ」
「そっ……それでも、次もさあ……」
「そしたらおもしろくねえの、俺にとっては。最初に言わなかったっけ。わかってくれる。わかったんなら、もうあそこに出入りしない方が良いよ」
他当たれよ、そう言ってなにごともなかったかのようにスツールに腰を掛け、レッドアイを手に取って俺を上目で見つめた。
「なあ、物珍しいか」
形が歪な丸い唇を更に歪めてほくそ笑んできた。その口調は嫌がると言うよりは愉しんでいるようだ。
「やっ、あの……迷惑、です。周りに迷惑ですから」
一瞬言葉を詰まらせてしまいたじろいだのが周囲に伝わったのは明らかだが、ここで何も言わないでいると不審だと思い、言葉を続けた。
「今、自分のこと『不審』って思っただろ」
「や、その……」
参った、思わず鼻を掴んで目を逸らした。部外者が割り込んできたのだ、冷静に考えて、当然だった。白い男と連れの男は不思議そうだ。と言っても、一緒に入ってきた男は無関心そうで、後から入ってきた男は怪訝そうだった。多分、後者の反応の方が正解だと思った。
「……加地恭介、だっけ。加地くんこそ遊び慣れてるだろ。迷惑、かけんの好きだろ」
好きとかではない、好きではないけど、言わんとしてることがわかるばっかりに何も言えず、目を逸らす以外の術が見つからない。
「まあ、生憎俺は迷惑をかけにきたわけじゃないけど。こんなこと、滅多にないし。な」
白い男がカウンターの向こうの二人に問いかけるも、彼らは頭を上げるのを忘れたかのように黙々と手を動かしており、相槌を打つこともなく、代わりに無言でイエスの返事をしているようだった。「それに比べてお前は」と言いたげに縋ってきた男の方をスツールから見上げる表情はやはり、愉しんでいるようだ。
「ふっ、まあ、ね。もう良いわ君たち」
鼻で笑ってはグラスを煽ると、もう行こ、と一緒に来た男の腕に軽く纏り付き会計を済ますと、振り返りもせずに店を出ていった。
口を結んで、この、てめえ、と言いたげに睨み付けてくる男から離れ、先ほどの二人と出くわさないタイミングで俺も店を出た。




