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エレが音を拾えるということは、十数キロ圏内に入っているということだ。
馬の足を考えれば、半時間程度でこのカスタネア村、ゴルベド領地にまで到着するはずだ。
「何人くらいいる?」
「人数の把握は難しいのですが……200、いえ、300人はいます。逃げられないようにするためか、四方から囲むように進行しています。まだ矢倉からは発見できていないようです」
想定よりもずっと多い。
せいぜいゴルベドの私兵は50人前後といったところだろう。
その上、正式な訓練を受けたものが何人いるかも怪しい。
それに対し、三倍の数の訓練を受けた兵士達だ。
明らかに過剰戦力だ。
確実に主犯であるゴルベドを捕らえ、誘拐された紅上院を保護するためだろう。
「それから……事情を聞いた私兵のうち、何名かが逃げ出したみたいです。そこまで多くはないようですが……」
俺は小さく舌打ちを鳴らす。
ゴルベドの私兵の仕事は、領民を押さえつけることと、人攫い程度だ。
兵というよりも、ただの使いパシリに近い。
内訳もゴロツキの寄せ集めのようなものだろう。
まともな戦いが始まるとなれば、逃げ出すのもまた必然か。
ゴルベドに人を鼓舞するカリスマ性があるとも思えない。
何か手を打っておくべきだったか。
逃亡者が少ない人数に留まっている、というのも時間の問題だろう。
情報にばらつきがあって状況を上手く把握できていなかったり、決心がついていなかったり、最低限の荷物を持ってから逃げようと考えているものが私兵の中にいるはずだ。
まだ実感が湧いていない、ということもあるだろう。
それに逃亡者が出たということ自体、次の逃亡者を作る要因になる。
早急に対策しなければ、まだまだ減っていくだろう。
訓練された兵300人が相手は、さすがに魔導書の力があっても苦しい。
仮に対処できたとして、魔力の大幅な消耗は避けられない。
使える物はなんでも使っておきたい。
50人の雑兵とはいえないよりはずっとマシだ。
足止め程度になってくれればそれだけで助かる。
レッドタワーの焼失、それに伴う数名の転移者の死亡。
それから間も開けず、今回の誘拐事件だ。
クラスメイト達からの不信感を少しでも取り払いたく、アイルレッダ王都も焦っているのだろう。
「……それで、敵の戦力の300人に、転移者は混じっているのか?」
俺にとって、そこが一番重要な点であった。
クラスメイト達がいないのならばゴルベド側につく意味はなく、ここに居座る理由もない。
送られてきた兵を返り討ちにすればアイルレッダやクラスメイト達に警戒心を持たせる可能性もあるため、むしろマイナスだ。
もしもいないのならば、不要な争いに巻き込まれないうちにさっさとここを出たほうがいい。
紅上院を壊して降伏という選択肢を奪ったのは自分ではあるが、助けてやる義理はない。
「……少し他の兵とは、様子の違う人がいます。ただエレにはそれ以上の判断はできませんので、感覚共有の魔法でご主人様に直接聞いてもらった方がいいかと」
「わかった、じゃあ頼む」
精霊魔術により感覚を共有するため、俺はエレの手に肩を置く。
エレは俺の手に目を向けた後、すっと目を閉じて呪文を口にする。
接触部を通じて、俺とエレの感覚が曖昧になり、混じって行くのがわかる。
いくつもの声が、連なって頭の中に反響する。
その中に悲鳴が混じっているのが聞こえると、意識がぐんぐんとその音へと向かっていく。
エレも悲鳴に注目したらしい。
『………………あ、いや……なので…………さないで…………』
途切れ途切れの声が、だんだんと明瞭になってくる。
『ち、違いま……自分は、知りませんから! 本当にっ!』
『はぁ? 違いますぅーはねぇだろ、馬鹿かよ。お前らその鎧、ウーベルト家の紋章なわけだろうがよぉ。知らないーって、じゃあお前は何なんだよオラ、ああ?』
『お、俺の名はスイニーという。数日前に雇われたばかりだ! こんなことになるなんて、俺は聞かされていなかった! 降伏だ! 降伏する!』
縋り付くような男の声に対し、責め立てるような、どこかからかっているような、そんな声が応対する。
信号トリオの一人、黄坂の声だ。
声の主がわかった途端、黄坂にタバコを押し当てられて失明した目が、激しい痛みを訴え始めた。
俺はエレに触れているのとは逆の手で目を覆い、歯をくいしばる。
汗が流れ出てきて、俺の体温を奪う。
自然と息が荒くなった。
エレが心配気に俺を見ていることに気づき、俺は無理に口許を緩めて表情を和らげ、微かに笑ってみせた。
それから表情を引き締め直す。
聴覚を精霊に預けることで遠くの音を拾っているため、近場での声による意思の疎通が今はできない。
