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ゴルベドが上の階へと走り、外へ出て行くのを見届ける。
さて自分はどう動くかと考えたとき、急に頭に響いていた国木田の声が酷くなった。
怒り狂った、最早人間の声とは思えないような断末魔。
この幻聴は頭痛や不快感、吐き気を伴う。
感性のかなり薄れている俺にまでもかなりの精神ダメージが入るのだから、常人なら一日も聞いていれば気が触れてしまうだろう。
魔導書よりも先に、国木田の声に体力か精神をやられてしまうかもしれない。
俺は頭を押さえながらよろめき、近くにあった木製の箱へと腰を下ろす。
頬の汗を指で拭い、深く息を吐き出す。
国木田に邪魔されることなど、絶対にごめんだ。
これに足を引っ張られることがなければいいのだが。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
駆け寄ってきたエレに手のひらを向け、心配するようなことではないことを伝える。
それから俺は人差し指を曲げ、自らの額を軽く小突く。
ほんの少しだけ頭痛が和らいだような気がした。
俺の座った木製の箱は、妙な金具やら血やらが付着している。
なんらかの拷問道具には違いないのだろうが、どう使うものなのかはわからない。
急にどこかが開いて刃が飛び出す……なんて類のものには見えないので、座っていても危なくはないだろうが。
身体を固定した後、引き伸ばしたり押し潰したりして痛めつけるためのものなのかもしれない。
ひょっとしたら俺の想像もつかないような使い方をするのかもしれないが、しかしどうにせよ、悪趣味なものであることには違いない。
地下室を見回してみる。
血や吐瀉物、肉片の散らばった床、壁。ぐったりとしていて生きているのかどうかもわからない裸の女。
ゴルベドはこの部屋で、誘拐してきた何の罪もない少女を何十人、何百人と甚振って殺してきたのだろう。
虫唾が走る、不快な男だ。
しかし、殺すには利用価値が高い。
奴らを殺すためならば、どんな奴にでも手を貸そう。
「今後はどうなさるのですか、ご主人様」
エレが左右色の違う瞳を、じっと俺に向けてくる。
エレの熱のこもった美しい視線は、目が合ったものに瞬きすることさえも躊躇わせる色香を持っていた。
幻聴で思考力が落ちていたこともあり、数秒、俺はエレと見つめ合った。
俺はすぐ我に返り、首を軽く振ってから目線をエレから外し、牢へと向ける。
「以前と同様、精霊魔法で辺りの情報を調べてくれ。変わった音を拾ったらすぐに知らせて欲しい。俺はメアリーの牢を開けて、それからまた紅上院を尋問してくる」
俺がそう言うと、エレは微かに恨めしげにメアリーのいる牢を睨む。
表情には翳りが見えた。
やはりエレは、メアリーのことがあまり好きではないらしい。
メアリーのときに俺の行為に対して否定的であることを匂わせる言動が、エレにとっては気にくわないのだろう。
俺がエレを助けることになったのは魔導書による精神汚染と、恨みや憎悪、嫌悪による破壊衝動が元である。
エレにとって、それらを否定するメアリーの言葉は、自分の生存への否定にも思えるのかもしれない。
トゥルムの話によれば、俺の魔力は急速に削り取られているはずだ。
禁魔術の無駄撃ちは避けたい。
そうでなくとも、派手な禁魔術と違って小回りの利く精霊魔術は便利だ。
クラスメイト達の動向を探るのにもかなり役立っている。
今後ともエレの協力は不可欠だ。
あまりエレの機嫌を損ねるわけにはいかない。
そろそろ本格的にメアリーとは別れた方がいい時期なのかもしれない。
ずっと前にそうするべきだったのだろう。
俺は牢へと近づき、中にいるメアリーへと目をやる。
メアリーは牢に入れられる前に衣服を奪われていたらしく、裸だった。
地下室は薄暗かったが、それでもメアリーの肌は白く艶やかであった。
メアリーは自分の身体を隠すように足を閉めて腕を固く交差させて三角座りをしていた。
俺と目が合うと恥ずかしそうに一層身体を固くして顔を伏せたが、しかしそれどころではないと思ったのか、すぐに顔を上げた。
牢の中にはメアリーの他にも連れてこられたらしき人がいたが、俺のさっきまでの行動を見てか、助けがきたと喜んでいいのかどうか考えあぐねているようだった。
無理もない。
俺がゴルベドの手下に見えていたはずはないが、しかし紅上院の目に指を突っ込んでいるところも、牢からも十分に見えていたはずだ。
「無事だったか?」
「た、助けにきてくれたのデスネ、カタリ……」
メアリーは安堵しているようではあったが、しかし先程の俺の言動にショックを受けたのか、複雑そうな表情であった。
思えば、俺が一方的にクラスメイトへ暴行を加えるのを目の当たりにするのは、メアリーにとって今回が初めてのことである。
俺は周囲に目をやる。
鍵らしきものは見当たらない。
どうやらゴルベドは牢の鍵を持って上に行ったらしい。
牢を壊す魔法を探そうと、魔導書を捲る。
「カ、カタリ! やっぱりもう、こんなことはやめて、魔導書も棄てて、2人でどこかに逃げましょう!」
メアリーの訴えを聞き、俺は魔導書を閉じる。
「カタリ……?」
俺は上の服を脱ぎ、格子の隙間から投げ入れる。
「牢は、全部終わってからまた開けにくることにする。とりあえずはそれを着ていろ」
「カタリッ!」
叫ぶメアリーに背を向け、牢から離れる。
地下室は寒い。
ゴルベドにメアリーの服だけでも持ってきてもらうよう頼んでおくべきだったか。
上の階であれだけの騒ぎを起こしたのだから、すでにもうゴルベド邸にいた人間は逃げてしまったはずだ。
もう館の中には使用人ひとり残っていないだろう。
勝手に中を漁って、衣服を拝借することにしよう。
地下室を出て、上の階の個室を回る。
予想通り、館の中にはすでに誰もいなかった。
ただ目的のものを見つけるより先にエレの呼ぶ声が聞こえ、地下室へと向かう。
階段を降りると、扉を開けながらこちらを見上げるエレの姿が見えた。
「ご、ご主人様!」
「どうした?」
「その、もう、来てます! すでにエレが音を拾える範囲内に!」
来た、というのはアイルレッダの兵のことだろう。
予想していたよりもずっと早い。