エレの余計な心配を買って精霊魔術を中断され、黄坂を見失ってはかなわない。
「ふ……ふふ、ふ……」
息が整ってくると、次は笑いが漏れてきた。
ようやく、黄坂を殺せる。
拷問のスペシャリストのいるここで、だ。
この好機を絶対に手放すわけにはいかない。
もしもクラスメイトが来るのなら、気が短く短絡的な奴が来るだろうとは思っていたが、黄坂が出てきたか。
恐らく他の者が止める中、敵討ちだなんだと騒いで出しゃばってきたのだろう。
過剰戦力なのは囲んで逃さないようにする狙いの他に、黄坂への護衛の意味合いもあるのかもしれない。
他のクラスメイトも来ているのだろうか。
ゴルベドの私兵程度ならば300人の兵で十分だろうし、今回は転移者を戦力として見ているわけではなく、ただ溜飲を下げさせるために連れてきたのだろう。
戦場に慣れさせておきたい、という意味合いもひょっとしたらあるのかもしれないが。
しかしどうにせよ、転移者は下手にバラけさせず、守りやすいように一箇所に纏められているはずだ。
不始末続きの溜飲を下げさせる意味合いで転移者を連れてきたのに、その連れてきた転移者を殺されては、今度こそアイルレッダ王都と転移者達の関係は崩壊するだろう。
万全を期し、守りきる自信があるからこそ黄坂を連れてきたのだろう。
もっとも誘拐された紅上院はすでに俺が甚振った後であるし、黄坂を生きて返す気もない。
アイルレッダ王都と転移者達の関係は、今日を境に大きく悪化するだろう。
『黄坂殿、こいつはもう逃がしてやっても……』
『は? あのさ、オッサン馬鹿なの? 俺ちゃんはさ、大事なダチを誘拐されてんだけど?』
『し、しかし、コイツが下っ端で、何も知らないというのは、恐らく事実だ。ゴルベドは領民から兵団を作り、免税の対象にしていたと聞く。私兵とは名ばかりで、実際にはただ領民の……』
こっちは聞きなれない声だ。
機嫌を窺うような、卑屈な調子だった。
王都の兵だろう。
『そんなの、知るかっつうの。俺ちゃんに関係ないじゃん。オッサン、馬鹿?』
どうやら逃げ出したゴルベドの私兵が、黄坂達に捕まったらしい。
『そうそう。こっちはさ、クラスメイトが攫われてるんだよ。下っ端だから見逃してくれっていうのは、あり得ないだろ。逃がしたりしたら、後でクラスメイトから俺が怒られちゃうって。青野もそう思うだろう?』
『おう』
『はい、決まりだな』
この声は、高橋か。
黄坂の太鼓持ちだ。
さっきの短い返答は、信号トリオの三人目、青野だ。
三人も来ていたのか。
いや、まだだ。まだいる。
『やっちゃお、やっちゃお。あんさ、妃ちゃんが攫われてウチらがどれほど怒ってるかわかってもらった方がいいって』
『君達の気持ちは勿論わかっている。だが、ここで逃げる者を殺したところで……』
『あの、さぁ。ウチらがどれほど怒ってるかーは、兵士さんにもわかっといてほしいんだけど? ウチの言ってる意味、わかる? 兵士さんより上の人に文句言っちゃってもいいんだけど?』
『……あ、ああ、わかった。この男を、ここで殺してから先に進もう』
恐らくこのアイルレッダ王都の兵士は、転移者達に刃向わないよう上から強く言われているのだろう。
声は明らかに納得していない様子だった。
『うわぁーこっわ、如月こっわ』
『そんなことないしーウチそんな怖くないしー』
この頭のネジが緩んでいるかのような特徴的な喋り方は、如月だ。
黄坂に青野、高橋、おまけに如月までいるのか。
まさかここで四人も出てきてくれるとは思わなかった。
俺の中で怒りと興奮、嫌な記憶が入り乱れ、落ち着かない。
殺せる。今日、あいつらをぶっ殺せる。
俺は気づかぬ間に、禁魔道書の表紙に爪を突き立てていた。
『いやっ、嫌だ!見逃してくれ、なんでもする!俺には、俺に……あ』
捕まっていた男の命乞いはそれを最後に途切れ、どさりと何かの落ちる音がした。恐らく頭部だろう。
殺されたらしい。
黄坂達の笑い声が聞こえ、俺はエレから手を離す。
「もう、十分だ。確認できたよ。ありがとう、エレ。ゴルベドと会ってくる。今得た情報を伝えて、手を打たせないといけない」
「お役に立てたのならば、エレは光栄です。それで今後、エレはどうすれば?」
「黄坂達……あのさっきの奴らの位置を把握しておいてくれ」
「了解いたしました」
そのとき、慌ただしく玄関の扉が開かれる音が聞こえてくる。
外で何かあったとき物音が聞こえるよう、念のため拷問部屋の扉は開けたままにしていた。
「エレが見てきましょうか?」
「大丈夫だ。このタイミングで、俺と敵対関係にある奴が館に入ってくることは考えられない。エレは遠くの声を拾うのに専念してくれ」
俺はそう言ってから、階段へと向かった。




